そのさん
――3――
雷雲轟く暗黒の雲。
叫び声響く歪な森。
冷風が、肌を撫でる。
「あわわわわわ」
「うわぁ……」
「これは、ううん」
「(あばばばば)」
目元を腫らせた静音ちゃんと作戦会議を再開し、恐縮する彼女と色々練り直して、和気藹々とお話しをして。
静音ちゃんになんとか友達になることをわたし、と夢ちゃんとリュシーちゃん、と承諾して貰ってさぁ早速遠足の始まりだ! なんて。意気込んだわたしたちを出迎えたのは、なんとも表現しづらい天候の樹海だった。
「ゆ、夢ちゃん、実物ってすごいね。さっきまでの吹雪がどこにもないのに、天候はある意味、悪化してるし……。」
「いやごめん、昔、私が行ったときよりもレベルアップしてるわ、これ。今日の未知先生たちは大変だろうなぁ」
と、あれ?
リュシーちゃんと静音ちゃんの声が聞こえてこないので、後続にバスから降りたであろう二人に振り向く。
するとそこには、ぐったりとした静音ちゃんと、抱き留めるリュシーちゃんの姿が。
「シズネ! しっかりしろ! 泡まで吹いて可哀想に……」
「(ぶくぶくぶく)」
って、暢気に見ている場合じゃない!?
「だだだ、大丈夫?! 静音ちゃん! ゆゆゆ、夢ちゃん人工呼吸」
「だだだだめよ鈴理。私には心に決めた」
「夢ちゃん?」
「はいやります!」
「待て、待つんだユメ、必要ないからな?」
唇を尖らせた夢ちゃんを、両手で抑えるリュシーちゃん。そうこうしているうちに、静音ちゃんはふらふらと起き上がった。
「お、お恥ずかしいところをお見せしました」
「大丈夫。今のはユメの方が恥ずかしい」
「えっ、リュシー。それってフォロー? フォローなの?」
いや、うん、今のは夢ちゃんの方が恥ずかしいよ? えっ、わたしも?
予想以上でびっくりした、と告げる静音ちゃん。うん、いや、わたしたちもたぶんこれまで巻き込まれた事件がなければもっとビックリしていたと思うんだけどね。
巨大ロボットと戦う経験なんて、そんなにないんだろうなぁ。あと、一般的には中級以上の悪魔は天災扱いだし。
「よ、よし、気を取り直して。ルールの確認をするわよ?」
「うん!」
「ああ」
「は、はいっ」
夢ちゃんは、全員がひとまず現実に戻ってきたのを確認すると、自分も咳払いをして切り替えているようだった。
「事前に伝えられていたのは、“出発の合図がない”こと、“班ごとの行動になる”こと、“目標アイテムを見つけたらバスに戻る”こと。つまり、今、ここに止まったバスはこれ以上増えない。私たちだけで行動して、目標を達成して、バスに戻る。そうすると、バスが学校なり集合場所へなり連れて行ってくれる、ということね。で、目標アイテムが――」
そう言って、夢ちゃんは端末の画面を見せる。そこに表示されている画像は、特専公式ホームページのデータベース。班ごとに割り振られた達成目標を、データベースで調べてスクリーンショットで保存したもの、だろう。
画像と説明文。その名称欄に綴られた文字は、“邪眼晶体”。
「――これよ。比較的に集めやすくて、でも素材持ちと戦う難易度は鬼畜そのもの。コカトリス、バジリスク、メデューサを筆頭とした“石化”持ち。石化草、ストーンフラワー、石蛇茸を筆頭とした、“石化”植物が多く保持している。けれど、石化なんてとんでも状態異常の敵とは戦えないから、実質、私たちが狙うのは、これ」
「う、兎、ですか?」
夢ちゃんが追加で表示したのは、大きな角と銀の瞳を持つ、灰色の毛並みの兎だった。フォルムだけなら可愛らしいのに、異様な雰囲気が全てを台無しにしている。つまり、なんだろう、けっこう怖い。
「石狩兎。体内に“邪眼晶体”を持つことで石化を無効化し、石化能力を持つことで異界の中で生き抜いているコカトリスの幼体なんかを狩るの。私たちは相手が石化持ちの時点で対応が厳しくなるから、いくら自然界の中でも弱いコカトリスの幼体でも、戦うのは困難。だから、狙うのはこの兎よ。上手くいけば、一回で終わる」
なるほど。
……というか、この事前情報収集も、遠足のうち、なんだろうなぁ。
「で、問題は次。場所よ」
「生息地?」
「そう。こんなの普通、石化がうぞうぞいるような場所でしかお目にかかれないのよね。だから、富士の極限樹海でどこに出現するのか調べたのよ」
あ、そっか、夢ちゃんは忍者的情報網で最初に場所を入手していたんだっけ。
フェアじゃないからわたしたちには提示タイミングまで言わなかったようだけれど、事前準備は怠らなかった、と。なるほど。
「“不明”それが答えよ」
「わからない、ってこと?」
「そ。石化どころか、全ての生物がね。つまり、樹海の中では、どれがどこにいるのかなんてまったくわからないのよ。だから、出来ることは“石化”持ちを見つけたら、生息地まで追跡。その近辺で兎を探す。この繰り返しね」
つまり、石化持ちとエンカウントすることは確定、なんだね。
うぅ、難易度高いよね、これ……。
「それじゃあ、覚悟は良いわね?」
夢ちゃんが周囲を見回して、わたしたちはそれに頷く。
「よし! なら、新生・チーム“ラピスラズリ”、出発よ!」
そう、わたしたちは樹海へと足を踏み入れる。
とたん、足から伝わるぞわりとした気配。草木が、顔を歪めて笑っているようにすら見えて、怖い。
「ひ、ひぃ」
「し、静音ちゃん、だいじょうぶ?」
「だだだ、だめかも、です。いいいいえ、だだだ、だいじょうぶ、です」
そっか。でもわたしはダメかも。
そう言いたくなるのもおかしくないと言い切れるほどに、暗くて重い場所だ。これが、富士の極限樹海。気合い入れないと!
「じゃ、集まって。行くわよ――【多重展開】」
「わわっ、おお、すごいよ夢ちゃん!」
腕に巻いていた巻物が反応。
すると、“探知”の術式を使ったときのような簡易レーダーが、頭の中に投影される。
「っユメ! 上から奇襲――」
「【速攻術式・平面結界・展開】」
“干渉制御”。
“力量遮断”。
衝撃を極限まで和らげて、結界で受け止めたものを見る。
大きな嘴。派手な身体。わたしたちを覆い込むほどの翼。
「大紅鳥! 静音はリュシーに反応強化! リュシーはズバッとお願い!」
「は、はいっ――は、隼の声【っ―♪―~♪】!」
「せい、やぁッ!!」
リュシーちゃんのブロードソードが、エメラルドの燐光を放ちながら派手な鳥、大紅鳥を切り裂く。すると大紅鳥は切り落とされた足を庇いながら、空へ駆け上がろうとした。
けれど、魔物は執念深い。ここで逃したら、報復されるのはわたしたちだ。だからあなたは、逃がさない。
「【展開】!」
「【回転】!」
夢ちゃんの手甲から放たれた鏃が、大紅鳥の翼を貫く。
わたしが放った盾が、大紅鳥の胴を裂く。
「静音、リュシーに筋力強化!」
「っ象の声【♪ ―ッ―♪】」
「確かに僅かな強化だが――だからこそ、扱いやすい。ッらあ!」
そして。
リュシーちゃんの剣が、大紅鳥の首を落とした。
「初っぱなから奇襲とか頭おかしい」
「ゆ、夢ちゃん?」
「ん、大丈夫。でかいだけの鳥で良かったわ。鈴理は先制防御ありがとね。リュシーは今日もキレが良いわね。静音、あんたは謙遜しすぎ。けっこう良いじゃない」
「過剰な強化は自分自身で扱いきれないことがあるからね。助かったよ、シズネ」
「あ、あわ、あわわ、私なんかがその、お役に立てて、そのあのその――嬉しい、です」
即席、のつもりだったんだけど、なんだろう。すごく連携が取れている、というか、すっごく戦いやすい。チームワークの完成度が跳ね上がったような、そんな気さえする。
「さ、血の匂いに他のが近づいてこないうちにちゃっちゃか進むわよ」
「うん!」
夢ちゃんに頷いて、樹海の奥へと進んでいく。
ざわざわとゆらめく気は、相変わらず不気味だ。けれど、なんだろう。このチームなら大丈夫だ、とか、そんな自信が湧いてくる。
なんだか、今日のこの遠足。思っていたよりもずっと、なんとかなりそう、かな。
なににも巻き込まれなければ、だけどね。
……巻き込まれないよね? ね?
――/――
“それ”は、何よりも弱い個体だった。
この極限樹海を生き抜くには弱く、脆い、直ぐに消えゆく個体。
『――』
そんな、脆い個体は直ぐに死にゆく運命にあり。
だからこそ、今こうして、命の灯火を消そうとしている。
『――?』
故に、これも必然だったのだろう。
暗がりに落ちる“種”を、“それ”はおそるおそる啄む。するとどうだろう、消えかけていた命が膨れあがり、弱かった力が大きく増し、脆かった身体が大きく強靱に変化していく。
『――!』
“それ”は、急激に大きくなった身体に、歓喜の声を上げた。
だが同時に、“それ”は、己を補う力がないことに嘆く。強大になった身体を保持し、またより大きくするために必要なものは、そう――
『ガルルルル』
『キェエエエエエエェ』
『グォオオオオオ』
――餌、だ。
自身の気配に当てられた集まってきた魔物たちに、“それ”は歓喜する。
これまで自分の同胞を喰らってきた“あれら”は、最早、“それ”にとっては弱く脆い、食料でしかなかった。
“それ”は。
かつて、“石狩兎”と呼ばれていた、その弱い魔物は。
『――――!!』
声一つあげることなく、淡々と魔物たちに襲いかかった。
ただ飢えを満たし、より強靱に、強大になり、“――”をコロスために。
“それ”は、一方的な“狩り”を始めた。
2016/11/15
誤字修正しました。




