そのに
――2――
十二月二十二日。
クリスマスを目前とした、麗らかな陽気の木曜日。わたしたちは特専の大イベント、“遠足”の地に向かうために、グループ別に運んでくれる自動運転のマイクロバスに乗り込んでいます。
爽やかな日に、信頼できる仲間たちと、元気に遠足。楽しみだなぁ!
「ひぃっ、ご、ごめんなさい、すいません! 生まれてきてごめんなさい!」
……なんて、現実逃避はここまでにしよう。
そもそも天気は大荒れだ。ホワイトクリスマスだねっ。なんて喜ぶ暇もないほどの猛吹雪。自動運転のマイクロバスが、横風でぐらぐら揺れている。
ガダンッと音がして、誰かが声を上げると、それに反応して猛烈な謝罪が聞こえてくる。様々なケースを想定して、事前情報は一切なく送られる。そのため、移動中のマイクロバスである程度の作戦の煮詰めができるように、座席は広く四方に配置され、中央には大きな机が置いてあった。
リーダーの夢ちゃんが上座。わたしが上座から左の席、リュシーちゃんが右の席。そして上座の正面に座って震えているのが、わたしたちの今回のチームメイト。危うくばらばらで参加するハメになりそうだったところを助けて貰った、救世主。
「あわわわわわ……私、もう、だめかもしれません」
「いや、早いわ」
「ご、ごめんなさい碓氷さんっ」
黒くて長い髪を、首の後ろでくくっていて、ぴょこぴょこと揺れている。背丈はわたしとそんなに変わらない、かな。ちょっとだけわたしの方が低いかも……うぅ。
びくびくと震えていて涙目になっちゃっているけれど、その瞳はすっごく綺麗なマリンブルー。光の加減で、時々翡翠色に見えることもある。綺麗な、澄んだ海の色だ。ちょっとだけ、師匠の深い瑠璃色に似ていて、羨ましい。
「水守さん」
「ひぃっ、う、生まれてきてごめんなさい?」
「静音ちゃんって、呼んでもいーい?」
「お、おお、恐れ多いですぅ」
「うん、ありがとう、静音ちゃん」
「ととと、とんでもないです、私なんかがそんな……あ、あれ?」
よっと、と腰を上げて、静音ちゃんの隣に座る。潤んだ瞳を覗き込むと、うん、やっぱり綺麗な色だ。でもなんでそんなに、携帯電話のバイブレーションみたいに震えているんだろう?
(な、なぁユメ、スズリ、けっこう強引だね?)
(あれ? 知らなかったの? 癪だからしばらく拒否してた私への名前呼び、一回たりとも譲らなかったからね、あの子。ほら、呑まれかけて水守さん、震えてる)
(た、確かに……)
いつの間にか、リュシーちゃんは夢ちゃんの隣に移動しているようだった。うん、やっぱり変に席を分ける必要はなかったんだよね。これでちょうど良いよ。うん。
静音ちゃんは、なんでも怪我をしていてしばらく動けずにいたそうだ。それであぶれてしまい、わたしたちと同じ班になってくれた。おかげで、わたしは気心の知れた親友とこの過酷という言葉が生ぬるい、としか風の噂で聞こえてこない“遠足”に挑めそうなので一安心していたり。
静音ちゃんのおかげだし、だからこそ、静音ちゃんにも楽しく過ごして欲しい。そのためにはやっぱり、友達になるのが一番! だよね。
「ま、いいわ。水守さん」
「ひっ、は、はいっ」
「遠足の行き先、知ってるよね」
「っ、は、はい」
行き先が知らされたのも、今朝だったりする。
その行き先は、例年の遠足の中でも一二を争う危険地帯。生徒会の方々と教員総出で“死者は出ないようにする”とだけ告げられた場所。
日本内陸最大規模の異界。
“富士の極限樹海”――が、わたしたちの遠足先、だったりする。
「一応、私は入ったことがあるのよ、アレ」
「すごいじゃないか! ユメ! あれって資格がいるんだろう?」
「資格持ちが三人につき、一人までは無資格で入れるの。私は父と姉二人と四人で入ったわ」
「えっ、夢ちゃん、それって……?」
「ええ、修行よ。死ぬかと思ったわ。で、だからこそ概要が立てられる。よく聞いて」
震えていた静音ちゃんも、びくっとしながらも夢ちゃんの話に耳を傾ける。わたしたちも、聞き逃さないように、かじりつくように言葉を待った。
「何があっても守らなければならないことは、ただ一つ。“離れない”こと」
「えっと、迷子になっちゃう?」
「そう。突然空から隕石が降ってきたり、地面から氷柱が上がったり、風に乗って魔物が襲いかかってくるような場所よ。一人孤立したら、全員生きて帰れないと思いなさい」
い、隕石?
あまりの言葉に、静音ちゃんは震えを通り越して真っ青になり、固まっている。だけど、どうにか再起動して、呟くように、言った。
「と、特専は、私たちを殺す気なんでしょうか……?」
「英雄が二人も居るから大丈夫! っていうノリじゃないかしら。理事総会も必死ね。様々なサポートを約束させる代わりに、場所だけは理事長の手でも変更できなかったそうよ。もっとも、予算を着服していた連中の炙り出しもできたから、それ以降については理事長がワンマンシップをとれるそうだけれどね」
「ゆ、夢ちゃん? その情報、どこから?」
「……うち、ほら、腐っても忍だから、さ」
どこからか、ということらしい。
さて、そんな裏事情はさておき……ど、どうしたら良いのだろう。静音ちゃんをこれ以上怯えさせないために深くは言及しないようにしているけれど、うん、正直、わたしもこわいっ!
「で、つまり、物を言うのは“作戦”よ」
夢ちゃんはそう言うと、手荷物から巻物を四つ取り出した。一つ一つの巻物はすごく小さくて、ボールペンくらいのサイズだ。それを、夢ちゃんは全員に行き渡るように手渡す。
「それは、まぁ、忍者の秘伝書だとでも思ってちょうだい」
「に、忍者? えっ、う、碓氷さんが?」
「細かいことは良いから」
「は、話の腰を折ってごめんなさいぃっ」
なんだか夢ちゃん、水守さんの扱いが慣れてないかな?
似たような感じの人と、昔、知り合いだった……とかかな。よし、あとで聞いてみようっと。
「門外不出の一品だから、なくさないでね? それを腕や足、どこでもイイから巻き付けて」
言われて、左手に巻き付ける。すると、まるで縫い付けたみたいにぴったりと張り付いた。おお、なんだかすごい!
「到着次第起動するけど、効果は簡単。常時展開の“探索”術式よ。それで奇襲に備えながら進むこと。動力源は自分たちの妖力や霊力を吸い取ってやってくれる“らしい”から、気にしなくても良いわ。ただし、そうそう壊れたりはしないけれど、ダメになったら作り直せないから気をつけてね」
「えっ、“らしい”? 夢ちゃんが作ったんじゃないの? あ、お姉さん方?」
「………………あんたの師匠よ」
「あっ」
察する私と、リュシーちゃん。首を傾げる静音ちゃん。うん、ごめんね……?
他人に自分の術式を使わせる。その上、自分たちの魔力ならまだしも、霊力まで変換して動力源にできる。速攻術式を使えるようになったわたしでも、なにがなんだかわからないほどの術式を、息をするように構築する師匠……。
「え、ええっと、か、笠宮さんのお師匠様は、す、凄い方なんです……ね?」
「えへへ、ありがとう」
静音ちゃんに師匠のことを説明して良いかわからず、苦笑だけ零してしまう。大丈夫です、師匠。鈴理は魔法少女のこと、絶対言いませんからね! 言いませんよ?
「で。じゃあ、やれることの確認をして細かいことを煮詰めましょうか。まず私から説明すると、モーションがほぼゼロの射撃を中心とした中距離運用が得意」
まず、夢ちゃんがそう説明してくれたので、周りを“観察”する。
リュシーちゃんは静音ちゃんを見ていて、静音ちゃんは目を泳がせている。リュシーちゃんから話して貰って、わたしが会話のテンポを調整しつつ話して、静音ちゃんに回すのが良いかな。
「じゃ、次はリュシーちゃんだね!」
「ん? ああ――そうだね。私の異能は補助系の“共存”でね。色々と見渡すことが出来るから、死角はないと思ってくれて良い。だから主にこの霊力使用の銃と剣で戦う形だ。苦手な距離はないよ」
今回のリュシーちゃんの装備は、前よりも増えている。夢ちゃんがいつもどおりの黒ジャージに手甲に巻物なのに、リュシーちゃんはなんというか、すごい。
白い制服は今回、男子用をベースにしている。その上から手甲、脚甲、今は外しているけれど背中にはマントとライフル。いつもの二丁拳銃はいつもよりも銃身が長くてゴツゴツしているし、腰の剣は一振り増えてる。胸回りには銀の胸部装甲と、ここまでくると、有栖川博士は遠足地が富士の極限樹海だと知っていたとしか思えない。
その装備に、朝、合流したとき静音ちゃんがひっくり返りそうになってしまったのには、流石に焦っちゃったけど。
「ええ、ではっ! わたしは主に防御と回避が得意です!」
「はい、ダウトー」
「ええっ、夢ちゃん!?」
ほ、本当なのにっ。
というか、わたし自身の適性は防御と回避に振り切れているらしい。だから、攻撃手段は防御術式の応用だし、“干渉制御”にしたって、熱量制御を初めとした直接攻撃はすっごく疲れるけれど、補助や回避はぜんぜん疲れない。
むぅ、とふくれていると、夢ちゃんはそんなわたしを見て小さく笑っていた。もう!
「いーい? 水守さん。こいつの得意なものは超人的な回避能力と、びっくり人間並の臨機応変能力よ。使う技は防御、補助、回避、身体能力強化。で、戦闘スタイルはカウンターと“真正面”からの奇襲。へんな動きをしていても、びっくりしないこと。それが鈴理との上手な連携の取り方、よ」
「そ、そうなんですか?」
「うぅ、否定、できないです……」
「あはは、元気出しなよ、スズリ。人には真似できない、君の良いところだよ」
うぅ、ありがとう、リュシーちゃん。あと引かないで、静音ちゃん。夢ちゃんは笑いすぎ!
だいたい、わたしの戦闘スタイルは、所詮は師匠のグレードダウンでしかないのに……。
「さて、この子はこんな突拍子もない子だから、水守さん、多少のことは気にしないで良いのよ。あなたは、どんなことが得意なの?」
「ぁ――は、はい」
わたしがやりたかった流れをくみとってくれた夢ちゃんが、静音ちゃんにそう尋ねてくれた。静音ちゃんは先ほどまでの緊張が薄れさせられていたことに気がついたのだろう。
瞳の奥の“怯え”は払拭されていない、けど、“恐怖”は和らげることが出来たみたいだ。こっそりと夢ちゃんを盗み見ると、ウィンクを返してくれた。普段からそんな様子なら、格好良いんだけどなぁ。
「わ、わた――私、は、効果付与型の、“音”系異能です。い、癒やしの歌、とか、硬化の歌、とか、音に、その、特殊な効果を付与できる、のです、が、その……基本的にどれも、弱い、です」
「じゃ、ポジションは中心ね。そうなると、私が後衛、鈴理が中衛で水守さんの前、リュシーが前衛。今回はこれで行こうかしら。どう?」
「ど、どうって、わ、私、弱いんですよ? い、いいん、です、か」
静音ちゃんの瞳に浮かぶのは、困惑だ。それだけで、これまでの静音ちゃんの扱いが想像できてしまって、胸が痛い。わたしにも、経験がある。なにかと変質者に付きまとわれたわたしを見る周囲の目。みんながわたしにした対応は、“なんの役割も与えないこと”。
きっと、静音ちゃんも“そう”だったのだろう。発現しにくい“音”系異能は、確か準Aランク稀少度だ。それなのに“弱い”から省かれた――なんて、それはなんて、自分勝手なことなのだろう。
「どうやっても、ど、どんなに頑張っても弱いんですよ!? だからっ――私には価値がないのに」
「そこまで」
静音ちゃんの叫びを閉ざすように、唇に指を当てる。それからまっすぐと、マリンブルーの瞳を覗き込んだ。
「わたしは、静音ちゃんと友達になりたい。それは、わたしが静音ちゃんのことをもっとよく知りたいって思ったから。そこに、異能の、力の強弱なんて関係ないんだよ」
怯える彼女と友達になりたい。
漠然とした切っ掛けが形になり始めたのは、きっと、長い睫毛の下に、溺れるような海の色を見たときからだ。それから、興味を持った。短い会話だったのかも知れない。でも、その内側に、静音ちゃんの繊細さが垣間見えた。
もっと、知りたいと思った。
「笠宮さん……わ、私は、なんの役にも立たないのに?」
「うん! もちろん! で、でも、静音ちゃんが迷惑だって言うのなら控えるよ?」
「控えるだけかい! ってちょっと鈴理、つっこんじゃったじゃない」
「ははは、スズリらしいよ」
そこ、傍聴席の二人は静粛にっ。そう頬を膨らませて威嚇すると、笑って躱された。なぜだ。
「それに! どんなレベルでも夢ちゃんは使いこなしてくれるよ。自分以上を引き出してくれる」
「ま、どんっと任せてくれたら良いわ。ただし、なにをどの程度まで扱えるかは自己申告、お願いよ?」
「大丈夫。何かあっても私が“視て”いるから、安心してサポートに集中してくれ」
静音ちゃんは、なにも答えない。答えられずに、頷いている。
ただ小さく嗚咽を上げながら、零れだした海の色を拭って、鼻を啜る。わたしはそんな静音ちゃんの頭を撫でて、夢ちゃんがハンカチを差し出して、リュシーちゃんは温かく微笑んでいた。
2016/11/15
2016/12/09
誤字修正しました。




