えぴろーぐ
――エピローグ――
なんだかんだと色々あったが、なんとか平和を取り戻した職員室。
お昼休憩の時間になると、私は倒れたときに助けて貰った獅堂と、七と、瀬戸先生にお弁当を差し出した。
「本当に、こんなものがお礼になるかわかりませんが……お口に合えば、嬉しいです」
「ママのご飯が合わないことなどあり得ません」
「あれ? 亮治、君ってそんなキャラだったかい? 僕の分まで、ありがとう、未知」
「瀬戸……おまえも濃いな。おう、サンキュ、未知」
獅堂と七は、今更ながら瀬戸先生のキャラに引いていた。もうこの二人の前ではオープンにすることでも決めたのだろうか。瀬戸先生は涼しげな顔でお弁当を開けている。
……ちなみに、家族以外の異性にお弁当を作ってきてあげるのは初めてだったりする。なので、最初にお弁当を開けた瀬戸先生が、初めてのひととなるのだけれど、うん、これは言わなくて良いかな。
「いや、まさか関東に戻ってきたら全部終わっていました、なんて予想外も良いところだよ」
「七はお呼び出しだったからなぁ。まぁ、それでも過剰戦力だったがな」
「ママが羞恥に悶えながら魔法少女衣装に身を包む様は見たかった、と? 鏡カウンセラー、あなたという人は……」
「ちょっ、亮治? 未知も引かないで!」
必死な様子の七に苦笑を零して、首を振る。
七は柿原先生以下の護送についていく形で、証拠提示を行いに出向いた。英雄の言葉と言うこともあり、それ自体はスムーズに終わったのだが、帰ってきて見れば全て終わっていたということであるようだ。
「結局、水沢先生がいつからジャックであったかは不明、なんだね」
「ママ、この玉子焼き美味しい。……ええ、そうですね。資料によると、巧妙に隠されていたが彼は悪魔崇拝の人間だったらしい。おおかた、自ら捧げたのでしょう」
「あー、一定数そんなヤツらが存在するって、仙衛門も言ってたな」
悪魔を崇拝して、悪魔に身を捧げる人間。
そうして彼らは全てを失い、誰かの大切な人を失わせる。その行為に宿る意思は、どうして破滅的な道を肯定してしまったのだろうかと、疑問を持たずにはいられない。
「ま、気にすんな。今後は理事長も目を光らせてくれるそうだ」
「浅井おじさんが? それなら、安心かな」
「半身内みたいなもの、なのか?」
「ええ、そう。お父さんの同級生だよ」
見た目、若いけどね……。
私と同年代にも見える浅井おじさんは、“発現型”と“共存型”の“二重能力者”だ。世間的には知られていないけれど、異能を発現させると黒髪が銀に、瞳が青と紫のオッドアイになる。獅堂と気が合うんじゃないかな、なんて思わないこともない。
浅井おじさんは、すごく嫌、らしいけれどね。
「でも、みんなが力を貸してくれるなら、どんな敵でも乗り越えられる。そう、私は思うよ。だから、ありがとう」
精一杯の笑顔でそう告げると、獅堂と七と瀬戸先生は、頬を朱に染めて照れながらも、しっかりと頷いてくれた。
うん、大丈夫。こうして、仲間たちが傍にいてくれる。
それだけで、私は頑張れるから。
「さて、私も食べようかな」
頭の中に思い浮かべる日程表。
次の大きなイベントは、“遠足”だ。特専の、一年最後の大イベント。生徒たちがしっかりと生存できるように、無駄な障害は取り除こう。
窓の外を見ると、晴れ渡った空に真っ白な雲が浮いていた。
さて、今日も一日、頑張ろう。
――/――
昏い森の中、枯れ葉の上に小さな骨が落ちている。
その骨は月明かりに照らされると、黒い靄を纏い始め、やがて形を作っていった。
「おまえがそうまで追い詰められたか」
「――ッ。――」
靄の前に影が降り立つ。
黒髪、赤い目、黒マントとシルクハット、燕尾服。怪しい姿の男だ。男は黒い靄に赤紫の種を投げ入れる。すると、その種を呑み込んだ靄は、人の形を作っていった。
「く、ぁ……は」
くすんだ金髪と、白黒反転した目。
――ジャックは、数日前までの東洋系の顔立ちではない。西洋系の顔立ちの、美丈夫となっていた。
「助かったよ、ダビド」
「構わん。それより、派手にやられたな」
「“みたい”だね。ここまで追い詰められるとは思わなかったよ。おかげで、“夜霧”と“仮面舞踏”を失ったよ」
「では、潜入は難しいな」
マントの男、ダビドはそう忌々しげに呟く。ジャックはそれを受けて、ただ苦笑して肩をすくめた。
「準備が整うまでは大人しくしている必要がありそうだが……ジャック、何にそこまで追い詰められた?」
「――保険に小指の骨を逃がすところまでの記憶で良ければわかるが、十中八九“それ”が原因だね」
「ほう? 英雄呼ばわりされている小僧共にでもやられたか?」
「それだと“こう”はならないよ。魂まで吹き飛ばされているから、こうして色々失ったのだしね。それに、準備は万端だった」
「では?」
ジャックは木にもたれかかると、先ほどまで飄々と崩していた態度を変える。険しく細められた目。苛立ちに歪められた口。端正、とも呼べる顔立ちは、苦虫を噛みつぶしたように歪んでいた。
「“魔狼王”が人間側に寝返った」
「!! なにィ? 本当か!?」
「ああ。だから保険をかけたのだけれど、正解だったみたいだ。保険のかけ直しも出来ずにやられたということは、確定だろうね」
「迅風のフェンリル、冥府の顎門か……。“大狼雅”で粉々にされたか、あるいは――」
「――“眷属召喚”。“氷河のスコル”と“雷磊のハティ”の、腹の中、かな」
“魔狼王フェイル=ラウル=レギウス”。
七魔王の一柱にして、孤高の狼王と呼ばれた大悪魔。あらゆるものを噛み殺すと謳われた化け物のことを思い出して、ジャックは深いため息を吐く。
「ヤツらが行う“遠足”などという行事で英雄を滅ぼすつもりだったが……“種”を蒔くに留めて、我らは力を蓄えようぞ」
「ああ、それが賢明だ。どんな理由か知らないが、全盛期の力を取り戻した魔狼王相手に、こんな状態で無傷で済むとも思えない。保険も、損傷具合を見るに、もう使えないだろうしね」
「チッ、だが、事前に“魔狼王”の存在を予知できたことは収穫だ。そうだろう?」
「ああ、違いない」
ダビドに手を貸され、ジャックはゆっくりと起き上がる。
今はまだ、時ではない。だがいつかは必ず、“魔狼王”すら越えて見せよう。凄惨に笑いながら、関東特専のある場所を睨み付けるジャック。
その瞳には、報復の炎が燃え上がっているようでさえあった。
「ゆくぞ」
「ああ」
そうして、二つの“悪”は闇に溶ける。
まさか、“魔狼王”よりもとんでもない物の存在が、記憶から吹き飛んでいることなど、想像も出来ないまま――。
――To Be Continued――




