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そのなな

――7――




 限定解除リミットリリースにより大狼となったポチの先導で夜霧を抜けると、そこには追い詰められた獅堂と、金髪になった水沢先生がいた。

 ポチの一撃がギリギリのタイミングでナイフをはじき飛ばしたが……これは、危なかったな。間に合って良かった。


「獅堂、状況は?」

魔塵まじん王のジャック。敵、夜霧とその辺の水と毒とナイフ。あとやたら丈夫で再生が速い」

「ありがとう――お待たせ」

「おう」


 悠然と佇むポチの向こうで、水沢先生改めジャックが驚愕に目を見開いている。

 私が回復したことが意外だった? いや、違うな。視線の先は、ポチ?


「なんで、アンタがそちらに居るんだ?」

『む。貴様、ジャック・ヴァン・リストレックか。久しいな』

「面識はあるんだっけ? ポチ」

『思い出したのはナウだがな』


 ナウって、それ死語だよ? いや、それはいいか。


「人間に飼われているのか? 嘘だろ、孤高の魔狼王!」

『ドッグフードは中々美味いぞ?』

「いや、そういうことじゃねーだろ」


 ジャックは、ポチの姿を見てあからさまに動揺をしているようだ。というか、なんだろう。私がポチを捕まえたとき、変質者と合体しているときのポチはそこまで強くはなかったが、ジャックの知るポチはそうではなかったのだろうか?

 そういえば、私との契約で全盛期の力を取り戻したって言ってたなぁ。


「“魔狼王フェイル=ラウル=レギウス”――迅風のフェンリルが相手となると、不利か。悪いがここは引かせて貰うよ」

「ポチ!」

『わんっ!』


 ジャックが夜霧に溶けるよりも速く、ポチの咆吼が夜霧を揺らす。それだけで、ジャックは眉を寄せて諦めた。


「なら、観司先生? アンタを人質にとるだけだ!」

「【展開イグニッション】」

「なッ?!」


 投げたトランプが、風の網を組んで高速で移動するジャックを捉える。こちらは既に対策済みの万全コンディション。先日のようにはいかないよ。

 更に言えば、用意している物もトランプだけでは当然無い。ボールペンを懐から取り出して、ダーツのように投げる。展開イグニッションと唱えると、ボールペンの芯に刻まれた術式刻印レリーフィングが発動。風を切るように加速したボールペンは、ジャックの足を縫い止めた。


「ぐぁッ、なんだよ、それ!」

「ポチ、今!」

『おうよ』


 ポチが飛びかかる流れを見届けてると、直ぐに獅堂に駆け寄る。

 顔色が悪い。それに、身体も傷だらけだ。無理、させちゃったね。


「獅堂、コンディションは?」

「毒は灼いたが体力はだいぶ削られた。疲労と怪我も癒やしきれてねぇな」


 網自体は脆い。ジャックは直ぐに抜けたが、その隙に近づいたポチと接近戦を強いられている。一見するとこちらが有利だが、獅堂の状態を見る限り、あまり時間はかけたくない。


「それに……【展開イグニッション】」

――ガキンッ


 時折、夜霧から飛び出してくるナイフを、スーツに仕込んだ術式刻印レリーフィングで弾いてはいるが……それも、いずれは限界が来る。


「未知」

「……そう、ね」

「久々の連携だ。派手に行こうぜ」

「ふふ、ええ。獅堂がそう言うのなら、乗ってあげましょう」


 ポチに念話で時間稼ぎを頼むと、彼はニヒルに笑って頷いた。


『しかし、貴様は殺しきるのが難しいなッ』

「アンタは刃が通らないじゃないか、ええ、裏切り者が!」

『人類の裏切り者に言えた言葉か、たわけッ!』

「はっ、違いない! ――これは、保険が必要、か」


 ポチの牙と、ナイフと、夜霧と、爪が行き交う戦場。

 舞い散る石片が衝撃で粉々になるほどの高速戦闘は、しかし速くも千日手の様相を見せている。

 そんな彼らを尻目に、獅堂は目を瞑って己の中に埋没した。


「我が炎、我がほむら、我が紅蓮、我がかいなに宿りて、彼のものを灼け。其は真紅、其は煉獄、其は燦々足る太陽なれば――」


 獅堂の身体から、焔の燐光が舞い上がる。まるで蛍が集まっていくようなその光景の美しさを、獅堂だけは知らない。


「――我が身はいずれも、太陽の化身なり!!」


 そうして、獅堂の身体が炎に“溶け”る。

 発火能力者たちが行き着く果て。自爆による強制焼身自殺を避けたかった彼が会得した、“規格外”の異能。己を炎に変革させる、精霊を参考に産み出された力。

 その炎の心地よさに、くすりと笑みが漏れる。うん、彼がそうまでしてくれるのなら、私も答えなくてはならない。タトエ、シュウチニ、ミヲヤカレヨウトモ。


「来たれ、【瑠璃の花冠】」

『む。しばし待てよ、魔塵王。これより先は鑑賞タイム。攻撃は不可になるぞ』

「は? あ、あれ? 攻撃できない?」


 鑑賞タイムとか、そういうの良いから!

 うぅ、注目される前になんとか、終わらせてしまいたかったのにっ!!


 でも、まぁ、ここまできたら中断できない。

 覚悟を決めろ、観司未知。不幸なことに、ただ変身するだけでは終われないのだから!


「【ミラクル・トランス・ファクト】――ッ」


 瑠璃色の光に包まれて、変身するのは魔法少女。十歳女児用衣装が、ぴちぴちぱつんぱつんに身を包む。この時点でジャックは口をぱかんと開いて固まっているが、当然ながら、これで終わりではない。

 さぁ、私の可愛い生徒たちに牙を剥いたこと、私と一緒に後悔しろ!


「【トランス・ファクト・チェーンジッ】!!!!」


 身体が再び、瑠璃色の光に包まれる。

 魔法少女衣装は宙に溶け、獅堂の笑い声をバックグラウンドに響かせて、羞恥が私の心を蝕む。これが倒れた代償だというのなら、私は柿原先生を許さない。いつか必ず、マジカル☆ラピ変身セット十歳女児用を着せてやろう。いや、あまりに無慈悲か。





「悪が荒野に蠢く時」

――胸回りは、ぱつぱつ胸当てに、もう卑猥にしか見えない星バッヂ。

「夕日より現れて夜を撃つ」

――アウターは、短すぎてノースリーブの革ジャンで、袖から紐がひらひらしてる。

「我こそは正義の使者」

――腰回りは、ショートパンツ一枚。当時もショーパン、今はデニムビキニのお察し仕様。

「魔法少女、ミラクル☆ラピ」

――テンガロンハットからはツインテール、帽子をあげる手はピチピチ指出しグローブ。

「モード、ガンナーで、凜々しく可憐にあなたのハート♡を、ずっ・きゅ・ん☆」

――ちょっとだけ無骨なブーツが、むしろ返って憐れさを引き立たせているのは内緒です。





 しん、と静まりかえる中、私は笑顔――目が笑っているかどうかはさておき――でピストル型ステッキを抜く。

 リボルバーにふっと息を吹きかけると、ピストルから♡が散った。


「【祈願セット幻創アーム悪を討つ愛の弾丸(ラブリー・バレット)成就イグニッション】」


 ピストルを向けて狙いを付ける。引き金を引く前に、まずはハートが飛び出して、ゆらゆらとジャックの左胸にヒットした。攻撃力ゼロのそれにジャックは呆然としながらも、ようやく我に返ったようだ。

 自分の胸と私を三度見して、眉を寄せる。


「なんのつもりか知らないが、ふざける余裕があるとはね。舐められたものだよ!」

「悪いが大真面目さ。【第四の太陽タイヤン】!」


 ナイフを構えて肩を怒らせるジャックに、獅堂の、紅蓮の剣と化した腕が飛来する。

 その攻撃範囲はすさまじく、視界全てを覆い尽くすほどだ。ポチには水道管や夜霧といった余計なもので余計なことが出来ないように注意を払って貰い、私が攻撃に転ずる。


「ばっきゅーん☆」


 舐めた口調で腰だめに、西部劇のガンマンのようにピストルを放つ。

 すると、弾丸は見えないはずのジャックの方向へ勝手に軌道を変え、飛来した。


「ぐぁッ、ガッ、な、に?!」

「魔法少女の弾丸は、百発百中なのだ♪」


 ピストルで帽子をクイッとあげて、パチンとウィンク。可愛いつもりか、年を考えろ。そんな風に自分で感想を持ちながらも、顔はあざとく笑っている。

 百発百中の弾丸は、炎で味方の視界まで隠してしまう獅堂と、相性抜群だ。だからこそ、必中の弾丸を豆鉄砲にする訳にはいかない。少女力をチャージしろ。可愛いを力に変えろ。実際には可愛くなくても、やらなければならないから!!


「がぁああああああッ!!」

「おっと☆」


 炎の壁から、全身を焦がしながら飛び出してきたジャック。

 鋼の刃そのものと化した腕を、変身前であれば見ることすら叶わなかった速度で振る。私はそれを、少女力の高いポーズを選択することで避けていく。



「死ねェッ!!」

――両手を顎に当てるぶりっこポーズで半身になり、振り下ろされた手を避ける。

「っらァッ!」

――女の子座りでぱちんっとウィンク。頭上をナイフが通り過ぎた。

「シッ!」

――手でハートを作りながら、立ち上がりつつバックステップ。ナイフが石畳を割る。

「く、そォッ!!」

――投げナイフはピストルで落とす。両手で一発、片手で一発。くるくる回してもう一発。

「なんだよ、それェッ!?」

――ジャックの後から炎の剣。お尻をくいっと突き出しながら横にステップで避ける。



 爆炎。

 轟音。

 悲鳴。

 怒号。


 ジャックはぼろきれのようにはじき飛ばされて、石畳の上を転がっていった。


「な、ん、だよ、それ、おかしい、だろ!?」


 ふらふらと立ち上がるジャックの目に、余裕と呼ばれる物は一切ない。ただ追い詰められて、焦燥に駆られていた。


「強者ほどその動きは“理に適う”。筋肉の使い方も、動作も、最大効率最速最小で動いて戦う! 僕はずっとその切磋琢磨を切り抜いてきたのに、なんだよそれ!」

「魔法少女☆よ?」

「その星! そのハート! 全部がおかしい! 無駄な動きで全然、理に適っていない! なのになんでそんなに動ける? なんでそんなに速い?! なんで無駄が、効率を凌駕するんだァッ!!」


 血を吐くような叫びに、目を逸らす。なんで私は連続通り魔事件の切り裂き魔に、常識を問われているのだろうか。

 本来は魔法少女が常識側じゃないの? おかしくない?


「もういい、なら、理を越えてやるだけだ!! 全身硬化【魔刃装】!!」


 ジャックの身体から刃が生える。無数の剣山となった身体から感じる威圧感は、なるほど、理を越え得るほどの力を宿していることだろう。

 だが、ニヒルに笑う獅堂がいる。悠然と佇むポチが居る。無駄にきらきら光るステッキがある。これだけ条件が揃って、負ける魔法少女ではないということを、教えてやろう!


「いくよ♡ 獅堂! ポチ!」

「おうよ! 【第四の太陽タイヤン】!!」

『心得た。“狼雅ブレス=オブ=ロア”!!』


 紅蓮の剣が視界を覆うと同時に、風が私の背を後押しする。

 炎の壁を可愛いポーズで抜けると、そこには炎をガードするために両手をクロスさせていたジャックが居て、驚愕に目を瞠る彼と、目が合った。


「はぴっ☆ ねすっ♡」

「おおおおおおおおおッ!! 非常識の権化めぇえええええッ!!」

「あ、悪人に言われることじゃなくない?!」


 腕を振る彼を、胸を寄せるグラビアポーズで避けて、投げキッスのハート(物理)ではじき飛ばす。空中に浮いた彼にポチが飛びかかり、通り過ぎ際に全身の刃を砕き、着地が出来ないように獅堂が炎の柱で巻き上げると、絶好の標的となったジャックが浮き上がった。



「や、やめ、やめろ――」

「【祈願セット現想フォーム愛波動砲弾ラヴ・ハピネス・ブラスト成就イグニッション】!!」

「――ぉああああああああああああッ!?!?!!」



 両手持ちのピストルから放たれたのは、極太のハート型ビーム。

 ビームはジャックの身体を包み込むと、周囲にハートを散らしていく。


「嘘だ、嘘だ、こんな、理不尽の、塊にィィィィッ!!!!」


 光の中に消えていくジャック。

 その姿が完全に消滅すると、夜霧を吹き飛ばし、月にハートマークを刻み込んだ。


「今日も凜々しくキュートにラブリー! 魔法少女の愛☆は、無敵なのだっ♪」


 そしていつもの決めポーズ。

 瑠璃色の爆炎が上がると、月に刻まれたハートマークが、小さなハートとなって地上に降り注ぐ。こんなぴちぴち痴女が起こした現象でなければ、可愛らしい物だったのだろう。

 そんな私の感想は、私自身の胸を抉り。身体をくの字に曲げて笑う獅堂の頭を、無言ではたくことしかできなかった。


 ああ、今日も、夜露が目に染みるなぁ。





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