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そのよん

――4――




 鈴理さんたちと食事をしてから、もう五日が経った。

 だが未だに七魔王トレーダーに反応はなく、同時に、通り魔被害もないので深夜警戒だけが重なる毎日だ。

 それにしても、五日間毎日深夜というのも中々辛い、けど、これは自分で提案したことだ。眠いだとかは言っていられない。頑張ろう。


「ふぅ」


 とは、いえ。

 疲れが溜まっていることも、自覚せざるを得ない。深夜警戒の役割は、あくまで保険だ。昼間と深夜は教員一人で警戒、朝と放課後と夕方から夜は二人で警戒。私は、本来ローテーションで行うこの深夜警戒を、毎日一人で行っている形だ。

 深夜に出歩く生徒は滅多にいないからね。


「寝不足、かなぁ。一度“変身”すれば……いや、疲労がなくなるのは変身中のみか」


 無駄に心的疲労だけ溜まるだろうからなぁ。

 いや、そもそも変身できるのだろうか。“私利私欲”扱いになる? いやでも、宴会芸で変身可能だったしなぁ。使えないのは魔法だけ、かな?

 ……だめだ、思考がまとまらない。深夜警戒は二十四時から二時までの二時間。あと、一時間もある。帰って、お化粧落として、シャワー浴びて、髪を乾かして、寝るのは四時。午前中の授業準備もあるし、出勤は七時。起きるのは六時、かぁ。二時間睡眠、五日目。もうすぐ“遠足”の準備だってしないとならないから、休まらないなぁ。でも、土曜日は午前授業。明日の夕方仮眠を取って、日曜日に疲れを取れば、何とかなるかな。たぶん。


「ふぁ……と、いけないいけない」


 あくびをかみ殺して、警戒を続ける。

 なにせ犯人はミステリーホラーから抜け出したような存在だ。生徒を寮から連れ出している可能性だってゼロではない。

 おまけに、ナイフを使った刺傷事件。次は、命が危ういのかもしれないのに、のうのうとあくびをかいている場合じゃない。


――接近! 接近! 位置情報取得!

「っ、え」


 鳴り響くのは、手持ち鞄の中のタブレット。

 慌てて取り出すと、赤い反応が高速で近づいてきている。場所は、私の背後――っ。


「【速攻術式セット反発結界バウンドバリア展開イグニッション】!」

――ガギィンッ!!


 急速に周囲を包み込む夜霧。

 結界を維持しながら端末を利用するも、繋がらない。この夜霧のせい、か。


「誰?」


 問いかけるも、反応はない。

 夜霧の中に姿が消えてしまったから、見ることすらもできていない。コンディションがベストなら、影縫いの剣(シャドウバインド)くらいは重ねられたのに、と、そう思うと悔しくて仕方がなかった。


――接近!

「っ!」


 夜霧の中に居るうちは、探知にひっかからない。

 だが攻撃の瞬間だけは探知に引っかかるのだろう。


「【速攻術式セット影縫いの剣(シャドウバインド)――っつぅ!?」


 詠唱よりも一歩早く、背後から現れたソレが私の腕を切り裂く。

 熱と痛みが、背筋を駆け抜けるようで、ふらりと体勢を崩した隙に脇腹を狙われた。なんとかスーツのみに被害を収めたけれど……慎重な敵だ。一度失敗すれば、直ぐに夜霧から出ようとはしない。

 しかし、同時に、狙いが巧すぎる。よほど隙を突かない限り、“瑠璃の花冠”の召喚を許してはくれないだろう。呼び出してさえしまえば、“変身モーション”扱いで無敵なのだけれど。

 日頃ならともかく、このコンディションでは決断できない。


――入電! 入電!

「? メール?」


 タブレットに表示されているのは、メール機能。

 端末は無理でも、タブレットは夜霧の外と通信できるのか。では何故、夜霧に隠れた犯人は探知できないのだろう? いや、今はそれよりもメールだ。周囲を警戒しながら、さっと目を通す。

 相手は不明だけれど、ええっと、上に結界を張れ?


「――【速攻術式セット二重結界ダブルバリア展開イグニッション】」


 天に掲げるように、結界を二重展開。

 それを隙と見なしたのか、タブレットが位置情報を伝えてくる。だが、それよりも、メールの主の方が一手、早かった。



「【第三の太陽ゾンネ】……消し飛べッッ!!」



 轟音。

 灼熱。

 衝撃。


 夜霧を消し飛ばした炎は、私が張った結界の強度ギリギリだったようで、見事に相殺されて結界が消える。だが、見渡しをよくしてくれたおかげで、どうにか撤退させられたようだ。夜霧とともに消し飛んだのか撤退したのか、十中八九後者だが、助かった。

 けれど、なんて慎重な。七魔王として探知されたのであれば当然のことなのかも知れないが、獅堂の炎でも正体を明かさずに撤退するとは……判断力が高いのか。あのまま戦っていたら、本当に危うかったのかも知れない。


「未知!! おい、大丈夫か!?」

「獅堂……ありがとう。助かったわ。私はだいじょう――あれ?」


 ふらつく身体。

 倒れそうになる私を抱き留めたのは、逞しい腕。


「未知、おい未知! しっかりしろ!」


 力の入らない身体と、ぼんやりとした視界。

 映り込んできたのは、無駄に整った顔を歪ませてなにかを叫ぶ、獅堂の顔。

 どうしてだろう、意識が徐々に遠のいて、なにも聞こえない。


 寝不足?

 それとも、貧血?

 ああ、でも、さすが炎使いだ。


 あったかい、な。


「ごめん、し、ど……う」

「――っ! ――ッ」


 ちょっとだけ、休ませて。

 その言葉は喉から出ることはなく。

 ただ、落ちるように、意識が暗転した――。




















――/――




 “それ”を知ったのは、偶然だった。

 ここのところ学区内で起こっている連続刺傷事件に伴う、学区内警備。警察に任せようという案もあったが、特専ならではの一部エリート教員の押し切りで、自分たちで警備をすることになったという。

 この刺傷事件、おかしなところは幾つかあるが、なによりも“七の探知”に引っかからないというのは異常だ。血液が、流れがそこにあるのであれば、たどれない七ではない。なら犯人はそれこそ、七魔王か、もしくは強力な上級悪魔なのではないか。

 そう思ったからこそ、未知に七魔王トレーダーを借りるために職員室から連絡を取ろうとして、夜勤の教員に止められた。おそらく、深夜警備の最中。


「深夜警備か。今日が観司教員の担当なのか? あー、高原教員」

「く、九條特別講師! え、ええと、今日と言いますか……。いえ、私は柿原先生や水沢先生と違い、その場に居た訳ではないので詳しい事情は知らないのですが、ええと」


 通りがかりの教員を捕まえて、話を聞いて、警備スケジュールのコピーを貰う。

 するとそこに記されていたのは、未知の、所々に入った放課後や朝の警備に加えて、何故か“毎日”深夜警備に組み込まれたスケジュール。


「――高原教員」

「ひぃっ」

「これは?」

「ああ、あわわわ、そそそ、それはそのあの、き、聞いた話なのですがっ!」


 “何故か”怯える高原教員が、伝えてくれた話。

 エリートを名乗る教員が、“自分から言い出して強行した教員で担当する深夜警備”に文句を言い始め、苛立ちから理事長に特別任務を言い渡され、初日の警備に参加しなかった未知に八つ当たりをし、その罵倒に生徒を巻き込まれることを厭うた未知が、毎日警備に参加することを約束した。

 何故、毎日“深夜”警備なのかといえば、話は簡単だ。深夜の警備巡回は教員の負担になるから警察に任せようという意見を、エリートが“自分がやる”と言いだし、自分が担当になった深夜警備全てに未知を押し込んだから、ということだ。


「で、そいつはいつ担当してんだ?」

「そそそそそれは、柿原先生はそそそそその、置き換え、ました、ので」


 毎日どころか、初日のみ。

 一日も参加していません、と。


「そもそも、その会議自体、俺も鏡カウンセラーも知らないのだが?」

「ええええっと、柿原先生が、“英雄の手を患わせることはない”と」

「はぁ? 他の奴らはなんて?」

「せせせ、瀬戸先生は“警察に任せる以上に生徒を安心させられる警備を深夜に行えると豪語されるのでしたらそれで結構。お手並み拝見とさせていただきましょう”とおっしゃり、様子見をすることに」


 なるほど。瀬戸は完全にエリート……柿原に全部押しつけて泣きを見ようとしたら、未知に押しつけていた、と。この様子なら、柿原は瀬戸に改変後のスケジュールが渡らないようにしているな。

 端末で配れば良いものを、わざわざ紙媒体で配っているのがいい証拠だ。未知と仲の良い教員には端末で。それ以外の、柿原の権威に怯える教員には紙媒体を渡している、と。おおかた、発覚したら配らせた人間に“配布ミスがあった”と罪を押しつける気だろう。


「今日で五日目か……。ちっ、五日間睡眠時間カットはキツイな」


 魔導術師にとっても異能者にとっても、集中力の低下は致命的なミスを呼びかねない。おまけに、未知は弟子同様運が悪い。何か起こるとすれば、今日か明日だ。


「この新しいスケジュールは全教員に配布し直すように。何か言われれば俺の名前を出してくれ」

「はいっ! 仰せのままに!」

「それから、鏡カウンセラーに通達。医務室を空けておくように」

「はいっ! 心得ました!」

「あと、高原教員。柿原に妨害されたら俺に言え。情報提供者を無碍にはしない」

「はいっ! 助かります!」


 端末情報から未知の位置を割り出し。

 ……だが、一瞬表示されて、消える。これは間違いなく、何かあったな。クソッ!


「窓から行くが、気にするな」

「はい! えっ?!」


 窓を開け放ち、飛び出して、異能を発現。

 一瞬表示された位置からは、動いていないだろう。


「座標確認、間に合えよ――!」


 背からバーニア。

 空気摩擦を“焼き切り”。

 大気の壁を容易く破り。


 一直線に、飛び穿つッ!


 そう、高速で飛行すると、あからさまに怪しい濃霧で包まれた場所を発見する。

 端末は通じない。だが、端末から七魔王トレーダーに連絡を入れると、不思議と濃霧をすり抜けることが出来た。異能ならではの“条件付け結界”の類いか? 異能科学による連絡通達、という条件を結界に付与できない、と言ったところだろう。

 ならば、好都合。未知にメールを入れ、空メールが返ってくる。文章を打ち込むような余裕は一切ないような事態、であるならば!


「我が紅蓮に藻掻き溺れよ、悪徳の使徒よ。これぞ、罪過を灼く炎の奔流――」


 詠唱は威力の微調整と、対象を絞るためのもの。

 未知への威力は最小限に、敵への威力は最大限に。


 我が、魂の炎を燃え上がらせる!


「――灼き穿て、【第三の太陽ゾンネ】……消し飛べッ!!」


 轟音とともに炎の柱が濃霧を貫き、晴らせる。

 敵影なし。ならそれで構わない。背中のバーニアを噴射。地面ギリギリで逆噴射し強制停止。


「未知!! おい、大丈夫か?!」

「獅堂……」


 ぼろぼろのスーツ。

 切り裂かれた右腕。

 空ろな瞳と、揺れる身体。


「ありがとう、助かったわ。私はだいじょう――」

「っ」


 倒れそうになる身体を、咄嗟に抱き留めた。

 化粧で隠してはいるが。隈がひどい。それに、肌も青白いし唇は震えている。単純な寝不足ではない。貧血と、おそらく濃霧の影響、か……ッ。


「――あれ?」

「未知、おい未知! しっかりしろ!」


 空ろな瞳は揺れるばかりで、俺を見ようとしない。


「ごめん、し、ど……う」

「未知っ! おいッ」


 腕の止血をし、揺らさないように最大限に注意を払いながら、華奢な身体を抱きしめて飛行する。

 意識を失ってしまったのだろう。垂れ下がる手が、今は何よりも怖い。



「通り魔も、柿原も、このままじゃすまさねぇ」



 未知を運びながら零れた声は、自分でも驚くほど、冷たく暗かった。





2016/11/05

誤字修正しました。

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