そのさん
――3――
ところ変わって談話室。
流石に鈴理さんの、女子生徒の部屋に獅堂と七が押しかけるのはまずいので、寮母さんに、居住区の生徒がご家族と会うための、出入り制限をした談話室を用意して貰った。
「それで、その、わたしの部屋から危険な悪魔の反応が?」
私服の鈴理さんは、そう訝しげに首を傾げた。
「それって、ポチのことではないんですか?」
そう、鈴理さんは膝上のポチを撫でながら答える。
いやしかし、どういったものだろうか。七魔王のことは秘密にしておこうとは思っていたのだが、なんというか、博士のところで意図せず七魔王トレーダーの存在は見せてしまっている。
「いいんじゃねぇか? 詳しい説明、しても」
「他の生徒ならいざ知らず、鈴理は巻き込まれ体質だからね」
「そうそう。どうせ巻き込まれるんなら知っておいた方が良いだろ」
「あなたたちね……ご、ごめんなさいね、鈴理さん」
獅堂と七のあんまりな言い分に、けれどそれだけで色々察した鈴理さんは、ただ苦笑を浮かべて頬をかいていた。
うぅ、ごめんね? 鈴理さん。私たち教員が至らないばかりに、いつも巻き込んでしまって。
「いえ、気になさらないで下さい。ちょっとビックリしましたけど、そういうのも、うん、師匠なら良いです」
「鈴理さん……ありがとう。で、実はね――」
そうして、七魔王の存在。その危険性と、トレーダーの役割。
さらに、その反応が鈴理さんの部屋から検出されたこと。一息に話すには情報量が多いような気もしたけれど、鈴理さんはよくかみ砕いて頷いてくれた。
「そっかぁ、七魔王でなければならないから、ポチじゃないんですね?」
「ええ。七魔王の存在を検知する、ということだったのだけれど、故障だったのかしら?」
『ふむ、ならやはり我のことではないか?』
「いや、だからね? ……って、起きたのね」
このぐーたら犬め。
最近すっかりだれかの膝の上で怠けることを覚えたポチは、ひょっこりと顔を上げてそう言い放つ。ちょっと獅堂、ポチにチョコレートをあげてはだめ。犬にチョコは厳禁よ?
『うむ、甘い。……と、そうだった。七魔王を探知するのであろう? であるならば、やはり我で間違い在るまい』
「へ? それは、どういう――?」
確かに、未だに七魔王トレーダーはこの場所に反応している。
てっきり誤作動かと思ったのだけれど、もしかして、そうではない?
「ポチって、七魔王なの?」
『如何にも。我こそは“魔狼王”ポチである。最初に名乗ったと思うが? 鈴理よ』
「ごめんね、ポチ。変質者の印象が強すぎて覚えてないや。えへへ」
『セクシャルアピールの激しかったボスではなく?』
「ポチ?」
『ぐ、ぐー』
こんちくしょう、さりげなく私を変質者のうちに入れてまったく……って、今、重要なことを言ったよね?
え、えーと、そう、まろうおう……魔狼王?
「って、ええっ、ポチ、そうだったのだっけ?」
『うむ、如何にも。まったく、痴呆には早いぞ? ボス』
「うぐっ、違う、違うけれど、言い返せない!」
忘れていたのは事実だし。事実だし!
「つーことはなんだ。これで一体はゲットって訳か」
「もう捕まえていたとはね、未知。でも流石に、事前に教えて欲しかったかな?」
「ふ、二人とも、女子寮までごめんなさい」
「いや、俺は良いんだがな? 七のヤツが、ほら」
「いや、勝手に僕を心の狭い男にしないでくれるかな? 獅堂」
「ご、ごめんね、七、できることならなんでも――」
「ん? 今何でもするって言った?」
「ちっ、このむっつりめ」
「鏡先生、どん引きです」
「ちょっ、まだ何も言ってないからね?!」
え、ええっと? 何もしなくて良いということだね?
とりあえず、改めてポチに向き直る。そう、言われてみれば他の七魔王の存在にも詳しかったポチだ。まだ、他にも情報を持っているのかも知れない。
「ねぇポチ。もしかして、他の七魔王のこともわかる?」
『能力の詳細まではわからんが、名前くらいならわかるぞ、ボス』
「! 教えてちょうだい、ポチ」
『うむ。心得た』
ポチがそう言うと、七を弄っていた獅堂が向き直る。
合わせて、ふてくされた様子の七も、本気で引いていた鈴理さんも、ポチの方へ耳を傾けてくれた。
『我こと魔狼王は良いな? うむ。まずは、魔鎧王、“ゼノ・クロス”。試練の悪魔と名高い王で、人も悪魔も天使も平等に、“何かを乗り越える”時、試練の篩に掛けるものだ。黒騎士と呼ばれることもある』
「夢ちゃんのところで遭遇した、鎧武者の中身……だよね?」
『如何にも』
そうか、あれか。
そういえば言っていたなぁ。
『あとは、“不死にして紅き茨の魔女”、魔龍王“ファリーメア・アンセ・エルドラド”だな。コレのことは詳しくは知らんが、ヤツの使役する龍は魔界でもその悪名を轟かせている。“血壊龍アルヴァ・エルドラド”と言えばわかるか?』
「リリーの時に、彼女が用意した“劣化品”の大元、ね?」
「あー、あれか。いつの間にかぶっ倒れてた」
『うむ』
……いつの間にかというか、うん、はい、あれは“ヤミラピ”の仕業です。
そういえば、周囲の被害を考えつつ足止めしてくれていたのは獅堂だったね。あ、あははは、はぁ。
『あとは魔統王、あるいは大魔王ワル・ウルゴ・ダイギャクテイの妻、魔玲王“リズウィエアル・ウィル・クーエルオルト”だな。まぁ、あれは大魔王が地に額を擦りつけて種を渡し、次代の王を産ませたが生まれた子の力に怯えて幽閉し、あげくに勝手に七魔王に仕立て上げたという経緯があるから、まず、大魔王の仇討ちになりかねないことには参加せんだろう』
「それは、なんつーか」
「同じ男としても、うん」
「リリーちゃん、可哀想」
「そ、そうね。それは捻くれるわね」
リリーのお母さん、よね?
なるほど、それはちょっとリリーが可哀想。いや、人間界を襲おうとしたことは別だけれどね?
『残るは、魔塵王“ジャック・ヴァン・リストレック”。魔狂王“ウルヴァ・イズーリ”。魔血王“ダビド・ディアドロ・ド・ラ・アルファルセルファ”だが……これらの情報は知らんし、顔も覚えていない』
「あー、ダビド、ダビドか。そいつはわかる。そうか、アイツが七魔王か。紹介前に大魔王ぶっ潰したから知らんかったがな」
「あー……“種”の、悪魔か。吸血鬼」
「きゅ、吸血鬼なんかいるんですか?」
あー、うん、全員で戦ったことがある唯一の七魔王が、“アレ”か。
ダビドと名乗る、黒マントにタキシード、シルクハット、ステッキ、ちょびひげの男。それは今現在でも私たちを悩ませている、“種”の生産者だ。
「その、師匠、種ってまさか……」
「そうね、そう、“吾妻”先生を悪魔に変貌させた種、で間違いないわ」
「そうだな、種ってのは……あー、なんだ。七、説明任せた」
「まったく獅堂、君ってやつは。いいかい? 鈴理、種っていうのは――」
“種”。
人間に絶大な力を与える代わりに、その身を悪魔の苗床にするという危険なドーピング剤だ。種を飲むと、魂が種によって肉体を“悪魔の苗床”として相応しいものに変貌させていく。
まずは霊力が単純に底上げされるだけで、また、まだ救える可能性のある“種蝕者”。次に、超人的な肉体能力を得る“枝蝕者”。そして、悪魔の苗床として完成し、その身と心を悪魔に変貌させてしまう“浸蝕者”。
「――基本的に、この“浸蝕者”となったら救出は不可能だ。奇跡でも、起こさない限りね」
「なるほど……流石です、師匠!」
うん、まぁ、はい。
本当は枝蝕者の時点で救出は難しいのだけれど、うん、そこはほら、魔法の力ってすごい。
「でも鈴理、ひとつ、奇跡の力でも救えない存在もいる」
「え?」
「それが、“染蝕者”と呼ばれる存在だ」
“染蝕者”。
類い希なる“悪”の才能と嗜好を持つものだけが至れる境地。種の力を悪魔ごと吸収し、悪魔とも妖魔とも悪霊とも違う“第三の悪”と呼ばれる存在。存在そのものに強烈な悪性を持つ彼らは、単純に種と分離させれば良いということではない。
分離されても、悪魔の力を持たない悪となるだけなのだから。
『話がずれたが、我が知るのはここまでだ』
「ありがとう、ポチ。ひとまずポチのことは登録しておいて……あとは、関東特専内は覆える探知範囲に出現すれば、これで補える、ということね」
『ボスよ、我は腹が減った』
「はいはい。……鈴理さんも、お詫びにご飯はどうかしら? 獅堂と七も、ついでに」
「師匠の手料理ですか?!」
がたんと席を立つ鈴理さんに、苦笑する。
ええっと、手料理?
「外食のつもりだったのだけれど……それでいいの?」
「もちろんです!」
もちろん、なんだね。
まぁ料理、というか家事は好きだし、構わないのだけれど。でも、獅堂と七はそれで良いのだろうか?
「よくやったぞ、鈴理!」
「鈴理、ファインプレーだね。さすがだよ」
「えへへ、鏡先生にも九條先生にも、先日のおじいさまの一件で助けて貰いましたから」
「堅苦しいのは良いぜ、獅堂って呼べよ」
「僕も、七で構わないよ、鈴理。君の行動は評価に値する」
……うん、聞くまでもないみたいだね。
というか、ええっと? なんで仲良くなっているのだろうか。いや、悪いことではないのだけれど、なんというか、納得いかないような気もする。主に団結の理由とか。
「鈴理さん、リクエストは?」
「ええっと、ええっと、洋食でおねがいしますっ」
「ふふ、畏まりました。お嬢様?」
「はぅっ」
まぁ、懐いてくれる鈴理さんは可愛いし。
獅堂と七も、そんなに楽しみにしてくれるのなら悪くはないし。
久々に、誰かの為に腕を揮おうかな。うん。




