そのに
――2――
毎日のローテーションに名前が組み込まれたからといって、やらなければならなかったことを省ける訳ではない。
ということで、私は獅堂と七と医務室に集まり、件の“七魔王トレーダー”を起動させていた。ちなみに、二人に放課後の騒動は話していない。余計な負担を掛けるのも申し訳ないからね。
「見た目は完全にタブレットだね」
「待ち運びしやすくていいじゃねぇか」
「そうね。流石、有栖川博士と言ったところかしら」
見た目は、七.九インチのミニサイズタブレットだ。裏面にはアリュシカさんのお母様、ベネディクトさんの横顔のシルエットが影絵風に印刷されている。ご丁寧にブルートゥースなんかも使用可能。えっ、これ普通にタブレットとしても使用できるの?
「へぇ? RPG入れようぜ」
「獅堂、君は本当にもう」
「なんだよ、冗談だ冗談」
獅堂はそう、無駄に整った顔を崩して笑う。そんな獅堂に、七は呆れたようにツッコミを入れていた。なんだかこうして三人で過ごすのも、久々だなぁ。
「お、起動準備に入ったぞ」
「ロード画面で走っているのは、アリュシカかな? 凝ってるね」
タブレットの起動準備画面で走っているのは、デフォルメされたアリュシカさんだ。
刻印には奥様のもの。ローディングデータには娘さんのものを仕込む博士。情の深い方だ。
場所柄に合わせて色んな設定を自動で行うらしく、起動には少し時間がかかる。起動に時間が必要なのは最初だけ、ということらしい。
「未知、おまえ疲れてないか?」
「そうかな? 休息はとっているつもりだけど?」
「未知のつもりは信用できないよ、獅堂」
「確かに」
ちょ、ちょっと失礼じゃないかな?
獅堂は疑わしげに私の顔を覗き込む。これでも、滅多に風邪をひかないことが自慢なんだよ? そう告げてみたら、大きくため息を吐かれた。
「おい七、こいつこんなこと言ってるぞ」
「そうだね、風邪は引かないね。無茶をして倒れても風邪は引かないよね」
じとーと効果音がつきそうな目で私を見る二人。
いや、ええっと、そんなことあったかなぁ?
「た、倒れたことなんてそんな」
「七、あれはなんだっけか、富士か?」
「“富士の極限樹海”? いや、そっちじゃなくてあれだよ、沖縄」
「ああ、“琉球大庭園”か。俺たちの締め出し異界」
上げられる異界の名前に、気まずくなる。
日本内陸最大の異界、富士の極限樹海。沖縄海底異界、琉球大庭園。極限樹海は空間に歪みを起こした核となった悪魔に怯えられ、英雄対策に火柱が降ってくるような気候になってしまった。琉球大庭園は異界として発生したあとに悪魔を追い詰め、“無茶”をしたので異界に嫌われ、入れない上に隠れて入れば三分程度で弾き出される。
その琉球異界で強力な悪魔にステッキを“折られ”て、折れたステッキで無理矢理変身して戦い、ぼこぼこにし、異界から弾かれて過労で倒れた。その一連のことを思い出して、気まずげに顔を逸らす。あ、あったね、そんなこと。
「なぁ未知」
「へ? はいっ?!」
獅堂はそっと、私の手を取り右隣に座る。喋ると息が首筋に吹き掛かるような、そんな距離。厚い胸板に肩を受け止められると、どくん、と熱が伝わった。
「おまえに無茶をするなとは言わない。無駄だからな。だがな、コトを起こす前に一言、言ってくれ」
「ちょ、ちょっと、獅堂?」
指を絡めて。
濡れた瞳で。
抱き、とめて。
「俺はそんなに、頼りないか?」
「ぁっ」
私の指先に、彫像がごとく整った顔を引き寄せて、唇を落とした。
「そうだよ、未知」
「えっ、な、七?」
反対側に回り込み、やはり手を取る七。
ずっと弟分だった。弟としか見ていなかった。でも熱い眼差しは、どこまでも男の人のそれで。確かに、私は、彼の瞳に男性を見た。
「僕はいつだって未知の味方だ。君の味方で、盾で、矛だ。全てを預けてくれても構わないんだよ? あんまり無茶を続けるなら――」
「ま、待って、七、っ」
七はそう、色気のある流し目で私を捉える。
それから私の髪を一房梳くって、花を愛でるように口づけをした。
「――溺れさせて、あげ」
――起動準備完了! 起動準備完了! 起動準備完了!
「ちっ」
タブレットの音声が鳴り響くと、私は漸く二人から解放される。
なんだったの? なんだったの?! ドキドキと高鳴る心臓を、抱え込むように抑える。七と獅堂を見ると、彼らは何でもないようにタブレットを見ていて、まるでさっきの出来事は白昼夢だったかのようであった。
指先に、髪に、熱が残る。頬に当てた指が、熱かった。
――探知完了! 位置情報所得! 検知開始!
「ぁ、え……検知完了?」
「は? ちょ、マジかよ! 未知!!」
「へ? 七魔王検出完了。場所は――女子寮?」
部屋番号C-三三三号室。
「す、鈴理さんの自室?!」
「また鈴理か。彼女も不憫な……!」
「ちっ、急ぐぞ、未知!!」
「ええ!」
三人で、医務室を飛び出す。
幸い、この時間の校舎に人はほとんどいない。誰にもぶつかることなく走り抜け、魔導術で身体強化を施し、居住区まで走る。
事前に寮母さんには連絡済みだ。
慌てる私たちに差し出されたマスターキーを受け取ると、急いで鈴理さんの部屋へ走る。
「……三三一、三三二、っあった!」
「七、俺たちは警戒。女子寮に踏み込んじまったが、突入は安全確認のあとだ」
「わかった。未知、僕らは扉の左右につく!」
「お願い!」
扉の左右に背中を付ける獅堂と七。二人は既に、異能の発現準備に入っている。
私はノックの時間も惜しいと、カード-キー型のマスターキーを扉に差し込んで、開け放つ。
「鈴理さん、無事ですか?!」
「――ふぇっ?!」
開けた先。
着替えの最中だったのか、シャツを脱いだ姿勢の鈴理さん。
ベッドの上には、スカートとブレザーとネクタイと、爆睡中のポチ。
「――ぁ」
「……へ」
その、下着から覗く白い肌が、徐々に朱に染まっていく。
あ、ちょっと、これ、まずいかも……?
「き」
「す、鈴理さん?」
「きゃあああああああああああああああっ」
「ご、ごめんなさいっ!」
女同士なんだし、そんなに叫ばなくても。
混乱した頭でそんなことを考えながら、私はバタンと扉を閉じて、部屋から出る。
「未知?」
「ええっと、どうしたの?」
首を傾げる獅堂と七に、何も答えることができない。
どうしたのって言うか。ううんっと、ええっと、何もなかったのだけれど。
「え、ええっとね? 私にも何が何だか」
なんて、そんな風にしか答えることができない。
そして混乱しているうちに、私の背後の扉ががちゃりと開いた。
「し、師匠? あの、着替え、終わりましたけれど、なにかあったんですか?」
「ぁ、す、鈴理さん。ごめんなさいね、ノックもせず……」
「い、いえ、心の準備が出てきていなくて叫んでしまい、こちらこそ、ごめんなさい。それで、あの……」
鈴理さんはそう、扉から半分身体を出したまま、獅堂と七に気がついて、心底不思議そうに首を傾げる。
「……なにか、あったんですか?」
その言葉に、私たちは目を合わせて、頷き合うことしかできなかった。
2016/12/09
設定不順修正いたしました。
富士の極限樹海は英雄進入不可→英雄のせいで妙な気候の異界になった。




