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そのいち




――1――




 ――ひたひたひた。

 ――とっとっとっ。

 ――ひたひた、ひたひた。

 ――とっとっ、とっとっ。


 走る。

 後ろから追いかけてくる“なにか”から逃れるように、少女は足を動かし、走る。


「はっ、はっ、はっ」

――ひた、ひた、ひた、たったったっ


 ぴったりと張り付いて振り払えない足音。

 暗がりへ、暗がりへ、誘い込むような闇。


「はっ、はっ、はっ、くっ、お、【術式開始オープン・ふぉ――」

――たっ、たっ、たたたたたたたッ

「――ひっ」


 そして。


「い、いや、やめて――ッ」


 闇に、刃がきらめいた。




――†――




 梅雨に入ると、身体が気怠く動きづらい。

 昔からこの季節はどうにも苦手で、眼前の“資料”も相まって、ため息が深くなる。


観司みつかさ先生、それって……」

「ああ、陸奥むつ先生……。はい。今月に入って五件。また、です」

「例の、通り魔事件ですね」


 そう瞳に怒りを宿して唸るのは、私の同僚、陸奥先生だ。

 綺麗にセットされた茶髪に、暑がりなせいで第二ボタンまで開けられたシャツ。服装もスーツではあるがよく似合ったタイプのものやネクタイをしていて、教師なんていうお堅い職業についているというのに、チャラ男にしか見えない。

 けれど内面は、見た目にそぐわず初々しく純情で好青年という、なんともギャップを感じさせてくれる若者だ。

 そんな彼とにらめっこをしながら見る資料は、ここ最近、部活動などで帰宅が遅くなった生徒ばかりを狙う、連続通り魔事件に関わるモノだ。


「被害者の共通点は、異能科、魔導科にかかわらず幼い容姿の女子生徒ばかり、ですか」

「ええ、そのようですね。しかも、制服のみを切り裂く変質者。わかりやすい女性の敵、ですね」


 そう。

 今回制服を切り裂かれているのは、すべて童顔の女子高等部や中等部の生徒ばかり。その上よほど“鼻”が利くのか、よほど内部事情に精通しているのか、狙われた生徒は能力、あるいは技能的に状況に対応できない生徒ばかり。


「鏡先生がいない時に限って、こんな……」

「ああ、そういえばそうですね。七は、鏡先生は、実家に急用がお有りだそうですから」


 かつて世界を救った七人の英雄。

 その一人であり、様々な理由からカウンセラーとして我が校に赴任した青年、鏡七かがみなな

 現場に血痕や体液、水に関わるナニカが残っていればそれだけで犯人の追跡をやってのけてくれるだろうが……残念ながら、彼が有休をとっている以上、この上なく無い物ねだりだ。


「逃げ足が速すぎる女の敵って、やっかいなのね」

「一刻も早く、どうにかしないと、ですね。犯行がエスカレートしてしまう前に」

「ええ、そうですね」


 とはいえ。

 逃げ足が速く、鼻が利く。

 異能者を襲えるということは、異能者か魔導術師であることは疑えない。

 なら、国が事件として動くのは、対異能犯罪科が出勤せざるを得ないような事件になってからでないと、特専内部での対応を求められることだろう。ここは“そういう”場所だ。


 と、なると。


「囮、ですかね。私が――」

「だめです!」


 できれば良かったんだけど、童顔でもない上に女子高生の制服とか死んじゃう。

 そう続けようとした私を、陸奥先生が声を上げて阻止する。


「先生がやるぐらいなら、僕がやります!」

「え、あ、うん、私では制服が似合わないから――」

「似合います」

「へ?」

「観司先生は、び、美人なんです! 犯人にそんな美味しそうな餌を提供する気はありません! ぜっっったいだめです!!」


 職員室で叫んだためか、視線が一斉に集まる。

 というか、あれ、なにこれ。しぬほどはずかしい……。


「お、お世辞でも嬉しいです、ですが、その、恥ずかしいのでその」

「へ? ……え? ぁ、わ、わぁっ、ご、ごめんなさい!」

「い、いえ」


 おいおいおい、なんだこれ。え? なにこれ? なんで急にストロベリー?

 在学時代は地味に生きてきた。卒業して就職してからは、獅堂たちとばっかり絡んでいた。だからだろうか。こうして面とむかって褒められるということにまっっったく慣れていない。


「こほん……そ、それで、陸奥先生が囮に、というのは?」

「あ、は、はい……えっと、僕の能力で僕に幻覚を被せます」

「能力……なるほど、“幻視ファントムコート”ですか」


 幻覚を見せて視界や感覚を錯覚させる異能。

 陸奥先生の“幻視ファントムコート”を用いれば、なるほど確かに囮としては最適であろう。


「なら、犯人の好みを特定しましょう。陸奥先生も、手伝ってくださいね?」

「はい!」


 やっぱり、さっきのは場を和ませようとしてくれたのだろうか。

 どうしても紅くなってしまう頬を誤魔化しながら告げると、陸奥先生はやっぱり好青年、といった様子で、元気よく頷いてくれた。


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