えぴろーぐ
――エピローグ――
それから。
改めて私たちが通されたのは、これまでの雰囲気とは打って変わって和風の部屋だった。これが白亜の城の中央である“玉座の間”というのだから、驚きだ。
檜の机と掘りごたつを挟んで向かいに座るのは、白い髪につぎはぎだらけの顔とよれよれの白衣を着た男性、かの“狂気の科学者”、有栖川昭久博士だ。
私たちはその向かい。右から私、有栖川さん、鈴理さんとその膝上のポチ、夢さんの順番だ。まだ紹介を受けていないアリュシカさんのお母様は、やはりメイド服姿で給仕をして下さっている。
「今回はすまなかったね」
「いえ、可能であれば“温泉”とお相子にして下さると、助かります」
「はっはっはっ、その程度であればもちろん。君の秘密も、口外はしないよ」
「ありがとうございます」
まぁ、元はといえば、急なお願いをしたのはこちら側だ。
色々あったとはいえ、アリュシカさんの因縁も晴らすことができた。で、あるならば今日の出来事は全て、“幸運にも”ということで締めくくろう。
「皆様、ご歓談の最中に失礼致します。甘味を持って参りましたので、どうぞお召し上がり下さい」
「やった! ぁ、ご、ごめんなさい?」
「ふふ、良いのですよ、笠宮様。さ、どうぞ」
そうアリュシカさんのお母様は嫋やかに微笑むと、みんなの前に羊羹とお茶を置く。あ、良い香り。京都鏡茶の一級品かな。
「それでは改めまして。紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私は“ベネディクト・有栖川・エンフォミア”。昭久様の妻であり、アリュシカの母にございます。どうぞ、お見知り置きをよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。関東特専教員の、観司未知です。よろしくお願いいたします」
いやぁ、こんな美人に丁寧に挨拶されると、さすがに緊張しちゃうなぁ。
けれどもちろんそんなことはおくびにも出さずに、礼を返す。うん、アリュシカさんのご家族が優しそうな方たちで、良かった。
(和風美人と洋風美人の歓談よ、鈴理)
(うぅ、夢ちゃんの暴走は今に始まったことじゃないけれど、気持ちはわかるかも)
(ふ、二人とも、ミチとお母様に聞こえるよ?)
(あれ? いつの間に呼び捨てになったの? リュシーちゃん)
(えっ、いや、ほら、友達だから、ほら、ね?)
(怪しいわね、リュシー。洗いざらい白状して貰うわよ!)
(だだだだ、だから、そんな怪しい関係じゃないって、ね?)
聞こえているからね? まったく、もう。
ベネディクトさんに“うちの子がごめんなさい”と小声で言うと、彼女も“いいえ、元気な様子が心地よいです”と優しく微笑んで下さった。うぅ、本当にごめんなさい。
「む? もう仲良くなったのか。けっこうけっこう。ではこの勢いでお渡ししよう」
「は、はい?」
博士はそういうと、飴でも出すように気軽に、机の上にぽんっとタブレットを置いた。
「失礼ですが、これは?」
「ご所望のものさ。名付けて“七魔王トレーダー”。起動時に拠点設定を自動で行うようになっているから、関東の特専に到着したら起動すると良い」
「ぁ――ありがとうございます、博士」
「いやなに、このくらいはたいしたことではないさ。碓氷の当主とは親交があってね、“魔鎧王ゼノ”のデータを譲って貰ったから、簡単だったよ」
魔鎧王……ああ、夢さんの結婚騒動の時、鎧武者に取り付いた悪魔か。なるほど。あれ? というか、今回の騒動ってひょっとして、碓氷当主から情報漏れした?
気になって夢さんを見ると、夢さんは額に青筋を立てて笑っていた。うん、見なかったことにしよう。
「これからは、世界は変革の時を迎えることだろう。だからどうか、我が愛娘のことを頼みたい。観司教諭、どうか、娘をよろしくお願いします」
真摯に頭を下げる博士。
私はそんな博士に、やはり真摯に頭を下げる。
「全力を尽くして、娘さんを御守りします、博士」
「――ああ、ありがとう。君になら任せられると、僕もそう思うよ」
そう微笑む博士の顔は、これまで見たどんな表情よりも優しげで。
私は、私たちは顔を赤くして俯くアリュシカさんの頭を、そっと優しく撫でた。
守って見せよう。
この笑顔、この幸福を、必ず。
この一瞬の尊さを、胸に刻みつけて、私はそう己に誓いを立てた。
――To Be Continued――
2017/04/03
誤字修正しました。




