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そのご

――5――




 やっとのことで有栖川さん――改め、アリュシカさんのお父さんに認めて貰い、どうにかこうにか誤解を解き、和解し、ついでに私の尊厳も守れた、と、思ったのに。

 目の前には、妄念の塊が動かす巨大ロボット。その恐ろしい顔に、アリュシカさんは震えていた。


「博士! 制御は奪えませんか!?」

『だめだね。制御回路は頭部と胸部に二つ。両方とも壊れているから、本来なら動くことはない』

「妄念が妖力のみで動かしている、ということね……ポチ、三人を任せたわよ」

『ワンッ!』


 どうする?

 どうすればいい?


 手段は、一つしかないの?

 アリュシカさんのためならば、社会的地位を失うことになろうとも力を振るうべきだろう。

 でも、あと一歩の踏ん切りが付かない弱い自分が恨めしい!


「おとうさん、だ」

「え?」

「おとうさんとおかあさんは、道具にするために私を作って、偶然発現した異能が欲しくなって、私の左目を奪って捨てた、のに、なんで、今更、こんなっ!!」


 短い、叫ぶような声。

 その最中に込められた、理不尽に対する悲しみ。


『――リュシーは、犯罪組織の人間によって産み出された。異能が発現できればよし、できなければ“別の用途”に使うために。だが彼女のXY染色体の提供者が、未来を見通す目に執着し、奪って、捨てた。だが、異能は魂に準ずる。彼女のために私が開発したクローン技術で左目を移植すると、そこに天眼が宿ったのだよ。……捨てさせて、やりたかったがね』

「そん、な。ひどいよ、そんなの!」


 鈴理さんが叫び、夢さんが唇を噛む。

 鈴理さんはアリュシカさんの事情を、我がことのように受け止めているのだろう。

 彼女もまた、肉親によって運命を狂わされた過去を持つから。


 しかし、そうか……なるほど。

 ただの眼球を持ち帰り、けれど博士に保護されたアリュシカさんは見つからず、か。


『……魂まで滅ぼしておくべきだったか』

「なにかおっしゃいましたか? 博士」

『いいや? なんでもないさ』


 ええっと、男の末路は博士の小声で想像できた。

 みんなには聞こえてないよね? あ、鈴理さんの顔が引きつってる。


『ごちゃごちゃとううううるうぅさあああぃいいいいい』

「【速攻術式セット弾丸ブレット術式設定ワードセット圧縮プレス短縮詠唱スペルカット十二トゥエルブ展開イグニッション】――あなたはもう、黙りなさい!」


 超圧縮の弾丸が、ロボットの左膝を吹き飛ばす。

 たったそれだけでロボットはその巨体を支えきれず、大きな音を立てて倒れ伏した。


『ぐがああああああああああ?!』


 さて、と。

 動揺と恐怖で震えるアリュシカさんに、そっと近づく。さっきまではあんなに幸福そうにしていたのに、今は鈴理さんと夢さんに支えられなければ立っていられないほどに、弱々しく見えた。


「アリュシカさん」

「いや、いやだっ、もう失いたくない! わた、私、私は、もう!」

「奪わせません。傷つかせません」


 アリュシカさんの頭を抱きしめる。

 すると、体の震えが弱くなったようで、こちらを認識できることに少しだけ安心した。


「だから、大丈夫、アリュシカさん。私が、私たちが、一緒に居ますよ」

「ぁ――一緒に、居てくれる、の?」

「ええ、もちろん。あなたが望む限り、ね?」

「約、束?」

「約束」


 スーツが、涙で濡れる。

 その温かい雫を受け止めて、少しだけ強く抱きしめた。


『うぐぎゃぎゅいいいいいいぁあああああ!!』

「空気の読めない……!」

「っ師匠! 時間稼ぎはわたしと夢ちゃんがやります! ポチっ」

『うむ、ボスよ、先に行くぞ』

「リュシーのこと、よろしくお願いします! 未知先生!」

「ええ、ありがとう」


 立ち上がる妄念。

 足は? 機械が埋まっている。周りから黒い靄に取り付かれて集まった小型ロボが、周囲の扉をこじ開けて出てきて、合体をしているようだった。

 面倒な……。まずはあれらをどうにかしないと、直ぐに再生されるということか。


「約束、そう、約束だからね」


 魔導術師としての私の力だけでは、きっと足りない。


「ミチ、先生?」

「約束したでしょう? アリュシカさん。呼んで、ピンチになったら助けてくれる、ひとの名を」

「――え?」


 そうしたら、私も覚悟を決めよう。




――「では」




 そう、アリュシカさんと見つめ合っていた時。

 不意に、ホールに声が響いた。美しい、小鳥のさえずるような声だ。




――「詳細は存じませんが、その“お約束”の間、露祓いはお任せ下さい」




 刹那。

 黄金の閃光がホールの中を駆け巡る。鋭い音と斬撃音を余すことなく響かせて、閃光は小型ロボットを刻んでいった。


「ふぅ、まったく。説明は後ほど、旦那様の口から聞かせていただきます。さ、リュシー。果たす物があるのなら、果たしなさい」


 波打つ黄金の髪。

 澄んだサファイアの瞳。

 白磁のように白く穢れない肌。

 均整の取れた芸術品のような身体。

 息を呑むほど美しい、整った顔立ちの美女が、装飾された長剣を手に佇んでいた。


「め、メイド服の美人さん? も、もちろん、私的には未知先生の方が――な、なんでもないわよ? 鈴理」

「ぁ、お母様――?」

「もう、夢ちゃんってば……って、え? おかあさま?」


 おお、あの人が博士の?

 えっ、そ、そうなんだ。すごいなぁ、博士。どうやってこんな美人さんを?

 でもこれで、憂いはない。露祓いしてくれるなら“自爆フラグ”立てなくてもなんとかなったのではないかとか、そんなことはない。

 ……実際問題、“妄念”を浄化するためには、必要だし。


「……けて」


 妄念に、母が襲われるという恐怖か。

 アリュシカさんは、“約束”を思い出したようだ。


 唇を震わせて。

 目に涙を溜めて。

 それでも、光を掴むように。


「助けて! 魔法少女!!」


 声を、響かせた。


「――うん。でも、造形に期待はしないでね? 来たれ【瑠璃の花冠】」


 さあ、行きますか。

 まさかのアリュシカさんだけではなく、ご両親にも発覚するこの状況。

 胸の痛みに蓋をして。恥辱に悶える心を封印して。今日もステッキに魂を売ろう。


「ミチ先生? え? ステッキ? いったいどこから……?」

「もちろん、夢と希望から少女力でぶっこ抜きました」

「ぶっこ……へ?」


 ステッキを天に掲げ。

 色々な意味で歯を食いしばりながら唱えるのは、いつもの詠唱。


「【マジカル・トランス・ファクトォォォォッ】!!」


 そして、瑠璃色の光に包まれる。


「はへ? あれ? え? ミチ先生?」


 聞こえない。

 アリュシカさんの困惑する声なんて聞こえない。

 ええ、ええ、聞こえませんとも!





――踏み出す足は、女児用スニーカー。

「悪しき闇、暗き魔を纏う邪なる者よ」

――振り上げる手はぴちぴち手袋。二の腕の振り袖? 知らんな。

「私利私欲で少女の希望を奪おうとする、闇の使者よ」

――風に靡く膝上二十センチのスカートは、可愛いレース仕様で。

「乙女の願いがある限り、少女との約束がある限り、正義の光は途絶えない」

――突き出す胸は形がハッキリわかるほどぱつんぱつんで、リボンが空しい。

「この魔法少女、ミラクル☆ラピが、ずきゅんっと悪をやっつけちゃうんだから!」





 うわあああああああ、ずきゅんってなんだぁあああああっ!!

 叫びだしたい気持ちを、きっと死んだ魚のようになっている瞳の奥に封じ込める。ふふふ、ツインテールが今日もゆらめく。なお、上からコートを着ると消し飛びます。しね。


『おお、ファンタスティック』

「旦那様? 淑女をまじまじと見るものではありませんよ?」

『モ、モニター越しなのだがね?』

「言い訳無用」

『うぐっ……何故ばれたのだろう?』


 なによ、毎日綺麗な奥さん見ているのでしょう?

 じゃあ私のことなんか見なくても良いじゃない!!


「み、ミチ先生がミラクルに? えっ、まさかこれまでのむちむちビジョンって」

「リュシー、それ以上は、いけないわ」


 む、むちむちビジョン。ふ、ふふふ、終わった。優しくて素敵な先生ライフも今日で終わり。むちむ痴女の誕生ね。あは、あはは、あはははははははは。


「せ、先生」

「失望、させちゃったかな?」

「びっくりはしました。その、頑張って、ミチ先生の趣味、理解します!」

「趣味じゃないからね?!」

「えっ、あ、ぁあっ、そうですよね?!」


 うぁあああ。なんでこんな、羞恥プレイしなきゃいけないの?

 ヤミラピになる? だめだ。あの子は私を苦しめることしか考えていない。この場で親子丼とか言われたら私、死んじゃう。


「み、みちゃいやですよ?」

「恥じらう未知先生って良いよね、リュシー」

「ゆ・め・ちゃ・ん?」

「はいなんでもないです」


 夢さんの将来が、私は心配です。

 けれど夢さんの言葉のおかげで、アリュシカさんは落ち着きを取り戻してくれたようだ。


「ミチ先生。いえ、ラピ!」

「アリュシカさん?」

「約束、守ってくれてありがとう! 夢の中の、私の、友達。あなたにまた会えて、私は嬉しい。だから、その」


 顔を赤くして。

 でも、しっかりと私を見つめて。

 ……私の姿を直視して、少しだけ目を泳がせて。


「頑張って! ミラクル☆ラピ!!」

「――うん☆ 悪者退治は、ラピにお任せ♡だよ♪」


 それでも、目を合わせて言ってくれたアリュシカさんの言葉に頷く。

 彼女との約束は、必ず果たす。同時に私をこんな目に遭わせてくれた罪は、あなたに償わせましょう! 妄念の機械よ!!


『おぉおおおぁあああちぃいいいいいじょぉおおぉおぁあああああああ!!!』

「さりげなく痴女って言ったよね? もう、許さないんだから! ぷんぷん!!」

『……ぉおおぉぉぉ』

「目に見えてテンション落とすのやめてくれる!?」


 あっっったまきたッ!!

 魔法少女を舐めたひとは、全員地獄に落ちるって相場が決まっているのだと、その魂に刻み込んであげましょう!

 もちろん私も、羞恥心地獄に落ちますけれどなにか?!


「【祈願セット現想フォーム浄化兵装セイクリッド・ステッキ成就イグニッション】!!」


 瑠璃色のステッキが、銀色の光を帯びる。

 ステッキそのものに強化を施す強化の魔法。その魔法を確実に当てるために、くるっと回ってぱちんっとウィンクの少女力の高いポーズで、少女力チャージ。

 爆発的に高まっていく己の力に溺れないように、意識修正。我、羞恥心の枷を持つ者なり!


「いっくよーっ☆」

『がああああああああああああ』


 叫び声をあげながら、拳を振り下ろす妄念ロボ。その手に空中三ひねりで飛び上がって着地すると、頭に向かってお姫様スキップ。


『うああああああああくるぅぅなぁああああああああ!?』

「きゃるーん☆」


 振り払おうとする妄念ロボだが、少女力のためにステッキに魂を売った私にとって、その程度の動きはなんてことはない。まるで腕に張り付いているかのごとく、ぶれることなくスキップをする私に、妄念は顔を引きつらせた。

 その顔色は、まさしく恐怖。って、なんでよ!


「おまたせっ」

『ひいいいいいいいぁあああああああ』

「もうっ☆ そんなことじゃ、女の子にモテないぞっ♡」


 言いながら、スカートをつまんでカテーシー。このポーズは今やるとパンツが全解放となる代償に、少女力が跳ね上がる。どうせ妄念ロボの肩口は位置が高すぎて、私の痴女ポーズは、みんなには見えてない!

 見えてない、よね? 見えてたら私、だめになっちゃうよ?


「お願い、ステッキさん!!」

『ひぇぇえええええええええええぁあああ――』


 振り上げるステッキに集うのは、極限まで上げた少女力。

 最初の詠唱から研ぎ澄まされた魔法は、磨き抜かれすぎてステッキ周辺の空間が歪んで見える。

 私は恐怖に顔を引きつらせる妄念に、ぱちんっとウィンクをすると、その手を、思い切り振り下ろした。


――キィィィィィィンッ

「一刀両断。どっかーっん!!」

――ザグンッ!!

『――ぁああああああああああああああああああッ!?!?!!』


 妄念と顔にステッキが突き刺さる。

 だが当然、それだけでは勢いは収まらない。渦巻く力は妄念を根っこから全部消滅浄化させると、そのままロボットの身体を真っ二つに切り裂いて、おまけにホールを縦に両断した。それでもなお勢いは収まらず、地下にまで届いたのか、吹き出す水。というか温泉。

 あれもしかして、やっちゃった? て、てへ?


「悪は滅びて少女は笑う。乙女の可憐な快進劇、ここに一件落着幕引き、だよ☆」


 うん、まぁ、ほら!

 なんとかなる? よね!


 瑠璃色の爆発と共に小型ロボットについていた靄も全て浄化される。

 とたんに静まりかえるホールの中、私はゆっくりと、アリュシカさんの前に降り立った。


「約束、守ったよ」

「はい――はいっ、ありがとうっ、ラピ!!」


 涙を流すアリュシカさんを、そっと受け止める。

 すると、目が合ったアリュシカさんのお母様が、優しく微笑んで頷いて下さった。

 まぁ、うん、恥ずかしいけど今回は、忘れて差し上げますよ。もう。





2016/10/31

誤表現修正しました。

2024/02/01

誤字修正しました。

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