そのよん
――4――
爆音。
轟音。
震動。
音が建物を震わせて、熱が壁を焼き、爆風がドレスの裾を煽る。
お父様が用意したというロボットは、ミチ先生たちを大剣とミサイルで攻撃しながらも、完璧に調整された制御機構が私には一切の攻撃を加えない。本当に、ミチ先生を試すためだけに用意されたロボットなのだろう。
私のお父様ながら、はた迷惑な話だ。
「スズリ、ユメ! 大丈夫か?!」
小さく体を動かしながらすいすいと避けているミチ先生はともかく、爆風で姿を捉えることができない二人が心配だった。
「大丈夫っ! 師匠ひとりに照準が集中、ポチジャンプ! してて、ひゃっ、こっちには余波だけ! おまけ扱いみたい!」
爆風の中から飛び出したのは、大きくなったポチに跨がったスズリの姿だった。
平面結界を周囲に展開させながら、ミサイルを弾いたり、爆風をいなしたり、跳ね返したりとしている。
攻撃と防御と反撃をスズリが一手に持ち、回避と移動をポチが受け持つコンビネーションプレイ。スズリの言う“人狼一体”だ。
「夢ちゃんは! 【重力制御】! 独自に潜伏っ、あわわ、してるから、大丈夫!」
スズリはそう、爆風の上に乗るように跳ね上がり、巨大ロボの頭上に現れる。
そして、ポチが口から吐き出した風の塊で、円錐状の頭部を無理矢理傾かせた。瞬間、ロボットの肩が破裂し、大剣ごと右腕が落ちる。
「これで剣は封印しました」
手を向けているのは、ミチ先生だ。なにをどうやったのか、ステップのみでミサイルを避けながら、魔導術の詠唱を重ねていたようだ。
その凜々しい横顔に、どうしても、お父様の言い分を思い出してしまう。
“そう簡単に、嫁に貰えると思うな”。
よめ、嫁?
私が、ミチ先生の嫁? なんで?
だが、お父様はそう勘違いしている。どこに勘違いされるような要素があったと言うのだろうか? ミチ先生は、私にとって、どんな人?
ミチ先生は。
お父様とお母様以外で、最初に、私との約束を守ってくれた人。
あの日、魚人に追い詰められた時、必ず帰ってくると笑ってくれた先生。運命は覆る、覆すことができるのだと、力強い瞳で語ってくれた、ミチ先生。
「あ、あれ? 何故、私は――」
――ミチ先生の事を想っても不思議じゃない、“理由探し”をしているのだろう?
勘違いだったらそれで良いじゃないか。お父様が落ち着いたら、誤解を解けば良い。でも、私は、この戦いに、ミチ先生に勝って欲しいと思っている。
それは。
その、理由は?
「有栖川さん」
「っ、ミチ、先生?」
「心配しないで。誰かが傷つくような結果にはしません。“約束”、しましょう」
私の顔が曇っていたからだろう。
ミチ先生は私にそう告げて、優しく頭を撫でてくれた。微笑んで、“約束”、してくれた。
「ミチ、先生」
恋とは、なんだろう?
恋とは甘さと苦さを合わせたような物だと、聞いたことがある。なら、私のこの気持ちは、恋ではないのかも知れない。愛、というのならば、親愛か、友愛か。恋愛でなくとも、愛おしく思う気持ちは多くある。
なら、誰か、どうか教えてくれないだろうか。
このひとと、一緒にいたい。
たったこれだけの感情を、なんと名付ければ良いのか。
「私も、みんなみたいに、名前で呼ばれたいと言うのは……我が儘、でしょうか?」
「? ――いいえ、アリュシカさん。そこで、待っていて下さい」
ああ、胸が、火を灯したように熱くなる。
どくん、どくん、どくん、と、脈打つのが解る。
「そうか、おまえも喜んでくれるのか。“天眼”」
熱を持つ左目。
飢えていた物に、“本当の意味で”触れることができたとき、私の“共存者”は歓喜の声をあげる。
一度目はお父様とお母様。二度目はスズリとユメ。三度目が、ミチ先生の言葉。
「どうか、勝って下さい、私の、大切なひとたち」
祈るように跪く。
すると、熱を宿していた左目が、嘘のように軽くなった。
「――導け、【啓読の天眼】」
未来を垣間見よう。
幸福な未来の欠片を。
――反転する左の視界。
――“今”に重なり合って見える未来の光景。
――今までよりも鮮明に。これまでよりも克明に。
「我が前に、導きを示せ!!」
――ただ、覆すべき運命を。
――ただ、我が眼前に跪かせろ!!
この手に。
掴む、ために。
「スズリ!」
――ノイズ。
――ロボの単眼からレーザー。
――跳ねるスズリの腹に突き刺さる。
――覆せ。
「単眼からレーザー、不意を打たれるぞ!」
「ふぇっ? ッ【反発】」
ぴょんぴょんと跳ね回っていたスズリが、私の言葉に身を翻して盾を構える。すると、単眼から煌めいた閃光が、盾に当たって跳ね返った。
「ミチ先生」
――ノイズ。
――ロボの胸部装甲が開く。ミサイルを発射。
――ミチ先生の迎撃の弾丸。けれど、ミサイルは分裂。ミチ先生が負傷。
――呑み込め。
「ミサイルの種類が変わります! 散弾です!」
「ええ、わかったわ。【速攻術式・氷結弾・展開】」
ミチ先生が発射した弾丸がミサイルに当たると、ミサイルは爆発せずに氷結して、勢いを失い、墜落して砕けた。
「ユメ!」
――ロボが結界を張る。
――降ってきたユメの攻撃が結界に阻まれる。
――隙だらけのユメを襲うのは、単眼のレーザーだ。
――打ち崩せ!
「今考えているタイミングだと外れる! それより十秒遅くしてくれ!」
返事はない。
けれど、ユメのことを信頼している。きっと、届いたはずだ。現に今、ぼろぼろになったロボットが結界を張った。本来の運命ならば、この結界はロボットの起死回生の一手となったことだろう。
だが、その運命はもう、私に跪いた――!
「“干渉制御”――【結界干渉】!」
スズリの異能が、ロボットの結界を砕く。
「【速攻術式・氷結弾・展開】」
ミチ先生の弾丸が、胸部ミサイルの発射機構を凍らせる。
「【起動術式・忍法】」
そして。
ロボットの死角。
頭部の斜め後の、壁。
潜んでいたユメが、その体に巻物を巻き付け、その手に短いカタナのようなものを持って。
「【絶氷舞踏・展開】」
――ズザンッ!!
加速。
斬撃。
爆発的な速さで飛び込んだ彼女は、うなじからロボットの首を切り落とした。
「忍っ、てね」
軽やかに着地したユメは、そう不敵に笑う。
同時に、制御を失ったロボットが、崩れるように地に伏せた。
「リュシー、声、届いたよ!」
「リュシーちゃん、ありがとうっ」
「助かりました、アリュシカさん。でも、フィードバックは大丈夫ですか?」
心配そうにしてくれている。
私が好きなひとたちが、ずっと一緒に居たい、大切な人たちが気に掛けてくれる。不謹慎ながら、そんなことに喜んでいる自分に苦笑する。私はなんて現金で、単純な女なのだろうか、なんて。
「はい。初めてなんだ、こんなに、天眼の使用が軽いなんて」
『それは――力を、受け入れたからだろう』
「っ」
響いてきた声。
お父様の、落ち着いたときの声。
『参ったな、こんなものを見せられたら、認めるしかないじゃないか』
その声の優しさに、私は思わず息を呑む。
『観司教諭、笠宮鈴理君、碓氷夢君』
「はい」
「は、はいっ」
「はい!」
『娘を、どうかよろしく頼むよ』
お父様……っ。
震える私の手を、スズリはそっと握ってくれた。
感極まる私の肩を、ユメはぽんっと叩いてくれた。
涙を滲ます私の目尻を、ミチ先生はそっと、拭ってくれた。
嬉しい。
「お任せ下さい。彼女は大切な生徒――」
「任せて下さいっ! リュシーちゃんはわたしたちが守ります!」
「リュシーのことは任せて下さい、義父さん!」
「――あの、大事なところに被せないでね? ああ、誤解が広がる……っ」
認められるということが、こんなに嬉しいことだったなんて知らなかった。
こんなに、心が暖かくなることだなんて、私は知らなかったんだ。
『くぅぅっ! なんて素晴らしいひととき! よぉしわかった! 玉座の間に案内しよう、扉を抜けたまえ!』
「あの、お父様? 扉を開けてくれないと、いけないよ?」
『え? 開いてない?』
あ、あれ?
固く閉ざされたままの扉。
どう見ても、開く気配はない。
『おぉおお、おおおおぉ、おおお』
重い声。
響くような重圧。
『未来を、未来を寄越せ、おおぉおぉ』
私は、この声を、知っている。
「なん、で」
「アリュシカさん?」
『ボス、気をつけろ。妄念の主が機械の残骸に取り付いたぞ!』
なんで、今更になって、私の幸福まで奪おうとするの?
『そこか、ぁああぁ、そこに、いるのか、おぉぁああああああああああぁッ!!!!』
ロボットが立ち上がる。
失ったはずの頭部に、巨大な、黒い靄でできた人間の顔を貼り付けて。
『みぃつうううけぇええたぁああおぉあああああ!!!!』
そんな。
だって。
あれ、は。
――『そうだ、その目だ』
――『未来を見ろ。幸福を導け』
――『地位も、名誉も、金も、なにもかも』
――『貴様は俺に全てを差し出すために生まれてきた、ただの道具だ』
――『もう、いい。貴様の目を、寄越せッ!!』
“おとうさん”が、にたりと笑った。




