そのさん
――3――
正面玄関から直通で私の部屋に来る方法は、お父様が許可して通路を開く必要がある。お父様が許可をしたとは思えないし、そうなると、別の通路? 裏口にも通路はあるけれど、誰かに話した覚えはない。
いつだったか何故か全員で悪夢に囚われた時に、夢の中で魔法少女に助けられて話した気がするけれど……あれは、カガミ先生が異能で誘導してくれた際に生じたもの、ということだったようだし、ううん?
「無事でしたか、有栖川さん」
「リュシー! 良かった。ところで鈴理、あんたなにやってるの?」
「えへへ?」
と、そうだ。
慌ててスズリに駆け寄り手を貸す。怪我は、ないか。良かった。
「いつものビシッとした服も格好良いけれど、なんだか今日は可愛いね、リュシーちゃん」
「か、かわいい? 私なんかよりも、スズリの方がずっと――」
「鈴理、あんた真っ当な感性あったのね……。リュシー、ドレス姿、綺麗じゃない」
「――ユ、ユメまで。うぅ」
からかいすぎだよ、まったく。
赤くなった頬を隠すように俯くと、下げた頭を撫でられる。驚きながら見上げると、優しい笑みを浮かべたミチ先生の、姿があった。まるであの夢の中で、私を助けてくれた、“――――”のような笑み。
「さて。問題は、有栖川博士にどうやって穏便にお会いするか、ね」
「師匠……。そういえばそうですよね。頼み事があるんでしたよね」
そ、そうだ。
私を助けに来てくれたのは嬉しいけれど、きっとこれはお父様にとって想定外のこと。お父様を喜ばせるためには、謎解きをするのが良いのだけれど、強要するには罪悪感が募る。
「お父様はきっと、試練のつもりなんだ。私の友達でいることに対する、試練。だ、だから」
「リュシー」
だから、私の友達でなくなれば、きっとすんなり通してくれる。そう告げようとした私に被せるように、鋭く、ユメが私の名を呼んだ。
「それ以上言ったら、怒るよ」
「っ」
「怒って口を利いてあげない。でも、友達はやめない」
「そんな風に言われたら、言えないよ、ユメ」
友達でなくなるのではなく。
友達のまま、そっぽを向かれるのか。ははっ……うん、それは、辛い。
「先生」
「師匠!」
『わんっ!』
ユメが、スズリが、ポチがミチ先生を見る。
「ええ。有栖川さん、お父様のところへ、案内をしてくださいますか?」
お父様のところへ。
つまり、お父様を満足させられるようなところ。
流石に、数々のトラップは、お父様がノリで仕掛けてしまったような物であろうし、せめて最後の関門だけ、直通で。
「任せて下さい」
大ホールへ。
全員で、乗り込もう!
――/――
裏道を通って抜けた先。
有栖川さんを救出して、私たちは博士の下へ向かっていた。
先導は有栖川さん。その後に鈴理さんと夢さんがついて、殿は私とポチだ。
「不安定、かな」
思わずそう呟いてしまい、口元を抑える。だが、幸いなことに、誰も気がついてはいなかった。
先頭を歩く有栖川さんは楽しげだ。だが先ほどまでは瞳の奥に不安を隠しきれない様子であったし、どこか根底が揺らいでいるような気もする。あの、人の機微にビックリするほど聡い鈴理さんが有栖川さんにぴったりと寄り添っているのは、それが原因なのだろう。 普段の有栖川さんは、少し天然なところもあるが、落ち着いた少女だ。だが同時に、心に住み着いた深い傷を、穏やかな笑顔の下に隠しているような、そんな気もする。
いつだったか。
あの“悪夢”の中で、有栖川さんが言っていた言葉。
“多くを望むと、捨てられる”。
おとうさんとおかあさん。お父様とお母様。
その呼び名の違いに、気がつけない状況ではなかった。
「ポチ、気がついたことがあったら教えて」
『心得た。今漂っているような気配が近づくようであったら、教えよう』
「ええ――えっ、待って。今、漂っている気配?」
んんん?
腕の中でうとうととしているポチを、揺すって起こす。
『おお、豊かな枕がぽよんと』
「落とそうか?」
『うむ、気配のことだったな?』
まったくもこのぐーたら犬は……!
そう思いつつも、ポチは直ぐに力強く頷いてくれた。できるのなら、最初からそうやって欲しい物だけれど。もう!
『妙な気配だ。悪魔ではない。嫌な気配だから天使モドキかとも思ったが、違う』
「妖魔、ということ?」
『近い。だが、これは言うなれば生き霊か、妄念の類いだ』
それなら、大した力は持っていないだろう。
だが、何が起こるか解らないような要素が増えたということだけは、十二分に配慮しておく必要があるのは、間違いない。
『いざとなれば』
「わかっているわ、ポチ。――いざ、なんていう事態は起こさせない。全力で、ね」
『うむ――何も言うまい』
ちょっとポチ?
それ、どういう意味かな?
大ホール。
ダンスパーティなんかも行えそうな大きな部屋にたどり着く。もっとも、順当に正面玄関から向かった扉ではなく、通路用の小さな扉から部屋に入る形となってしまったが、それはまぁ仕方ないだろう。
『ううむ、予想とは違うパターンだがそれもよし! 予想通りに全て事が運ぶことほど退屈なことなどないからね』
響いてきた声に、不機嫌さはない。ひとまずそれには安心だ。けれど、どこか楽しげな声色に嫌な予感もする。こう、ノリと勢いで大事を起こしてしまうような、そんな人間特有の感じが、その声にはあった。
「お父様……お願いだから、無茶はしないでくれ……」
「大丈夫だよ、リュシーちゃん! 今日はリュシーちゃんはお姫様役!」
「そして、お姫様なリュシーを守る私たちは、騎士様ってワケ。安心して守られてなさい」
「ユメ、スズリ……ありが、とう」
胸を張る鈴理さん。
ウィンクをする夢さん。
感極まって、はにかむ有栖川さん。
そして。
『すばらしい! 美しい友情だ。胸躍る友愛だ! リュシーの父として心の底から君たちのような存在を嬉しく思うよ! けれど』
響く声。
『今回の僕の役目は、魔王でね。愛するものを引き裂こう。痛みに嘆く姿を笑おう。苦しみに藻掻く姿を尊ぼう。その全ての行き着く先に、魔王としての僕の愛がある。リュシー、おお、愛しい愛しい僕の娘よ。君が傷つく可能性のある全てを排除して、優しい城に囲い込もう!!』
狂気だ。
だが愛でもある。
正しくソレは、“狂愛”であるのだろう。
有栖川昭久。
学会を追放された狂気の科学者。“アルティメット・ワン”の開発を推し進め、違法研究ギリギリの領域に足を踏み込み、“クローン技術”を確立し、そのノウハウを世に流すことなく隠居した科学者。
“現代のフランケンシュタイン博士”の異名を持つその意味は、つぎはぎだらけの顔立ちから揶揄されたものだけではない。
『さぁ、立ち向かって絶望せよ! 諦観の海に溺れて沈め! 失意に囚われて落ちてゆけ! 我が愛しい娘を誑かす悪食の狼共よ! 騎士を名乗る正義の味方よ! ここに、僕は一夜限りの魔王として宣言しようではないか!!』
狂気の声に、歯を食いしばる。
鈴理さんも夢さんもポチも、私も、有栖川さんも、歯を食いしばって立っている。
なら、有栖川さんを想う父親としての、博士の信念を受け止めよう。
『娘を、我が愛しのリュシーを、そう簡単に嫁に貰えると思うなッ!!』
ならば、私たちは、その試練を乗り越え――あ、あれ?
「おおおおお、お父様?! 嫁ってなにさ!!」
『情報は集めているのだよ、愛しのリュシーよ。君の恋人の教員は、あろうことか生徒たちでハーレムを築こうとしているというではないか!! おおかた、リュシーは可憐だから欲しくなったのだろう?! リュシーが望むならそれもいい。だが! 相応しいかどうかは確かめさせて貰うぞッ!!』
いやいやいや! ちょっと待って? どこの情報!?
これはまずい。ぜったいまずい。怒らせてしまっていることもまずいけれど、下手をすれば私の教員人生はここで幕を閉じる。さようなら先生、こんにちはハーレム主……って、それはなんとしてでも避けなければっ!!
「ま、待って下さい博士。有栖川さんのお父様、私は教師として――」
『まだ貴様に、父と呼ばれる筋合いはない! 出でよ、我が試練の機神よッ!!』
大ホールの天井が割れ、ゴゴゴと大きな音が鳴る。
困惑する私たちの前に降り立とうとするのは、巨大な銀色の影。
鋼鉄の四肢。
円錐状の頭部。
装甲に覆われた胸部。
背負っているのは、機械式の大剣。
『異界より採取したデータでその身を再現させた、究極の戦闘兵器! 古代防衛機構型試練機神――“サイコロプスMarkⅡ”よ! 叩き潰せッ!!』
ブゥンと音がして、その単眼に緑の光が灯る。
ええいもう! こんな事態は流石に、想定していないわよ!?
2024/02/01
誤字修正しました。




