そのに
――2――
己のホームと言える場所で、落とし穴に落ちて消えていった有栖川さん。
慌てて駆け寄ったときにはもう、穴は消えていた。
「【速攻術式。窮理展開陣・展開】」
「師匠、どうですか?」
「芳しくはないわね」
これが、異能科学……!
まさか解析魔導の一切が弾かれるとは思わなかった。けれど、どうしよう。仕掛けたのが有栖川さんのお父様であったのならば、まぁ心配は要らないのだろうけれど……そうでなかったら、一大事だ。
七魔王の出現が危ぶまれている中、有栖川博士の居住区に悪魔が入り込んでいるとなれば、犯人は当然強力な悪魔となることだろう。そうなった場合、有栖川博士はもちろん、有栖川さんの安否が気になる。
一刻の猶予も争う状況というのなら。
「来たれ、【瑠璃の――」
「待って下さい、師匠。あれ!」
「っ……え?」
鈴理さんが指さした先。
門に突如として出現した、スピーカー。
え? スピーカー?
『フハハハハ! 我が妖精、アリュシカは預かった! 返して欲しくば、我がリュシー・キャッスルの玉座に来い。たどり着けたのならば、だがなぁッ!!』
『ちょっ、お父様、なにやっ――』
『ではさらばだ!』
ブツッと切れる音声。
しんと静まりかえる門前。
視線が集中する先は、自然と夢さんの方角になった。
「どこかで聞いたことのある展開になったね、夢ちゃん」
「……なんだか、リュシーとは美味い酒が飲めそうだわ」
「お酒? 未成年飲酒はだめよ? 夢さん。三者面談……する?」
「やややややだなぁっ! 例えですよ! たたた、例え!」
すっかり気が抜けてしまったが、ううむ。
こちらは協力を要請する身だ。博士の趣向に付き合わない訳にもいかないだろう。
……に、しても。へ、変身しないで良かった。いや、本当に危なかった。博士に“痴女には娘は返せんなぁ……”とか言われていたら、引きこもっていた自信がある。つらい。
「では、行きましょうか」
「はいっ、リュシーを助けましょうっ!」
「前は、夢ちゃんが助けられる側だったもんね」
「鈴理?」
「な、なんでもないよ? え、えへへ」
いや、うん、先行き不安だ。
けれどまぁ、同時に、信頼してもいる。
そんな私たちのやりとりを見届けていたのか、独りでに門が開く。すると、格子の間から見えていた物よりもずっと鮮明に、白亜の城が映し出された。
だが、その奥の門は固く閉ざされている。
「これって、門の鍵を探すところから始めなければならないのでしょうか?」
呆然と響く鈴理さんの声。
まだ寒さで震えている鈴理さんにとって、この広大な庭園をくまなく探すようなミッションは、流石に辛い物があることだろう。
「あっさり開く、みたいな展開は、期待しない方が良いんでしょうね……」
「夢さん……ええ、そうね」
では、どうしたら良いのか。
そう考えて、ふと、思い出す。
「この城、どこかで――?」
大きな門。
立派な庭。
白亜の城。
「ええっと、確か……そう」
そうだ。
あの夢の、“悪夢”の中で、幼い有栖川さんに手を引かれ、走り抜けたその先の。
「鈴理さん、夢さん」
「師匠?」
「未知先生?」
もし、あの光景が“そう”であったのなら。
「私に、ついてきて下さい。試したいことが、あります」
“この方法”で、どうにかなるかも、しれない。
庭園を抜け。
裏庭に回り込み。
城の裏側を調べていく。
「これ、わかる?」
「絵画、ですか? 師匠」
「いや待って、鈴理。これってまさか……」
裏庭に配置された祭壇。
小さな噴水の奥にかけられた絵画。
白い髪に眼鏡をかけ、つぎはぎだらけの顔立ちをした男性と、幼い頃の有栖川さんと、息を呑むほど美しい、黄金の髪の女性。三人が描かれた絵画を見るに、これは有栖川さんの家族の絵なのだろう。
その絵画を、夢さんは慎重に調べて、“横にずらした”。
「隠し扉……その、未知先生。どうしてこれを?」
「ちょっと前に、その、有栖川さんに聞いたことがあるの」
間違ってはいない。
いや、悪夢の時にって言っても良いのだが、それはそれで夢さんの黒歴史を無駄に抉ることになりかねないから、ね?
「それでは先生、この先も?」
「ええ。とはいっても、私が知るのは有栖川さんの私室です。それが博士の求める目的地とは限りません、が」
「行ってみる価値はある。ですよね? 師匠」
『冒険だな。うむ、我も死力を尽くして鈴理に暖をとらせよう。さぁ、抱きしめていいぞ』
うん、ポチはこう、鼻を利かせて周囲を探る、くらいは言って欲しかったかな?
けれど、城の中もそれなりに寒い。鈴理さんの体調を考えると、それはそれで良いのかも知れないけれど、ううむ、釈然としないかな!
「では、道案内は私が。鈴理さんと夢さんは、周囲の警戒を」
「はい、師匠!」
「任せて下さい、未知先生!」
『ワンッ!』
いや、だから、ワンじゃなくてね?
うん、もういいや。有栖川さん救出隊、作戦決行! かな。
――/――
たくさんのぬいぐるみが置かれた部屋。
大きな窓と、大きな寝台。着飾らされた銀のドレスが皺にならないように、私は寝台に横になる。
「お父様、どうして」
ミチ先生たちを案内しようと思った矢先、落とされた落とし穴。
怪我のないようにふわりと降ろされてみれば、そこにはモニターで城内を観察するお父様の姿があった。私が問いかける暇もなく、あれよあれよという間にお手伝いロボットさんに着せ替えられて、部屋に押し込まれてしまった。
ミチ先生に疎まれてはいないだろうか。ユメとスズリは嫌になっていないだろうか。お父様は――。
「“おとうさん”みたいに」
ズキン、と、痛んだ胸を押さえる。
いつもは発動していなくても、気まぐれに目覚めて見たくもないことを見せてくれる天眼も、今は沈黙している。
未来なんか見たくない。先のことなんか知りたくない。過ぎ去った過去を見せつけられたくない。傷を、暴かれているようで。
「……痛いよ」
お父様は、なんで私を閉じ込めたりしたんだろう。
考えれば考えるほどに、ネガティブな気持ちに支配されてしまう。気持ちを切り替えるために窓の外を見れば、送迎の車はまだそこにあり、ミチ先生たちの姿はなかった。
帰ってはいない。助けに来てくれた? でも、それなら余計に、疎まれてしまうのではないのだろうか。
正門から入ると、まずは入り口に論理テスト。頭を痛めながらクリアすると、正面バルコニーにはたくさんのトラップ。廊下に出れば沸き上がる防衛ロボット。さらに小難しい頭脳テストと体力テストを合計五十問も解かされて、ようやくたどり着くのは大ホール。お父様直々に応対し、場合によっては巨大ロボを仕掛ける、という七面倒くさいトラップ。
うぅ、お父様、そんなことをされたら私は、友達を失ってしまいます……。
「考えれば考えるほど不安だ……。ど、どうしよう」
冷静に考えれば。
お父様は、私の“経歴”を慮って起こしてくれたことなのだろう。どうしてその手段を執ったのかはわからないが、お父様は理解させる気のない人ではあるので、それはいい。
けれど同時に、理解させてくれないからこそ不安になる。大ホールにたどり着いたら、お父様がラスボス枠として色々と配慮をしてくれるつもりなのだろう。私の部屋には、大ホール天井に仕掛けられた監視カメラによるモニターが、可能なようにされている。
今からここにミチ先生たちがたどり着くと思うと、もう、不安しかない。
――コンコンコン
不安からふさぎ込もうとした、その時。
鳴り響いたノックの音に、思わず首を傾げる。
「誰?」
返事はない。
銃はない。手甲も脚甲もない。けれど、幼いときに護身用に貰った小型の異能用拳銃ならある。シリンダータイプのそれは、霊力の少ないうちでも扱えるように、あらかじめ薬莢型のパーツに霊力を込めておける。
緑色の光を薬莢に詰め、見据えるのは扉の向こう。ガチャリ、と、回されたノブ。
「鬼が出るか蛇が出るか……【起動】」
そして、ゆっくりと扉が開いて――
「リュシーちゃんっ!!」
――不意打ちに飛びついた影に、咄嗟に、“避けた”。
「へぁっ!?」
「ぁっ」
私の横を通り抜けて、ずざーっと絨毯をスライディング。見覚えのあるふわふわのブラウンヘアって、これは、まさか。
「ス、スズリ?!」
備え付けのモニター。
大ホールに、まだ人影はない。
「あたたた……えへへ、外れちゃった」
それなのに何故か、スズリはぺろっと舌を出して、恥ずかしげに直通できないはずの私の部屋で、微笑んでいた。




