えぴろーぐ
――エピローグ――
――居酒屋系個室回転寿司“りつ”。
時子さんと鈴理さんの顔見せの終わったあと、鈴理さんを送り届けてから。
新学期が始まる前に、こうしてみんなで集まるのは本当に久々だが、時子姉の時間が取れるうちに集まっておきたいということで、こうして杯を交わしている。
メンバーは私、時子姉、獅堂、七。それから、新学期前で時間のあった拓斗さん、だ。拓斗さんの顔を見るのは実はこう非常に、うん、照れるのだけど、お酒が入ればなんとかなる。
「しかし、まさか英雄のうち五人も一堂に会するとは思わなかったぜ」
獅堂はそう、大ジョッキを空けながら言う。
うん、まぁ、みんな忙しいし、実のところこんな機会が訪れるのは、もっと未来の話かと思っていた。
「やはり、このメンバーが一番落ち着くよ。仙衛門もいれば良かったのに」
そう緑茶ハイをちまちまと呑みながら、七が告げる。
仙じいはあの事件のせいで、おいそれと関東に来られなくなってしまった。妖魔撃退と弟子育成でどんどん名声を取り戻しているそうなので、ここで六人で集まることができるのも、そう遠い未来ではないはずだ。
「おいおい、クロックのこと忘れてないか? ――未知、ペース、気をつけろよ」
あ、うん。ありがとう。拓斗さんそれウィスキー? 一口? え、遠慮しておきます。
いや、クロックはなぁ。別に嫌っていたりするわけではないが、癖が強い人だ。進んで会いに行きたくもないというか。まぁそもそも、拓斗さん以上に神出鬼没だから、まったく捕まらないのだけれど。
今の情勢を考えれば、探しておくべきなのかなぁ。
「あれ? 拓斗、初恋の誤解は解けたの? 初々しいなぁ。私にも素敵な人、いないかしら。ロリコン以外で」
拓斗さんと私を巧みにからかいながら日本酒を傾けるのは、時子姉だ。
仙じいよりもずっと年上だというのに、見た目は白髪黄眼の十歳幼女。昔、色々あってこうなったという時子姉は、永遠の婚活乙女だと自称することがある。ロリコン以外引っかからず、ロリコン以外は興味を持たれず。
同性婚に偏見はないが、恋人は異性が良い。けれど恋愛感情を抱いてくれるロリコン以外は同性ばかり。時子姉は一升瓶三本目に突入しつつ、そうぼやく。
「同性婚、異性婚、結婚かぁ」
白ワインを傾けながら、私は不意にそんなことを呟く。
なんだろう、今更モテ期でもきたというのか、最近、アプローチを受けることが多い。とはいえまだまだ仕事一直線でいたいというのもあって、結婚はほど遠いようにも思う。
あと、同性婚に偏見はないけれど、前世の影響でどうしても自分の結婚事情とは考えられない。前よりは自分の中でハードルが下がっているような気もするけれど、うん。気のせい、だよね。鈴理さんたちのアプローチを受けすぎて、感覚が妙になってたりしないよね? ね?
「なぁ未知、おれはいつでも歓迎――」
「おおっと手が滑ったーッ!!」
「――うわっ?! 獅堂おまえ、それビール!? おまえこれ、おれの一張羅!」
「七、渇かしてやれ!」
「いいよ。ほら拓斗、水分全部“流して”あげるよ」
「全部?! ちょ、ちょっと、まっ――」
ううん? なにやら男性陣が騒がしい気がするけれど、どういう?
時子姉に目配せすると、時子姉も首を振る。苦笑しているようにも見えるけれど、うん、まぁいいや。
「未知は、恋愛はどうなの?」
「うーん。よくわからないわ。好きっていう感情はたくさんあるけれど、恋愛、と言われると、ね」
「あら。それなら相談に乗ってあげられるかも」
「本当? でも時子姉、恋人は?」
「恋人なんかいないわ。でも、ほら、私は片思いのプロフェッショナルよ?」
「ふふ、もう。なに、それ? ぁ、でももし結婚するなら、時子姉みたいなひとがいいなぁ」
「あ、未知。けっこう酔っているでしょう?」
「そんなことないよー」
うん、ぜんぜんそんなことないよ?
ふわふわしてるけど、まだ眠くはないし。
「ふふ、もう。それなら、未知が誰とも恋愛できなくて、私にも良い人が見つからなかったら貰ってあげる」
「本当? 時子姉なら、私も安心だなぁ」
「可愛いこと言っちゃって。ほら、おいでー、未知」
「うん、時子ねぇー」
ふざけて、時子姉を抱きしめる。
おかしいな、抱きしめてもらうはずだったのに、抱きしめちゃった。時子姉、あったかいなぁ。髪も良い匂いがする。ふふふ。
(おい時子の一人勝ちだぞ、どうするんだ。獅堂、時子、貰ってやれよ)
(悪いが俺はロリコンじゃねーよ。ついでに言うと年上すぎるのも無理)
(うん、でもさ、未知と時子が抱き合っている光景も、こう、くるものがないかな?)
(だからおまえはむっつり枠なんだよ、七)
(そういやおまえ、この間、しばらく未知に“性に興味を持った子供”扱いされてたよな? あれ、なんだったんだよ)
(うぐっ……き、聞かないで、欲しいかな?)
男性陣が小声で何かを話している。
私の耳にはまったく届かなかったけれど、どうも、時子姉は聞き取れたようだ。体がぴくりと反応していた。
「未知、七になにかされた?」
「七に?」
「ととととっ、時子、ちょっ、まっ、は、離せ! 獅堂、拓斗!」
なにか? なにか。
うーん、お酒で頭がふわふわしてる。気持ちいい。えーっと、なんだったかな。
あ、あれか。変態痴呆老人を退治したときの。
「ええっとね、時間稼ぎが必要だったから、演出カットを解除して変身したの」
「あー……あー、うん、そうなのね。それで?」
「そうしたら、七ったら興味津々で。じぃっと見てくるから恥ずかしかったわ。ポチが、ええっと、私の使い魔が言うには、“食い入るように見て鼻血を出していた”って。――七も、男の子なんだなぁ」
「へぇ……?」
時子姉が、ぎしぎしと効果音が鳴りそうな動きで七を見る。
七は七で、何故か満面の笑みの獅堂と拓斗さんに掴まれていた。
「ちょっ、ちょっと待って、ポチは言い過ぎだ。そんなに見ては居ない!」
「そんなに? ふぅん? 見てはいたんだね。チラチラと。獅堂、拓斗」
「おうよ」
「ああ」
「ままま待ってくれ、ガリにそんなにわさびを載せてどうする気だ?! ガリが見えなくなってる?!」
じゃれ合っていて、なんだか楽しそうだなぁ。
私も混ぜて欲しくて時子姉の袖を引くと、時子姉はニッコリ笑って答えてくれた。
「未知、おいで」
「はーい♪」
ふわふわする。
なんだろう? 時子姉に構って貰えるなら、嬉しいな。
「七、たっぷり反省したみたいだから、ご褒美にこの七の好物、あーんしてあげて?」
「うん、いいよー」
ガリにたっぷり盛られたわさび。
あーんさせづらいな。海苔で巻いちゃえ。うひゃあ、七、こんなの好きなんだ。こわい。
「み、未知?」
「許せ七、おれはおまえの犠牲を忘れない」
「悪いな七、恨むのなら映像保存しておかなかった己を恨め」
「ちょっと待ってくれ時子! これ、獅堂も懲罰対象じゃないのか!?」
「獅堂は良いのよ。ヘタレだから行動に移せないわ」
「おいこらどういう意味だ」
なんだかちょっと眠くなってきた。
でも、これだけはちゃんと完遂しなきゃ。ご褒美だもんね。うん。
「はい、七。あーん」
「ま、待ってくれ未知。海苔が小さすぎてわさびしか見えない」
「わ、私にこうされるの、いやだった?」
「…………」
「…………」
「…………あ、あーん」
「はい♪ あーん」
七が口を開けてくれたので、手に持っていた分、“全部”を入れてあげる。
すると、七はぴたりと固まったまま、動かなくなってしまった。あれ? 石化は七の十八番か。そっか。うん。うん?
「時子姉、ねむい」
「それなら、私が膝を貸してあげる」
「わーい」
時子姉の小さな膝を借りて、横になる。
なんだか、誰かにこうして甘えるのは久々だ。お父さんと、お母さんがいたころを思い出す。今、大切な物がたくさん増えた。そのことを、お父さんとお母さんが天国で見守っていてくれたら、きっと、それ以上のことなんてそんなにない、よね。
明日からはまた、頼れる先生になれるように、頑張るよ。
だから今は、こうして、誰よりも信頼できる人たちの傍で、甘えさせて下さい。
「おやすみ、未知」
頭を撫でててくれる手に、心を寄せる。
お父さんとお母さんの命日が近いから、きっと、心が少しだけ弱くなっていたのだろう。
私の意識は直ぐに、温かい闇の中へ、沈んでいった。
――/――
寝付いた未知を膝に載せたまま、ふぅ、と一息吐く。
「少し、不安定になっているわね。色々重なりすぎたのも一因だけれど、やはり原因は命日、かな」
未知は強い子だ。
人の痛みを背負って歩ける。誰かの為なら、決して潰れることはない。羞恥心を押し殺して魔法少女として戦えるのも、そのおかげ。
けれど同時に、自分のこととなると、こうして脆さを見せることがある。どこかで折れはしないだろう。折れることで苦しむ人が居ることを、知っているから。だが、それで命を散らすことになってしまったらと思うと、それが一番、こわい。
「それなのに、もう、あなたたちときたら」
「いや、面目ない」
「七も、いつまでそうしているの?」
「いや、未知がくれた辛みなら“流さず”味わった方が良いのかもしれないかな、と」
先ほどまで悶えていたのが嘘のように、七が姿勢を正す。
なにも、本気で怒ってはいない。彼らが未知のために動いてくれていることは知っている。けれど、獅堂は未知と“同じ視線”で、七は未知より“下からの視線”。気がつけるか、という心配はつきない。
拓斗も“上から見た視線”で判断できるが、如何せん、生活圏が離れている。ずっと気にするのも難しいことだろう。
「七魔王の出現も近い。いっそう気を引き締めるわよ、獅堂、拓斗、七」
「ああ、任せてくれ」
「おれも中部からできることはしよう」
「僕も気をつけるよ。せめて、支えになれるように、ね」
未知。
いつもそばに居てあげられなくて、ごめんなさい。
でも。
「今回のハッキング事件は良いタイミングだったわ。おかげで“お詫び”の口実ができた」
さすがに獅堂や七のように所属はできない。
けれど、手助けは最大限に可能だろう。
「未知が有栖川博士を訪問している間に、可能な限り七魔王対策を練る。良いわね?」
少しでも、この子の助けになれるように、持てる物は全て使わせて貰うわ。
そう、決意を固めるように、愛しい妹分の髪を、もう一度、優しく梳いた。
――To Be Continued――
2017/04/03
誤字修正しました。




