そのはち
――8――
混乱する鈴理さんを宥め賺して、魔法の力で扉を開いたついでにシステムの復旧までして直ぐ変身を解いた、そのあと。
最初の応接室に通された私たちは、にこにこ微笑む時子姉の前に並ぶこととなった。
「それで、時子さん? 何故あの場で鈴理さんと一緒に?」
彰君も私たちと並んで座っているので、よそ行きの呼び方に直して問う。
相手はもちろん、英雄の一人にして私の姉貴分。仙じいよりも年上なのに、見た目は十歳という謎の経歴に包まれた女性。
黄地のご意見番、黄地時子さん、だ。
「元々は、内部からシステム復旧のためにいたのだけれど、偵察をさせていた白から、“心の綺麗な侵入者に保護された”って連絡が来てね。念のため見に行ったら事前情報と同じ容姿をしていたから、手っ取り早く人物の見極めをするために同行させて貰ったのよ」
“良い子ねー、あなたの弟子”なんて嘯きながら朗らかに笑う時子姉に、頭を抱える。時子姉が中に居たのは知っていたけれど、まさか鈴理さんに合流していた、なんて。
知っていれば時子姉に任せて、変身したりしなかったのに……うぅ。そりゃね、大切な弟子だし生徒だし人任せにするつもりはないけれど、時子姉なら安心だし。
「――それで、笠宮さんの見極めはどうであったのですか? ご意見番」
「もう、彰君は固いよ? 時子おねーさん、でいいのに」
「ご意見番」
「はいはい。――弟子としてみるのなら改善の余地は多い。まだまだ原石の域は出ないけれどすばらしい逸材ね。人物、という意味なら文句なしの満点よ。強くて気高い、優しい子」
時子姉がそう、優しげに微笑む。
すると、鈴理さんは顔を赤くして照れていた。
飄々としていて、からかってくることもあるけれど、その根底にあるのはいつだって“慈愛”だ。
だから私も、時子姉のことを誰より、信頼しているのだと思う。
「笠宮鈴理さん。私も、鈴理さんとお呼びしても構わないかしら?」
「ええ、は、はいっ、もちろんですっ! お気軽にっ、妹の嫁のように扱ってください!」
ああ、鈴理さんが混乱しておかしなことを口走ってしまっている。
妹の嫁のようにって、いったいどういう扱いよ。というよりも、どういう意味?
「ふふ、そう、そうなの。ありがとう、鈴理さん。彰君も、“妹の婿”のように扱わなくて良いの?」
「うっ……ぼ、ボクのことは、お気になさらず」
悪戯っぽく笑う時子姉に、非難の目を向ける。
すると時子姉はそんな私を愉しげに見つめた後、やれやれと言わんばかりに首を振った。
「――さて。では、見極めも無事に終わりました。それから、こちらの不備に巻き込んでしまってごめんなさい。お詫びとお礼を兼ねて、当初の予定よりも大幅にあなたたちのバックアップを勤めることを約束しましょう」
時子姉が気を引き締めてそう告げると、自然と、私たちも背筋を伸ばしていた。
カリスマ、とでも言うのだろうか。年月の重みを感じるような気配に、息を呑む。
「ありがとうございます、時子さん」
「あ、ありがとうございますっ!」
時子さんは私たちを見て空気を緩ませると、ふっと微笑んだ。
「ふふ。さて、それでは最初の助言です」
「は、はいっ」
「あんまり、“観察”の力を過信しないように、ね。私みたいなものを見抜くには、もうちょっと訓練が必要、かな」
「は、はひっ……そう、ですよね」
ああ、そうか。鈴理さんのずば抜けた“観察力”で以てしても、時子姉が大人の女性であることは見抜けなかった、ということか。
外見年齢のせいもあるのだろうが、鈴理さんはそうであっても僅かな偽りを嗅ぎ分ける。いやでも、それでも“訓練”すれば大丈夫って、すごいな。
「それから、異能の詳細を調べるためにも、専門家を頼りなさい。許可はこちらでとっておいたから、鈴理さん、あなたの友達に案内を頼むと良いわ」
「え? へぁ? と、友達?」
「そう。異能者研究の権威、世界最高峰の異能科学者、“有栖川昭久博士よ」
「ありすがわてるひさ……有栖川って、えっ」
有栖川昭久。
ああ、そうか、面識はないけれど、私でも知っている名前だ。そういえば有栖川さんは、彼の娘さんであったか。
「さて、と。それではそろそろ……と、いきたいところだけど、未知」
「は、はい?」
「ちょっとだけ、二人きりで良い?」
彰君に目配せをすると、彰君は頷いてくれた。
「さ、笠宮さん、もう罠は発動しないから、屋敷の名所を案内するよ」
「う、うんっ、ついでに、師匠とのことも聞かせてね?」
「ははっ、もちろん。任せて」
彰君に連れられて、二人が出て行く。
その足音が遠ざかっていくと、私と時子姉の吐息だけが、静謐な室内に響いた。
「久々ね、未知」
「うん。時子姉も、元気そうでなにより、かな」
優しく微笑む時子姉に、安心の笑顔を見せる。
ああ、変わらない。いつもの時子姉だ。
「本当はゆっくりと近況でも報告し合いたかったのだけれど、それはまたの機会、ね」
「……やっぱり、なにかあったの? 今回のことも」
「今回の犯人は謎のまま。関わり合いはつかめないけれど、確実に、今、世界は動いているわ」
時子姉はそう、湯飲みを傾け、憂いの表情を顔に出す。
「単刀直入に言うわ。――“七魔王”に、動きが見られる」
「!」
七魔王。
かつての魔統王、ワル・ウルゴ・ダイギャクテイが配下に従えていた七柱の魔王。
この中で私が知っているのは、魔血王と、魔龍王だけだ。また、その全てが存命、という厄介な悪魔。ちなみに、リリーは七魔王ではない。
「有栖川博士には、七魔王を探知する機械を作って貰うよう要請したわ。快く承諾をしてくれたけれど、引き渡しは直接、とおっしゃってね。プロトタイプをあなたに所持して貰い、その試験運用の結果で改良し、本製品を作るそうよ」
「ええっと、博士は“私のこと”をご存知なの?」
魔法少女バレ?
気がついていないところで?
やだなにそれこわい。
「いいえ、存じてはおられないはずよ。ただ、“娘が信頼している先生”だから、ということね」
「なるほど、そう」
バレてはいないか、そうか。
うん――良かった。生徒のお父さんに痴女扱いされる展開だけは、何があっても避けないと。
「ゆっくりお話しできなくて、ごめんね」
「いいの。こうして、会えただけでもね」
微笑み会うと、自然と気持ちが満ちる。
こうして、私には信頼できる仲間がいて、背中を預けられる友がいるのだ。七魔王たちは厄介ではあるけれど――必ず、乗り切って見せよう。
来たるべき。
彼ら、七魔王との、因縁の決着を。




