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そのなな

――7――




 現れた龍。防衛装置の要、“骨龍こつりゅう”を前に、体が震える。

 あんな大きな龍と戦うことになるなんて、正直に言えば、想像もしていなかった。


「黄地の式神揮しきがみきの粋を集めて作り上げた、人工龍骨によって組み上げた防衛機構の最高峰。本当は“不死にして紅き茨の魔女”対策の一つだったのだけれど……おねーさん、余力はどう?」

「が、頑張る!」


 龍はがらがらと音を立てながらわたしたちを睨み付ける。

 五階建てのビルくらいある大きさの龍を軽々と収納できるこの空間もすごいけれど、やっぱりなによりこの威圧感だ。侵入者は、出ようという気にすらなれないだろう。


「でも、まぁ、さっきまでおねーさんにすっごく頑張って貰っちゃったから、次は私の番、だよね? しろ

『がう!』


 こちらを見て威嚇する骨龍に、みーちゃんは一歩踏み出す。

 そして、懐から出した紙を、白の背中にぴたりと貼った。


「それじゃ、おねーさん」

「あ、うん?」

「行ってくるね」

「う、うん、いってらっしゃい?」


 みーちゃんが微笑みを崩さないまま、まるで本当にお散歩に出かけるようにそう告げる。それからみーちゃんの前まで進んだ白に向かって、その小さな手を差し向けた。

 え? え? あれ? なんで白が?


「――【けいろうぼうひつさん・西方司る七星よ・我が約定交わせし式神に・その真なる姿を解放せん】」


 みーちゃんが、複雑に、まるで星座でもなぞるように手を振ると、渦巻く光が白を包む。

 光は爆発的に大きくなり、やがて、白に向かって集束を始めた。


「【式揮顕現・現れ出でよ・五徳の義神・神名解放】」


 光が満ち、満ち、満ちて。


たれぃっっ【白虎びゃっこ急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう】ッ!!」


 爆発、した。


『ガウッ、オオオオオオオオオオオッ!!』


 巨大な虎。

 白くて大きなその虎は、骨龍を前に怯まない。

 畏怖を纏う姿に骨龍は僅かに怯み、けれど空虚な瞳に怒りを満たして白を睨む。


「え、えええっ」

「おねーさん、危ないから、ちょっと下がっていてね?」

「う、うんっ」


 骨龍が白に向かってその尖った爪を振り上げる。

 轟音、突風。目を瞑って直ぐに開くと、白に爪は届いていなかった。地面から生えてきた鉄の針が、骨龍の腕を貫通していることに気がついたのは、その直後だ。


『ガウッ!』


 白が飛びかかると、虚空から無数の中華剣が生まれる。

 その剣は骨龍に飛びかかる白に追従すると、雨のように骨龍に降り注いだ。


『ロオオッ!!』


 骨龍は吐き出すように青白い火を放つ。

 けれど白は火を軽々と躱すと、骨龍の首に噛みついた。頸椎、首の骨。骨だけの龍とはいえ、脊椎を攻撃されるのは辛いのだろうか。激しく暴れている。

 なるほど、これほどの乱闘になるのなら、下がらせるのも無理はない。そうみーちゃんに告げようとして、気がつく。


「あ、あれ? みーちゃん?」


 みーちゃんの姿が、ない?

 慌てて周囲を見回して、探し回ろうとして、ふと気がつく。

 白と骨龍の戦う上空。大きく離れたその場所に浮く、幼い姿。


「そうそう白、そのまま抑えていてね。神話は違えど同じ西方の守護者。我が意に応えて、悪に囚われし憐れな魂に、慈悲の救済を与えんことを――!」


 空に浮かぶみーちゃんの右足に、無骨な脚絆きゃはんが嵌まる。

 いや、というか、あれは、最早“脚甲グリーブ”といっても良いだろう。


「【式揮顕現・オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ・神名解放】」


 みーちゃんが骨龍に足を向ける。

 その先は――骨龍の、頭蓋だ。


「来たれいぃっ【韋駄天いだてん急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう】ッ!!」


 みーちゃんが詠唱を終えると同時。

 目を閉じたくなるような突風が起こったかと思うと、みーちゃんの姿はかき消え、瞬きの間に骨龍の足下へ、轟音と共にクレーターを作っていた。


「あ、あれ? いつの間に……っ」


 とたん、骨龍の動きが止まる。

 白の牙が外れると同時に骨龍の体は傾き、ガシャンッとガラスが割れるような音と共に体が崩れていく。そして、砂になって消える間際。骨龍の頭蓋に見えたのは、子供一人分の小さな穴だった。頭蓋から顎を砕いて開いた、穴。

 ま、まさか、上から一瞬で貫通した? 退魔師の古名家ってすごいや。巫女見習いのみーちゃんですら、“これ”なんて。


「す、すごいよみーちゃん! まさか、あんなにあっさり倒しちゃうなんて」

「戻っておいで、白。ふふふ、ありがとう、おねーさん」


 白は瞬く間に子虎に戻ると、余裕の表情でみーちゃんの肩に乗る。

 くぁぁっと口を開けてあくびをする姿からは、さっきまでの勇ましい姿が同じ白だなんて考えられないほどだ。


「でも困ったなぁ。骨龍を倒しても、門が開かないとは」

「ぁ。ど、どうしようか?」

「そうねぇ。まぁ救助が来るのを待つ――必要も、ない、かな」

「へ?」


 みーちゃんはそう言うと、さっきまでの困ったような表情を一変。

 柔らかい、とても嬉しそうな顔に変わった。


 みーちゃんの見上げた先。

 空を“割る”のは、眩いばかりの瑠璃色。



「闇夜切り裂く可憐なきら星、魔法少女っ、みーらーくーるーっ」



 わたしたとの前にふわりと降り立つ、いつ見ても格好良い魔法少女衣装。



「ラピっ☆ 今日も可憐に無敵に、す・い・さ・ン♪」



 ばーんっと降り立ち。

 ばしっとポーズを決めて。

 ぱちんっとウィンクをして。


 ぴしっと固まる、魔法少女。


「今日も格好良いです! ラピちゃんっ」

「同じ女として同情を禁じ得ないわ――」

「え? みーちゃん、何か言った?」

「いいえ?」

「そ、そう」


 静まりかえる広場。

 過多なる空気。

 あ、あれ? どうしたんだろう?


「あ、あの、もしかして、もう、終わってたり?」


 ツインテールを揺らして首を傾げる師匠は、今日もとっても素敵だ。

 って、そうじゃなくて! 質問に答えなきゃ。見惚れてる場合じゃないよね!


「あ、あの、防衛装置は巫女見習いのみーちゃんが倒してくれたのですが、門が開かなくて困ってたんです!」

「も、もん、だけ? あ、あは、あはは……しのう」

「わ、わぁぁぁっ、ししょ――じゃなくて、ラピちゃんダメです! その縄どこから取り出したんですか……って、ぁ、しめ縄」

「はなして。あきらくんにまだめもみみもふさいでもらっておいて、こんな、こんな」


 魔法少女衣装のまま、錯乱してしまう師匠。

 た、確かにでも、来たらもう終わっていたっていう状況は、初めてかも。


「みーちゃん! そうだ、ほら、みーちゃんも見てますから!」


 こんなわたしたちのやりとりを、柔らかく微笑んで見守っていたみーちゃんを指さす。すると師匠は僅かに目に光を戻して、みーちゃんを見た。


「わ、私ったらごめんなさい、周りが見えていなかっ……た?」

「た?」


 そして何故か、みーちゃんを見て固まってしまう。


「な」

「な?」

「なん」

「ナン?」


 わなわなと指を向け、震える師匠。

 ええっと、どうしたんだろうか?


「なんでこんなところに、鈴理さんと二人でいるの?! “時子姉ときこねえ”!!」


 ん?

 え?

 あ、あれ?

 だ、だって、えっ?


 わたしが“観察”していても、子供にしか見えなかったのに。


 え?


「久々ね、未知。元気そうでなにより。それと“笠宮鈴理”さん。騙していてごめんね? この機会に、色々と見極めたかったの」


 みーちゃんは仕草の端々に見せていた見た目相応さを全て取り去って、恭しく頭を下げる。その姿はもう、どう“観察”しても、見た目が幼いだけの大人にしか、見えない。


「退魔七大家序列二位、黄地おうじのご意見番、黄地時子と申します。どうぞ、よしなに」


 頭を上げて、にこっと微笑む。

 その姿に、わたしは、師匠とは種類の異なる叫び声を上げることしか、できなかった。




 もう、なにが、どうなってるの????





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