そのろく
――6――
異界型侵入者分別排除結界“戦場の迷路”。
彰君は私を、その異界の管制室に案内してくれた。
「おそらく、物品盗難目的の侵入者と認識されてしまったのだと思います。……迂闊でした。ボクが、もっと注意をしていれば」
「不具合があった、ということだったからね。気がついていながら鈴理さんになんの情報も渡さなかった、私の責任だよ。でも、今は」
「はい。反省も後悔もあと、ですね」
管制室は、巨大な鏡が術によってモニターの役割をしている場所だ。
この場は所謂“偉いひと”用の管制室であって、今も平の巫女さん方が作業をしている管制室とは別物のようだ。
もっとも、その両方が今は沈黙している。不具合にしては規模が大きい。これは、焦るのも無理はない、かな。
「生体反応を霊力波で探索した限りでは、笠宮さんの生体反応は健常です。ですが、防衛装置も暴走していると思うと、あまり猶予もありません」
彰君は、設置された水晶の前に繋がれたキーボードを叩きながら、そう硬い口調で告げる。
「救出に向かう、というのは?」
「先ほどまでは可能だったのですが、事態が進行してしまったのか、今は接続門が開きません。どうにか内側からアプローチしていただければ可能なのですが……」
「それに全てを委ねるのは、リスクが高い」
「――はい」
つまり、“奇跡”を起こして、閉じた門をくぐり抜けなければならない、と。
ふむ。なるほど、なるほどね。うん、そっか。いやでもほら、念のため。
「【速攻術式・窮理展開陣・展開】」
魔導術で行える最高レベルの解析陣を展開。
……んん? 介入の痕跡? 外部からのハッキングがあった、ということかな。いやいやいや、外部から? 退魔七大家の本部にハッキング? ――大事じゃない。あとで時子姉に報告しないとならないわね。
で、侵入は……気がつかれたら痕跡を消すタイプ、かな。やられた。いや、でも、だったらしばらくは再ハッキングしないだろう。救出するなら今がチャンス。
「未知さん?」
「――彰君」
解析を始めてから動かなかった私を、彰君は心配そうに見つめる。
いや、もう、本当に、胸が張り裂けそうです。でも、でもね、鈴理さんの身には代えられないし。ううぁー……。
「お願いがあるの」
「お願い、ですか? ボクにできることであれば、なんでも」
「簡単なこと、なのだけれど」
騙すことに、あるいは隠すことに罪悪感はある。
でもさ、自分に憧れてくれている少年に“あんなもの”を見せたら、私はもう引きこもるしかない訳で。
いやもう、彰君の心にも消えない傷を刻み込むことになりかねないし。なりかねないし!
「目を瞑って、耳を塞いで、後ろを向いていて?」
「へ?」
だから、お願い、彰君。
どうかあなたの憧れのお姉さんを、軽蔑の痴女に変えないで。
「……はい。わかりました」
「事情は、その話せない。けれど、良いの?」
私が問うと、彰君は微笑む。
想像よりもずっと、大人びた顔で。
「惚れた女性の頼みです。何も言わずに頷くのが、男でしょう?」
「っ……あ、ありがとう」
「いいえ。ボクは未知さんの“その”顔が見られただけで役得です。では」
くるりと振り向いて、耳を塞ぐ彰君。
彰君の手から覗く耳は、真っ赤になっていて、それが私を安心させる。
――同時に、きっと同じ色をしているであろう自分の顔色を思い浮かべて、羞恥に蹲りたくなってしまったのだけれども。
でも、うん。
とにかく!
「来たれ、【瑠璃の花冠】」
色々全部予想外だけれど、これで気兼ねなくやれる。
私をこんな目に遭わせた主犯は、いつか必ず報復するとして、今は!
「【マジカル・トランス・ファクトォォォッ】!!」
瑠璃色の光が体を包む。
さぁ、救出作戦、決行だ!
――/――
狼の矜持。
ポチとの訓練によって身につけた、自己暗示の技。
自己に埋没して、理性を本能で支配して、どこまでも冷徹に直感に従える培ってきた技術の全てを使ったわたしのスキル。
それを行使すれば、焦燥に駆られるような場面でも、極限まで集中して術式を組むことができる。
魔導術――“平面結界”・“操作陣”・“術式持続”・回転。
干渉制御――“慣性制御”・“円周固定”。
わたしの周囲に配置された二つの平面結界が、個別に回転。
そしてその平面結界たちは、異能によってわたしとみーちゃんの周囲、外側の空間を高速回転するように設定されている。
つまり、わたしとみーちゃんは今、動くチェーンソーのようになって、迷路を駆け抜けていた。
「すっごく楽! すごいね、おねーさん!」
「ありがとう!」
あんまり余裕はないので、一言で返事。
だってわたしは狼だから。群れを守るのは当然のこと、だよ。狼は気高くて、そして誇り高い。今のわたしが狼の長ならば、みーちゃんはわたしのツガイだ。なんとしても守り抜かなければならない。だから。
「狼雅」
狼の誇り。
狼の矜持。
狼の同胞によって刻み込まれた、気高き魂。
「おねーさん?」
眼前には大岩。
みーちゃんも構えるが、ツガイを危険に晒すなど、狼の恥だ。
「“干渉制御”――【狼雅“インパクト=オブ=ロア”】!!」
異能の詠唱は自己暗示のためのものだ。
だからこの詠唱に込めるのは、“狼の矜持”という自己暗示。
群れを守り抜く、狼の牙!
――ズガァンッ!!
手を振り下ろした先。
大岩が、真っ二つに割れる。
そのまま大岩はわたしたちの横を通り過ぎて、遙か後方に激突した。
「ふぅ、ふぅ、はぁ……な、なんとかなった」
……自己暗示を込めて異能を使ったら、自己暗示ごと持って行かれてしまった。
うぅ、自己暗示が解けると、移動チェーンソーを維持するの、つらい。いやでも、ああしないと先頭のみーちゃんがどうなるかわかんなかったしなぁ。
「おねーさん」
「う、うん?」
「ありがとう。でも、無茶しちゃだめだよ? あのくらいの石ころなら私でも対処できるから、次からは私にも頼ってね?」
「うっ……は、はい。ごめんね」
じ、自分よりもこんなに小さな女の子に、大人っぽく窘められてしまった……。
そ、そうだよね。名門退魔師の所属なんだもんね。どうにかできるか。あは、ははは、はぁ。
「でも、私のためにやってくれたんだよね? だから、改めて、ありがとね。おねーさん」
「……ううん。群れのためだもん!」
「群れ?」
「あっ、い、いや、仲間! 仲間ね!」
「う、うん?」
し、しまった、まだ暗示が残ってた。恥ずかしい。
「よし、そろそろ停止準備。門の広場に出るよ!」
「わ、わかった!」
駆け抜けて、一気に飛び出す。
するとそこは、大きな広場になっていた。
「よし、到着!」
「……すごい」
巨大な門には五芒星が刻まれている。
その前の広場もまた同様に、巨大な五芒星と幾つもの魔導陣。しめ縄で封印された門を、広場で守っているようにも見える。けど。
「みーちゃん、なんだか嫌な予感がする」
「うん。たぶん正解。防衛装置が私たちを排除しようとしているっていうのなら、“これ”もそうなんだろうなっていうのは予測済み。侵入者をこの迷路から外に出さないための最終関門」
五芒星が光を放つ。
その光は徐々に輝きと大きさを増して。
そして。
『――ロオォォ』
五芒星の中心から、は虫類の腕のような骨が、がしゃりと音を立てて出る。
手先だけでわたしたちを余裕で踏みつぶしてしまいそうなほどに、巨大な手。
「なに、あれ」
「下がって、おねーさん!」
ずる、ずる、ずる、と。
這い出るように、五芒星からその姿を見せていく。は虫類に見えたのは、腕だけだ。厳つい頭蓋には骨でできた角。空虚な目には青白い炎。背中には、骨でできた巨大な翼。
まるで、そう、西洋の龍が化石になってしまったかのようなフォルム。
「骨龍、ね」
「骨龍……龍、なんだよね、やっぱり」
彼はわたしたちを睨み付けると、頭蓋を上げて口を開く。
『ロォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』
巨大な骨の龍が、雄叫びを上げた。




