えぴろーぐ
――5――
「お疲れ様、カンパーイ!!」
と。
そんなこんなでようやくなんとか日常回帰。
ごたごたとがたがたの後始末を終えた私たち英雄同期は、個室居酒屋“りつ”に集まって、ビールジョッキを傾けていた。
メンバーはもちろん、暇人同盟+一。
私と獅堂と七の三人だ。
「ぶふっ、こうぜん、わいせつ、ぶつ、ぐ、ひぃ、ひぃ、ひぃ」
「七! 獅堂の口に練りわさび!」
「無駄だよ、未知。このひと辛味に異常に強い」
「ぐぬぬぬぬ」
ことの顛末を話したとたん、腹を抱えて笑い出すこの男、九條獅堂。
現役中二病のくせに私を笑う余裕があるとはなんたることか。悔しい。羨ましい。
結局、あの儀式めいたものの理由はわからずじまいだった。
久留米先生を解放したことにより、久留米先生の中での時間が逆行。魔人になって全てが反転する前の、心優しい先生に戻っていた。当然、その記憶も魔人になる前のものだ。母校である九州の特専を卒業してそのまま母校に就職、ここに赴任されるまでの三年間の内、最初の一年間のもののみだった。
だが、“反転”である以上、推察はできる。元が異能者が差別や区別を受けないように努めていた彼は、差別主義者へと変貌した。魔人になる過程で望んだであろう全てを、反転させて。
胸にたまった嫌な空気をはき出すと。回転寿司系居酒屋らしい海苔巻きをひっつかんで口に放り込み、ビールで一気に流し込む。お腹に満ちるとスッキリ爽快、なんてことにはもちろんならなかった。
もやもやを晴らすために未だに笑っている獅堂を睨み付けると、彼は更に声を大きくした。こんちくしょう。
九條獅堂という男は、自称中二病だが、他称するのは同期の連中のみ。彼のファンだというひとたちは皆、“獅堂さんマジカッケエッス”みたいなノリというのだから驚きだ。
いや、私にも、というかラピにもファンは居るんだよ? ただやっぱり“天に帰ったひと”扱いだから、ファンとかを通り越して信仰されているだけで。うん。……うん。
「しっかし、なんとかならんのかねぇ、その制約」
「そうだよ、未知。“人助けを公然と行うのに必要なこと”って願えば、大丈夫なんじゃないの?」
「……試したわよ、もう。でも、ふわふわっとだけど“魔法少女に恥じらいは必須”みたいな念がステッキから漂ってきた上で、私利私欲扱いされるのよね」
「……もう折った方がいいんじゃねぇか? その杖」
「無理だった」
「そ、そうか」
私だって何度へし折ってやろうと思ったことか。
だけどこのステッキ、振ればしなるくせに折れる気配は皆無。無駄な労力だけが消費される悪循環。私がいったいなにをした。
「うぅぅ、なんでなのよ、なんで公然わいせつ物扱いされて、変態呼ばわりされて、尻餅ついて後ずさりされなきゃならないのよ! 理不尽すぎるわ……」
「ぶふっ、く、くくっ」
「獅堂、ちょっと黙って。大丈夫だよ、未知。誰も死ななかったし、久留米先生はなにも覚えていないし、丸く収まったじゃないか。それは全部未知のおかげだし、みんなが未知を認めない分も、それ以上も、ずっと僕だけは未知を褒めるよ」
痙攣を起こした獅堂の横で、優しく微笑んでくれる七。
なんだかもう、本当に、いい男になっちゃってもう。
「七……ありがとう、気を使わせちゃった、かな?」
「使いたくて使ってるんだ。気にしないで」
だめだなぁ。私はおねーちゃんなのに、慰められてばかりだ。
「……と、そうだ。未知、僕ちょっと休暇を取って“実家”に帰るから」
「うん、わかった……って、へ?」
「そういうわけだから、僕の留守の間に変なことしないでよ、獅堂」
「はっはっはっ、保証できんな」
「……ったく、もう」
え? え? 実家?
なんでまた、急に?
「今回のことで色々と準備不足を感じたからね。良い機会だよ」
目を白黒させる私に、七はそう苦笑した。
あー、なるほど、準備か。準備ね。
確かに七は、そういった“準備”を多数必要とするタイプの能力者だ。準備の有無で、その能力の幅はかなり広がる。
「僕のような特性型の異能者は、補助可能な範囲の幅がうま味だからね」
「あー、まぁなぁ。俺みたいな発現型は、あるものでのアレンジや能力制御が全てだから、準備はいらねぇしな」
「いいよね……私の共存型だと、能力の進化に頼るばかりで、融通が利かないからなぁ」
七のように、存在や生い立ちに“特殊な性質”や“特殊な性能”、“特殊な技能”を持つ異能者を、“特性型”。
獅堂のように、自身から様々な現象を発現させ、その能力を把握・制御することで力の応用性を上げる異能者を、“発現型”。
私のように自身の存在の内側に特殊な存在を発現、もしくは寄生したりさせたりして自分と共に成長・進化する異能者を、“共存型”。
七人の英雄たちは、割とバランス良くタイプが分かれている。
だからこそ、世界の危機に台頭した、ということもあるのかも知れないが。
「未知、ペース速すぎるよ」
「いいの。あなたたちと飲むときに、気にする必要も無いし」
前世の記憶を持っていても、感情やなんかは割と身体に引っ張られたりするモノだ。
本当に幼い頃、心細いときも悲しいときも嬉しいときも、昔からずっと一緒だった彼らに気を許さないなど、かえって難しい。
「ああ、もう、しょうがないな。二日酔いとかにはならないようにしておくから、少しだけお休み」
「うー……うん」
寄り添う七と、見守る獅堂。
毎回寝落ちしているような気がするのだけど、ちょっとこれだけは見逃して欲しい。
彼らの、仲間たちの傍ほど落ち着ける場所なんて、きっと私にはないのだから。
――/――
机に突っ伏した未知が緩やかに寝息を立て始めると、七は彼女の眼鏡を取り、頭に手を当てた。
“流れ”を調整することで、アルコールの悪影響を抜き去る七の異能だ。
「で? 実際、どうなんだよ。特専は」
雰囲気の変わった獅堂に、しかし七は動じることなく肩をすくめる。
「異常だね。“流れ”が変動している。まるで、あらかじめ定められた運命に準えるかのように、ね」
「ちっ……他の奴らならどうでも構わんが、よりによって未知か」
「彼女を中心に、新たな流動が始まろうとしている。……今に始まったことじゃないよ」
「だからこその、就職か? 七」
「まぁね」
七はそう、慈しむように未知を見る。
だが、その瞳の奥には悲しみと、僅かな憐憫が込められているようだった。
「俺も補助に回りてぇが……英雄三人、世間的には二人が一箇所に集まるのは時間が掛かる。それまでは頼んだぞ、七」
「まぁ、まだ“流れ”はさほど荒れていない。その前には準備を終えておくよ、獅堂」
七にとって、獅堂は掛け替えのない仲間だ。
だが未知に関わることとなると、獅堂に対しては警戒と信頼を同時に抱いている。
それはきっと、獅堂にとっても同じ事なのだろう。七に任せるほど信頼しておきながらも、無茶をしてでも自分が介入することはやめない。
そういった意味では、正しく二人は好敵手だった。
「拓斗にも話は伝えてある。まぁあいつはそうそう定住はできんだろうが、その分他のバランス調整に向かってくれるだろうさ」
「“異邦人”じゃ、そうだろうね。でも心強いよ。こちらは一応、時子さんに連絡を取ってみるけど、忙しい人だから、どうだろうね」
「あー、姉御か。そっちは任せた。あとはジジィだが……ま、言うだけ言ってみるさ。どうせアイツは連絡つかねぇしな」
「頼んだよ」
かつて、世界を救った七人が集おうとしている。
否応なしに世界の変化を自覚させられているようで、七はざわめく心を抑えた。
「未知。君ばかりに背負わせはしない。必ず――共に、この運命を打ち破ろう」
たったひとつの誓いを胸に、七は強く拳を握る。
それはまるで、運命に抗うことを宣誓する、気高き戦士のようだった――。
――To Be Continued――
2016/08/12
誤字修正しました。




