そのいち
第一章は短編の加筆修正版なので、細部は変わっておりますが大筋は同じものとなります。
――1――
――世界が絶望の闇に覆われるとき、七人の英雄が立ち上がる。
――七人の英雄はまったく異なる力を振るい、闇を打ち払う光明とならん。
伝説のワンフレーズ。
おとぎ話に過ぎなかったそれが現実になったのは、今からほんの二十年前のことだ。
そしておとぎ話のように世界に平和がもたらされたのは、僅かその四年後のことだった。
神様の気まぐれというやつで私が転生して、六歳になったとき。
転生特典が云々というメールが突然届き、私は七人の英雄の一人に数えられるようになった。
能力はまさしく最強無比。おとぎ話に準えた、“夢を叶える”魔法使い。独特な魔法装束を身に纏い、血で血を洗う戦場を駆け抜けること四年。今から十六年前の、十歳の時に魔王を名乗る悪党を打ち倒し、世界に平和が訪れた。
過酷な戦いの中で男女の垣根どころか年齢の垣根も飛び越えて兄弟のような絆を得た彼らは、人々に讃えられ、あの絶望が再びおとぎ話になろうとする現代でもってもアイドルのような扱いを受けている。
ただひとり。
私を、除いて。
「英雄たちは日常に戻り賞賛を受け、ただ一人はそんな彼らを見守るために、天に帰った。……なんか、死んだ、みたいな扱いじゃねぇか? これ」
そう私の前で呆れたように表情を崩すのは、まぁ、やたらと顔の整った男だ。
切れ長の眼と、整えられた赤髪。細身のように見えて、服の隙間から覗く肉体は引き締まっている。今年で三十を数えるこの男は、私の昔の“仕事仲間”だ。
「いいの。死んだの。彼らの知る英雄はもういないのよ」
そううなだれる私が居るのは、完全個室の居酒屋だ。
回転寿司系列の居酒屋なためか、料理もドリンクも壁のレーンから流れてくる。店員にすら顔を見られないこの店は、私たちにとって都合が良い。
「死んだって、おまえなぁ。名乗り出れば良いじゃねぇか」
「口元が笑っているわよ。紅蓮公」
「おっと、こりゃあ失礼。魔法使い殿?」
七英雄が一人。
当時十四歳、バリバリの中二病だった彼こそが紅蓮公と呼ばれた最強の炎使い。その名を九條獅堂という。
「どうやって名乗り出ろって言うの?」
「そりゃあおまえ、ぶふっ、変身すればいいだろう?」
「うっさい。じごくにおちろ」
うなだれたまま私がそう零すと、獅堂は腹を抱えて笑ってくれやがる。腹が立ったので彼が頼んだやたら値の張る日本酒を飲み干してやったが、笑いが収まる様子はない。
変身して、世間に出られる物ならそうする。正直、あの戦い以降“異能力至上主義”になったこの世界で私のような“魔導術師”は生きづらい。
だが、変身するということは、イコールあの禁断の姿を見せなければならない、ということに他ならない。
私の能力は、“魔法――”である。
夢を叶える魔法使い。魔法の杖を振りかざし、まるでおとぎ話のような魔法を駆使する物語の英雄。
「“あれ”じゃあ、英雄の名が廃る、ってか? くっ、ははははっ」
「ええ、ええ、そうですよー」
そう。
思い出したくもない、あのおぞましい姿。
七英雄会合という名の同窓会で披露して、会場に爆笑の嵐を巻き起こし、姉のように慕っていた英雄仲間の女性からマジ泣きされた禁断のトラウマ。
だが待って欲しい。泣きたいのは私だ。
地位も名誉も約束されていた。
お金に困ることもないはずだった。
いや、望めば手に入るだろう。“あの”姿で英雄として世間に出る覚悟さえあれば、なんの問題も無い。
けれどそんな覚悟が持てるはずもなく。
私は未だ笑い転げる獅堂の頭に、渾身の手刀をたたき込むことしかできそうになかった。