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全てを君に。

作者: 伊上明太郎

 一向に止まない雨音を聞きながら、さっきの男の話をふと思い出した。



 嫉妬に埋まり死んでしまうのなら俺は嫉妬を知らないまま死んでいきたい。


 男はそう話し、静かに眠った。





 この胸の中にあるコレはある程度必要ではあるとは思うけれども、多分私のものは多すぎるのだろう。



 中学、いや小学校の時からそうだったのだろう。


 仲の良い友人Aが他の友人に取られてしまうと思った私は、その日Aの悪いところや他人をどう思っているのかという噂をその仲間内に流した。幼い私の未熟な考えは、Aが私のもとに居てくれるのだろうという想いからだったのだが、およそ一週間足らずでまた元の生活に戻ってしまった。私はその後、中々の頻度で無視されるようになった。


 中学に入り、人間というものは裏表が激しくその裏というものは世間に出してはいけないものなのだという事を悟った。ネットというものを手に入れ、様々な情報を咀嚼していくうちに自分は友人たちからどう思われているのかという事が気になってくるようになった。女子たちの間では小説を書くことが流行り、交換日記などに書いてみたり、ネット上にサイトを作りそこで掲載してみたりという事も流行った。私もそれに便乗した。嫌われ小説なるものが流行り、現実に起こった。


 標的は友人Bである。友人と言ってもそこまで話したことも無い。と、その時の私はそう考えていた。結局、他人との壁を作ることに必死だっただけだったが。そのイジメは、Bに非はなかった。恐らく暇だった思春期の子どものお遊びという事だったのだろう。だが、その時はそう思う事は難しかった。Bも、そうだっただろう。教室でも部活でもバイ菌扱いをされ、話しかけても無視をされる。持ち物がなくなることはなかったが、無視は精神的にきつい。そんな、変わらない夏の日のこと。Bは一人で比較的涼しい靴箱にいた。私はなにを思ったか、Bに近づき隣に腰を下ろした。彼女は驚いたようだった。勿論驚くだろう。無視をされるようになってから誰も彼女に話しかけたりはしなかったのだから。セミがうるさく泣き喚き、太陽に照らされたコンクリートに陽炎が揺らめく。「暑いね。」たったその一言を言う事に時間はかからなかった。持っていた扇子で自分と彼女を扇ぐと、生ぬるい風が髪を抜ける。私は彼女を見なかった。彼女も私の方を向こうとはしなかった。ただ前を見つめ、ぽそぽそと特にさしあたりのない世間話をした。他の友人に見つかり、友人は私を彼女から剥そうと話しかけた。ずっと遠い場所から。さして離れても居なかったのだが、私はそう思った。彼女は居心地の悪そうに俯く。彼女の手に力が入ったことは、その時の私は知らない。私は、ここは涼しいからそっちに行きたくないと、主張した。その日は、帰る時刻になるまでふたりぼっちだった。


 後日、彼女から手紙をもらった。とても可愛らしい、女子中学生の柔い手紙だった。あれから彼女が無視されることは少なくなり、やがて消えて行った。私のおかげという訳ではなく、ただ暇つぶしだったわけでその興味が他に移っただけのことだったのだから、感謝されることも無いのだが、感謝をされた。感謝の言葉が綴られた後、あの時話してくれて嬉しかったこと。あの時私を選んでくれて嬉しかったこと。一緒に居てくれて嬉しかったこと。これからも仲良くしてくれると嬉しい。などが可愛らしい字で書かれていた。




 ここで話が終わるならばよかった。話しがこの時点ならばハッピーエンドで終わった、はずだったのに。




 人生は続く。手紙をもらい、それに返事を書いた。そこで終わり、また元の交友関係に戻ったはずだったのだが、私は彼女を目で追うようになっていた。それは友人という枠を超えなかったがそれがまた見事にややこしかった。彼女が他の友人と話しているのを見かけると、私は酷く胸が痛んだ。最初こそ意味が解らなかったが、これは恋慕にも似た友人への嫉妬という感情と知ると、それは頭とは裏腹に日々増していっているような気がした。小学生の時のことを思うと、これはイケナイものなのだと知りながら感情は自分の先を行く。私が居るというのに、どうして私の知らない所で話をしているのか。私がいるというのに、どうして私の知らない所で遊びに行っているのか。私がいるというのに、どうして、私は虐げられているのだろうか。この時の私は、虐げられていると思っていたが、実際は他と変わらないのだった。私を一番にしてほしいと思っていながら、自分ではそれを伝えることはせずに鬱陶しいと感じるほど、私に近づいてきてほしいと想っているのだから、面倒なやつだ、と自分でも思う。曲がりなりにも中学生で思春期まっただ中だった私は、ある日それを抑えきれなくなった。奇しくも、あの日を思い出す暑い夏の日のことだった。



 私の住む学区には、忘れられた団地が存在する。それは大人がイケナイ遊びをするのに使っていたり、子どもが秘密基地を作ったりするのには最適な場所だ。誰もが入れるし、誰もが暗黙の了解として見逃していた場所。自殺の区画、イケナイ遊びの区画、子どもの区画、昔から決まっていた場所が存在し、他の領域は使わず犯さず探検もしない。なんてうってつけの場所なのだろうか。誰も近寄らない場所を、私は知っていた。それは自殺の区画よりもさらに奥にあり、今にも崩れそうな場所にある。彼女に遊ぼうと呼び出し、何回かそこで遊んでいた。彼女は今日もやってくる。じりじりと肌を焦がす太陽は、ここからは見えない。何かがあるのかそれとも何もないのか、他の場所に比べて、ここはとても涼しい。誰もおらず、壁にひびが入っていることを除けば、ここはただのワンルームとさして変わらない。ドアもある、窓も、水は出ないが台所も、風呂もある。大の字で寝てみた。畳の匂いはしない。近くに木があるのか、セミはいつもよりうざったく粘りを持って耳に纏わりついてくる。このまま寝てしまいたい。誰にも気づかれないまま、夏にこもるのも一興だろう。死体は腐り、蛆が湧いてやがて蝿になる。窓を開け放しているので、鳥もやってくるだろう。私の体を啄み、何処からか種を持ってきて植物が生えるだろう。誰かが見つけた時には、私は植物に覆われて見えなくなっている。誰もが私の死に気が付かない。このまま、嗅覚を、聴覚を、痛覚を、全てを遮断し、夏に埋もれることが出来たら。世界は幸せになるだろう。


 どれぐらいたったか。目を閉じ、そのまま昼寝をしてしまった私は違和感を覚え起き上がった。起き上がろうとした。体が起き上がれないことを不思議と疑問にも思わず、眩しい光に目を刺されながらゆっくりと開いた。彼女は苦しそうに笑っていた。まるで何か後ろめたい事でもあるような、まるでそれを隠そうとしているような。そんな歪めた表情を、私に。彼女は、私が口を開こうとすると、なにも言わせまいとしゃべりだした。




 君が私を見てくれないから、君が私に話しかけてくれないから、君が私を気にしないから、君が私と何もなかったかのように過ごすから、君が私と話す時、笑ってくれないから、




 光の加減で、彼女の顔は陰り見えない。




 悪いのは君だ。私を見てくれない、私の全てを見てくれない、私の全てを受け入れてくれない。君の全てを、私にくれないから、




 彼女の涙が、私に見境なく降り注ぐ。酸素の供給が間に合わず、意識はどんどん底に沈む。




 あの時私を見てくれたなら、あの時私に話しかけてくれたなら、あの時私を気にしてくれたなら、あの時私を心配してくれたなら、あの時、私に笑いかけてくれたなら、




 彼女の悲痛な叫びは、うるさかったセミを掻き消し、私の全てに上書きしていく。




 どうして私を見てくれないの、どうして私に話しかけてくれないの、どうして私を気にしてくれないの、どうして私と何もなかったように過ごすの、どうして私と話す時笑ってくれないの、




 叫び、喉もかすれ嗚咽が酷くなる。ぎりぎりと私を絞める彼女の手は緩めることを知らない。




 君が全てをくれないなら、私になにもくれないのなら、君が私のモノになれば、君が




 日が傾き、部屋が赤に染まる。嗚呼、綺麗だ。ただそう想った。


 そのまま私は、全てを彼女に預けた。






 これは、私の生前の話。

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