悪意を積み上げる2
「この金貨は受け取れません」
「……は?」
商人が手にした金貨を突き返したが、渡した男は何を言っているのか理解できなかったようだ。
「……いいですか? よく見ていてください」
商人が小間使いに命じて秤を持ってこさせた。少々細工が施され見栄えが良いが、いたって普通の秤だ。
その秤の両方の皿に、自分の懐から出した金貨を乗せる。
当然、二つの重さは釣り合う。
「ま、まさか……」
先ほど金貨を渡した男の顔から血の気が引いた。
商人が片方の金貨を取り上げ、男の持っていた袋から無造作に一枚金貨を取り出し、置いた。
――カタンッ
秤の均衡が壊れた。
室内に、小さな音が響く。
商人の持ってきた本物の金貨の方へ、天秤は傾いた。
「……この件は私の胸の中にとどめておきますので、今後はどうかお気をつけくださいませ」
商人が小さく頭を下げ、部屋を出る。慌てて小間使いも付き従った。
男はしばらく自失していたが、すぐ隣に立っていた自分の部下へ命令を下した。
「お、おい! お前はいそいで宰相閣下と陛下の下へと走れ!!」
「――は、はっ!! なんとお伝えすれば……」
「そんなもの、決まっているだろう!!」
動揺をあらわにする部下に、男は少しだけ冷静さを取り戻した。
だが、冷静になったところで、ことの重大さは揺るぎはしない。
「『国庫の金貨が偽物にすり替えられていた』と、そうありのままにお伝えしろ!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お、恐れながら、申し上げます……」
宰相が書類を持つ手が震えていた。
あの後、信頼のできる者のみを集め、三日三晩の徹夜で国庫の金貨を確かめたのだ。
その結果を国王に報告するのがこの場である。他にも国家の重鎮が首を連ねていた。
なお、財務大臣だけはすでに牢屋に入れられ厳重に取り調べを受けつつ、処刑へのカウントダウンを待っている身だ。
「こ、国庫の……金貨、銀貨、大金貨などを……調べました、ところ……」
宰相の顔色は悪い。連日の徹夜がこたえたというのもあるが、目の前にある到底受け入れられない現実が重く心身に負担をかけているのだろう。
「およそ、……五割から六割ほどが、贋金にすり替えられておりました」
「…………はっ」
誰かの口からか、気の抜けた声がもれた。半ば笑っているようにも聞こえた。
だがそれも仕方のないことだろう。
国庫の半分、国家資産の半分がいきなり贋金に化けたのだ。
そんな報告、正常な精神では到底受け止めきれない。
軽い現実逃避のようなものだ。国王の眼前で喚き散らさないだけまだ理性的だ。
「な、なお、大金貨はほぼ全てが贋金に変えられており、金貨は二割程度。銀貨はほぼ手つかずだったそうです。
また、贋金は金を多量に含んでいて、金だけ分離させれば新たな金貨・大金貨の鋳造も可能と――」
「よい」
国王が宰相の言葉を止めた。
「それよりも、国庫の金貨をすり替えた手口についてと……」
苦々しげに顔を歪める。
「……今まで商人たちに支払った代金の中に、贋金が混ざっておらぬか。それの調査は進んでおるのか?」
商人への支払いに、贋金を使ったかどうか。
もしも支払った代金の中に贋金が混ざっていれば、国家の信頼そのものを揺るがしかねない。
対応が後手に回れば回るほど、手遅れになる。
「……た、ただいま、調査中でございます」
「……国内で贋金が出回っているかどうか、その調査は?」
「そ、それも調査中でございます」
「……そうか。慎重にこれにあたるように」
「ぎょ、御意にございます!!」
今にも平伏しそうな――あるいは倒れそうな顔色の宰相に、国王もそれ以上の追及をとどめた。
誰もが現状に危機感を抱いているのだがら、無理に厳しく追及する必要もないのだろう。
やろうと思えば人海戦術で一気に調査を進めることもできるが、民衆の耳に入ればどうなるか。
贋金が貨幣として使えないだけでなく、下手をすると所持しているだけで捕縛、処刑される場合もある。
そんなものが出回ったとなれば混乱は必至。
つい先日、ようやく召喚された勇者のお披露目が行われ、人心にようやく安寧がもたされたところだったのに、一転して不安と猜疑に駆られることになるだろう。
治安の悪化も想定される。対応はいくら細心の注意を重ねても足りない。
「で、では、次の案件でございますが」
宰相が一枚紙をめくる。
「次の財務大臣の任命と――贋金によって足りなくなった予算をどうやって補填するのか、早急な対応が必要となります」
というわけで、手始めに国庫の金を贋金に変えてみました
なんかここおかしいじゃない?とかつっこみがあったらどんどんお願いします
財務関係とかかなり適当に書いてます