動き出す悪意
街をうろつく。
この街は城を中心にして八方向に大通りがあり、それぞれに門とそれを繋ぐ城壁がある。どこに何の店があるのかはまだ把握できていない。
適当に目についた酒場に入った。
「いらっしゃい、注文は?」
「ここは食事も出るのか?」
「ああ、簡単なのなら出せるぞ」
「じゃあ、適当に持ってきてくれ。飲み物は水か、なけりゃ軽めの酒で。まだ仕事が残っているんだよ」
「昼から酒場に入っているわりには仕事熱心なんだな」
「なに、少しくらいは命の洗濯ってやつさ」
城で少しつまんでいたが、説法を聞いている間に小腹が空いていたので軽食も一緒に頼むことにした。
ぬるめの水を飲みつつ料理が出来上がるのを待つ。出てきたサンドイッチはまあまあ普通の味だった。
「ごちそうさん。ところで一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
少し声をひそめる。真昼間なので客入りは少ないが、あまり人に聞かれたくない話だというアピールだ。
酒場の主人もそれを察して身をよせてくれた。
「この辺で奴隷とか欲しいと思ったらどこいけばいい? 亜人や獣人の」
「……ああ、それが仕――いや。奴隷と一言に言ってもいろいろあるが、どういうのがいいんだ? 安ければいいのか、綺麗どころがいいのか」
なるほど、用途によって扱っている奴隷もいろいろあるのか。
今考えているのに必要な奴隷だと――。
「ちょっと高くてもいいから、手に職を持っている連中がほしいんだ」
「ふむ……なら、北区の《赤錆の鎖》という店が評判がいいらしいな。場所は向こうで聞け」
「そっか、ありがとう。じゃ、お勘定お願い」
「そうだな……銀一枚ってところだ」
「助かったよ。じゃね」
テーブルの上に銀貨を二枚置く。
「まいどあり、またのお越しを」
「時間ができたら寄るよ」
ひらひらと手を振りながら、酒場を後にする。
「さて、他にも何軒か回って聞き込みをするか。でも、奴隷は普通に商売として扱っているみたいだから、手軽に買えるのは便利だな」
その後も酒場や食堂で同じようなことを聞いてみたり、屋台のおっさんに買い食いのついでを装って世間話をしてみたりと、情報収集に努めた。
「……食い過ぎた。きもちわるい……」
そこそこの値段だがセキュリティのしっかりしているという宿屋に部屋を取り、休み。
情報メインとはいえ買わずに話だけ聞くのも怪しいから食いまくっていたら、限界を盛大にオーバーしてしまったようだった。
「あ゛。……屋台の買い物、その場で食わずに異空間にしまっておけば良かったんじゃ……」
今更気が付いた、失敗したわ……次からそうしよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
奴隷商の店に顔を出す。
あちこちで聞き込みをしたが、最初の酒場で聞いた《赤錆の鎖》という店がおすすめらしい。
北区でちょっと買い食いしつつ店の場所を聞いて回ったところ、北の主要道から少し奥に入った場所にかなり大きな店舗を構えていた。
隣の店と比べると四、五軒は入りそうな大きさだ。
石造りの歴史を感じさせる建築で、重厚な分厚い木の扉の前に鎧を来た従業員らしい男が二人立っている。
「ここ、《赤錆の鎖》であってます?」
「ええ、あってますよ」
話しかけると、ある程度慣れた感じで対応された。だが、視線は強く、俺の服や懐、腰などを注意深く観察されているのがわかった。
多分、俺が金を持っているのか、あるいは武器などを持ち込まないかチェックしているのだろう。
これも昨日聞いた話だが亜人や獣人を扱う奴隷商の店には、たまにテロリスト紛いの連中が押し寄せてくることがあるらしい。目の前の二人もそれを警戒しているのだろう。
舐められないように仕立て良さそうな高い服を用意してきてよかったと思う。
「中、もう開いています? それともまだ準備中ですか」
「いえ、開店していますよ。どうぞ」
扉を開けてもらい、中に入る。
店内はかなり広い部屋になっていて、奴隷の入った檻が所狭しに並べられていた。
入口側は獣人らしい。顔や腕が毛むくじゃらに奴隷が多い。
「猫耳か……男の猫耳とかどこに需要があるんだ?」
一番手前の檻には猫の獣人が入れられていた。恨みのこもった視線が飛んでくるが無視する。ちなみに女の猫耳獣人はいないようだった。残念。
獣人の次はドワーフ。その奥にはエルフ、という風に並んでいた。
「いらっしゃいませ、本日はどのような奴隷をお望みでございますか?」
壮年の男性が揉み手で出てきた。
やはり値踏みされているような視線を感じる。
「手先の器用な連中が欲しい。鍛冶と彫金、あるいは彫刻ができるといいな」
「鍛冶に彫金ですとドワーフがおすすめでございます。彫刻は木材ならやはりエルフに任せるのが一番かと」
「ドワーフとエルフって今いくらくらいなんだ?」
「そうですね……最近は仕入れの方も落ち着いてきましたし、魔族との戦争で人手も必要ですから。ドワーフは金貨七十枚。エルフは百枚からが相場でしょう」
「ふーん、でもそれって平均だろ? 実際に経験豊富で腕のいい奴は?」
「そうですね……例えば、当店で一番腕のいい鍛冶師はこちらのドワーフでございます」
そう言って一つの檻に案内をする。
中にはつまらなそうに無感情な目を向けるドワーフが座っていた。髭もじゃの男だ。
「このドワーフ、かつてドワーフたちの王国でも一番の腕を誇るという名工の下で修行をしておりました。
弟子たちの中でもかなりの技術の持ち主だったそうですが、名工から学ぶことはまだまだ多い、と独立を拒否していたそうでして。名はそれほど知られてはいませんが、腕の方は確かかと」
「ふーん……ちなみに、そのドワーフの名工っていうのは? この店にはいないんだろ?」
「残念ながら当店には……。かの名工でしたら国に買われ今は城にいる、と伝え聞いております」
「なるほど」
まあ、腕のいい鍛冶師なんて国から見たら抱え込みたいのは当然だよな。
今目の前にいる死んだ目をしたドワーフだって、本当にこの商人が言うくらいの腕なら国に持っていかれなかったのが奇跡みたいなものだろう。
「ちなみにこのドワーフでいくらなんだ?」
「はい、大金貨四十枚となります」
「大金貨四十枚か……ちなみに、二番目と三番目に腕のいい鍛冶師は?」
「それぞれ大金貨十枚、大金貨三枚になります」
「なるほど……」
大金貨は通常の金貨百枚分があるらしい。なので、一番腕のいいドワーフは金貨四千枚、他が金貨千枚、金貨三百枚、ということになる。
ちなみに、金貨一枚で大銀貨二枚分、大銀貨は銀貨十枚分とわかりにくい換金レートになっていて、買い物の時に多少困る。
銀貨一枚でだいたい一日分の生活費になり、金貨二枚で一か月暮らせるくらいだ。
「じゃあ、エルフの方も見せてくれ」
「はい、ではこちらへ」
案内されたのは少し皺の見えてきた、初老に入りかけの男エルフだった。
やはり年を取っている方が技術が高いらしい。
このエルフで大金貨五十枚。その次が大金貨三十枚と二十五枚だった。
「エルフの方が高いのは、その分腕がいいのが多いのか?」
「いえ、そういうわけではありません。エルフは人気があるので基本的な値段が高額なのです。美形な者が多いのでそちらでも需要がありますから」
「そうか……ドワーフもエルフも、思ったより高いな」
「こちらの勉強不足で申し訳ございません」
頭を下げる商人だが、あまり値下げしそうな印象はなかった。
まあ、俺も値下げ交渉でなんとかして少しでも値切ってやろう、という気持ちはないので、その辺も向こうはわかって振舞っているのかもしれないな。
「……ああ、獣人で護衛に向いている奴っているかな? あと、力が強くて重いものを運ぶのが得意な奴とか」
「それですと……獅子の獣人か熊の獣人がよろしいかと」
「ふうん、それも見たいけどいい?」
「はい、もちろんでございます」
商人に案内されて、獅子と熊の獣人というのも見た。
獅子の方は入口入ってすぐのところにいた猫耳の男だった。熊の獣人もやはり女ではなく、男だった。うすうすわかっていたがどうやらこの店は男ばかり扱っているみたいだ。女の奴隷は他の店が扱っているのだろう。少し残念だ。
「じゃ、俺が今日からお前らのご主人様だから、よろしく」
獅子の獣人は金貨三十枚、熊の獣人は金貨二十五枚だったが、結局即金で支払ってそのまま購入した。金貨五枚ほどまけてもらった。
「グルルルルル……」
「……」
獅子の獣人はずっと唸っているし、熊の獣人はぼけーっとして何を考えているのかわからない。
でも、奴隷の首輪のおかげで命令違反はしないらしい。
気を抜いて殺されたりしないように注意は必要だけど、いい手駒が手に入ったと思うことにしよう。