女神の教え
金銭の他に、こちらの世界の服やリュックなんかも適当にかっぱらっておいた。
縫製や生地が全然違うから日本の服だと目立ってしまうし、手荷物を何も持っていないというのも怪しいと思ったからだ。
問題は黒髪黒眼の黄色人種がどれだけいるのかという不安だったが、物陰から街中へ視線を飛ばしてみたところ、意外と黒髪の人間は多かった。
金や赤や茶色の髪の白人系の顔の人間が一番多いが、パッと見では日本人に見えなくもない人間も一定数はいた。
「こっちはエルフやドワーフや獣人なんてのもいるんだな」
人間たちの街だからか、そこまで数は多くないがエルフや獣人らの姿も確認できた。
「あれは、首輪か?」
今まで見た限りでは全員の首に首輪がついていた。
主人の後を追うように歩くさまはまるで奴隷のようだ。
「奴隷……そうか、そういうのもあるのか?」
日本ではないのだから、奴隷制度もあるのかもしれない。
色々と思うところはあるが、そろそろ実際に街に歩いてみよう。
一応フード付きのコートで顔を隠しながら、街を歩いてみた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「女神様はさまざまな種をこの地上に御創りになられました」
西洋風の教会の奥に巨大な女神像が置かれていた。
ステンドグラスから差し込む光に彩られ、神秘的な雰囲気をたたえていた。
「魔族、エルフ、ドワーフ、獣人たち。そして私たち人間です」
神父らしき初老の男性が説法を行っていたので、ちょうどいい機会だと中に入って話を聞いてみた。
「女神様は我ら人間を愛し、こう仰りました。『この地の全てを貴方たちに与えましょう。この地は貴方たちのもの、貴方たちこそこの世界の主人である』と」
……おおう。
「また、女神様はそれまでに創った魔族、エルフ、ドワーフ、獣人にこう仰りました。『人間は私のいとし子。人間に仕え、奉仕し、その身を捧げなさい。彼らはあなたたちの主人である』と」
……マジかよ。
「ですが、魔族を筆頭に、彼らは女神様の教えに背き、傲慢にも私たち人間に牙を剥いたのです。『我らが先に地に生まれた。故にこの地は我らの物。人は我らの住まぬ土地の主人となればよい』と」
言っていること真っ当だと思うんだけど、どこが傲慢なの?
「魔族らの牙にかかった我らを嘆き悲しんだ女神様は、その慈愛の心をもって救世主を与えてくださいました。そう、勇者様です」
あー、ここで勇者が出てくるのか。
「我々は今までの長き戦いの歴史で常に勝利を手にしてまいりました。これは我々人間の弛まぬ努力と、そして何よりも、女神様の慈悲と慈愛の証であられる勇者様がいらっしゃったからこそなのです!」
……んん?
「これまで勇者様とともに獣人・ドワーフ・エルフを打倒し、我らが主人であるという女神様の御心を教えてきたように! 今代の勇者様とともに、ついに宿敵に魔族を打倒し、我々人間がこの世界の真の主人なのだと示すことができるでしょう!!」
つまり、今までの他人種との戦争は全部勇者頼りで勝利をしてきた。
そして、戦争で負かした相手を奴隷として使役しているということか。
「勇者様がいらっしゃる限り、そして女神様の寵愛があられる限り、我々人間は負けません! 全ては女神様の慈悲と慈愛なのです!!」
「慈悲深き女神様に感謝を!!」
「我らが偉大なる女神様に感謝を!!」
「ありがとうございます、女神様!!」
説法が一区切りついたのか、聞いていた信者たちが拍手をしながらスタンディングオベレーションで叫んでいた。
誰も彼もが女神を讃え、感謝をしていた。
「自分が創ったものなのに、人間だけに依怙贔屓をして、他の種族をないがしろにする、か」
あまりに人間たちに都合のいい宗教だ。普通なら人間が勝手に改竄した、とか考えるものなのだが……。
あの女神ならやりそうだ、と思えてしまうのが怖いところだ。
「まあ、この世界のことが少しだけわかったから十分だな」
女神の真実はともあれ、人間たちがそう考えて行動している、というがわかったのは大きな収穫だった。
今後も街で情報を集めるつもりだが、朧げながら今後の方針が見えてきた気がした。
「さーて、どう料理をするかな……ふふふ」