悪意の神
注意:主人公自重しません、好きにやります
クールでダークな主人公が素敵!方は次の更新までお待ちください
白い空間に立っている。
以前も来たことのある場所。
女神の棲家だ。
「***********!!!」
目の前で何かを叫んでいる女がいる。
たぶん、美人なのだろう。
大人しくていたら清楚とか気品があるとか、そういうイメージを抱くかもしれない。
世間知らずの箱入り娘、という感じかもしれないが。
「***********!!!」
そんな女が顔を真っ赤にして必死に何かを叫んでいた。
涙目だ。
鬼気迫るものがある。
「***********!!!」
それを、何もリアクションを返さず、ただ見つめる。
自分に向かって何かを言われている、というのはわかる。
だが、何を言っているのかわからない。
現実感が希薄だ。
画面の向こう側の存在に、言葉を返そうという気にはなれなかった。
「…………!? …………!」
――あ、やっと静かになったな。
ようやく気がついたのか。
《膜》を解除して、女――女神と向かい合う。
現実が戻ってくる。
白に染まった空間に、しっかりと自分の足で立つ。
さあ、《最後の対面》といこうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「久しぶりだな、メガミサマ」
「あ、*********!!!! ……!?」
返事をした途端、また何か叫びだしそうだったので《膜》を張った。
女のヒステリーに付き合う気はない。
それを察したようで、涙を浮かべながら女神が大人しくなる。《膜》を解除した。
「……あ、あなた、どうしてこんなことをするの? 同じ人間なのに、なんで、こんな……!」
「復讐だよ」
どうして?と聞かれたら答えは一つ。
復讐の為。
同じ人間なのに、なんで殺したの?と聞かれたら答えは一つ。
復讐の為。
まあ、あの世界の連中を俺は同じ人間だと思っていないけど。
「復讐なら! それなら、あなたの、あなたと関係のない人たちを、なんで、こんな苦しめて殺したのよ!!」
血を吐くような、魂切れるような叫び。
この女が人間たちをどれだけ愛していたのか。
その全てを理解することなどできないが、やはり女にとっては大切なものだったらしい。
「せめて、せめて……あの、国王とか、宰相とか、メイドとか……それくらいでしょう? 罪のない子供たちや、日々を平和に暮らす人々をなんで巻き込んだの、なんで皆殺したの!?」
「考えたんだよ」
そう、考えた。
最初の日に、俺は考えた。
あの物置の中で、世界から切り離された場所で、今のこの状況は誰のせいなのかを必死に考えた。
王様? 当然憎いさ。今頃は病床から起き上がることもなく殺されている頃だろうけど。
宰相? もちろん憎いさ。とっくに拷問の末に処刑されているけど。
メイド? 憎くないはずがない。俺を逃がした責任を取らされて首になったけどな。
だけど、そういったすべての元凶。
この世界を、人間を、思想を築いてきた存在。
「俺の復讐相手は、メガミ。お前一人だ」
他の存在はすべてただの道具に過ぎない。
俺が見据えていたのは、常に目の前の女神ただ一人だった。
「私一人……? なら、なんで、他の子たちを……!!」
「お前を苦しめる為。今そうして嘆き悲しんでいるように、お前をただただ苦しませるために、あの世界の全ての人間を利用させてもらった」
人間は女神の道具に過ぎない。
そして、道具を憎む人間なんていない。
憎むのは、道具を用いて危害を加えてきた相手だ。
「あ、あ、あああああぁぁぁぁ……」
膝から崩れ落ち、涙をこぼす。
「あなたは、悪魔だわ……どうしてそんなことができるの? ……可哀想だって、あの子たちを殺すことに、罪悪感を覚えないの? あの子たちは本当はとっても優しい子だったのに……どうして理解してあげないの……?」
「罪悪感なら多少は抱いたよ。皆殺しも止めようかと悩んだ」
「なら――っ!!」
「だが」
悩んで、考えて、気がついた。
「俺は、気がついたんだ。気がついてしまったんだ。
――そうか、この世界は、女神の作った劇なんだ、と。
仮初の、作り物の世界なんだ、と」
「………………………………………………………………え?」
「だからさ。お前が作った世界は、全て作りもので、偽物で、あそこに生きている人間たちも、全部偽物なんだって俺は気がついちゃったんだよ」
女神が世界を作って。
女神が人間や亜人たちを作って。
女神が描いた通りに戦って。
女神の望みの通りの、人間たちが世界を支配しようとする。
脚本家の書いた脚本に沿って、すべての登場人物が予定調和で演じているだけの、醜悪な劇。
それが、あの世界の真実の姿だったのだ。
「な。……な、……にを……言って、いるの……?」
地べたで震えながら、女神が俺を見上げる。
その目にははっきりと怯えの色が見えた。
――ああ、とても気持ちがいい。
「これは劇なんだと、俺は気がついた。
《勇者》はたまたまスカウトされた主役で、《聖女》や《聖騎士》、《大魔導士》は他のキャスト。
仲間たちと力を合わせてさまざまな苦労を乗り越え、最後に《魔王》を倒してハッピーエンドを迎える。めでたしめでたし。
そんな劇に紛れ込んだ異物が、俺だった。
本来の脚本家が書いたストーリーには登場しない人物。
予期せぬアクシデント。
そこでお前は急きょ台本を書き換えて、無理やり《役》を一つ用意したんだろう?
《勇者のふくろ》。
本来は勇者に与えられるだけの《小道具》に、むりやり俺を当てはめた。
だから、あの世界の連中は俺を道具として扱ったんだ。
俺は人間でないという脚本だったからだ!!!」
「違う! 何を言っているの!? そんな、そんな脚本なんか私は……書いていないわ!!」
女神がなにか叫んでいるが、今の俺は最高に気分がいい。
「俺は気がついた。
俺は道具だった。
だが、道具に過ぎた力を持っていた。
女神の書いた脚本をぶっ壊せるだけの力がある。
そう、そうなんだよ!!
俺は――俺は、神だ!! 俺は脚本家だと気がついたんだ!!!
ただの道具ではない、舞台の、世界の、物語を左右する、超越的な存在。
《機械仕掛けの神》!
ありとあらゆる脚本を、伏線を、物語を破壊し、新たに創造する神!!
それが俺だ!!!」
あの瞬間の、圧倒的な全能感。
望めば世界の全てを破壊し、皆殺しにし、滅ぼすことのできる力。
「そうして、俺は決めたんだ。
《前の脚本家》の描いた台本を破壊する。
そして、創りだしたものを。
築き上げてきたものを。
愛したものを。
その全てを壊し、殺し、引きずり倒してぶちまけて踏み砕いて踏みにじって――最高の《復讐劇》を、観客に届けてやろうと決めたんだ!!!」
楽しかった。
とても楽しかった。
この劇を見ているだろう女神は、今どんな顔をしているのだろうかと考えると夜も眠れないほど興奮した。
「罪悪感? 無実の人々?
ああ、そうだな。
そういう《役者》を殺すのは多少気が咎めたけどね!
これはそういう《劇》なんだ、死ぬのは必要なことなんだよ!
観客に絶望を与えるために必要な《舞台装置》なんだよ!!
――女神は、劇の役者が死んだら罪悪感を抱くのか? それが答えだ」
「……………………」
抜け殻のような女が一人。
ただ、涙を流してした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……………………す」
どれだけの時間が経ったのか。
「……………………殺す! 殺してやる!!」
女神が立ち上がった。
憤怒に顔を歪めた、鬼女の形相。
「いいや、殺すだけでは飽き足らない!! お前に永遠の苦しみを味あわせてやる!!!」
女神が力を集める。
両手の間に、魂が凍えそうなほど禍々しい力が集まっていく。
「ああ、やはりここはそういう空間なのか」
女神がどうしてあの世界に介入してこなかったのか。
俺があの物置から逃げ出した時。
俺が贋金を作って国庫の金とすり替えた時。
南方で食糧を巻き上げ、商人の流入を潰した時。
北方で砦の物資に工作をして、魔族の襲撃を招いた時。
世界中で反乱の火をつけてまわった時。
いつでも介入をするチャンスはあった。
だが、この女神が介入してきたのは最後の最後。
本当に人間たちが絶滅しかけた瞬間。
しかも、介入の仕方がただ聖女に語りかけるだけ、というもの。
――この女神は、あの世界に干渉できない。
あるいは、干渉するのに重い制限がかかっている。
俺はそう推測していたし、あながち間違いではないだろう。
つまり『女神はこの白い世界でしか、本来の実力を発揮できない』のだ。
そして、女神は自発的に誰かをこの白い空間に招くこともできない。
一回目は、王国の魔法使いたちが行った《召喚魔法》。
二回目は、宝珠の力を使った俺の《転移魔法》。
『世界間を移動する魔法が行われた時に、便乗してこの白い世界に招いている』。
『この白い世界を訪れた人間に、勇者と呼ばれるのに相応しい強力な加護を与えている』。
これが女神の行動パターンだ。
《聖女》らにも加護を与えているが、あれらは《勇者》よりも弱い加護しか与えられていない。
白い世界とあちらの世界で、与えられる加護に何かしらの制限が入るのだろう。
長々と考察を書いたが、つまりは何が言いたいかと言うと。
「女神様」
「……なに? 今更許しを乞いても遅いわよ。何百年かかってでも死んでいったあの子たち全員と同じ死に方をプレゼントしてあげるわ」
怒りに腸が煮えくり返っているだろうに、それでも律儀に俺の話を聞いてくれるようだ。
「私の復讐劇は以上で終わりとなります。
長い間、お付き合いいただき、誠にありがとうございました」
深々と頭を下げる。感触を確かめる。――いける。
「それでは、これにて閉幕と致します! 御機嫌よう!!」
――《世界転移》
俺は元の世界に戻ってきた。
久しぶりの自分のベッドでぐっすりと寝た。
どんな極上のベッドよりも、現実の世界で寝る自分のベッドが最高だ。
ネタバレ:
主人公が一番クレイジー。間違いない
次回、エピローグ




