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力ある悪意

 散らかしたものを片付けることなく、メイドは部屋を出ていった。


 …………。


 しばらく経ったが、誰も来なかった。

 動くものはなかった。


 静かだ。

 何も聞こえない。

 触れているシーツの感触もどこか遠く、世界から俺と言う存在が切り離されているみたいだった。


「……はぁ」


 あいつらが目の前から姿を消して、少しだけ落ち着けた気がする。

 張りつめていたものが、緩む。

 軽く身動きをした。


 ――ツツツッ


「――え?」


 被っていたシーツを見て、目を疑った。

 布でできたシーツの上を、スープが染み込むことなく滑っていく。ビニールの上に水をこぼした時みたいだ。

 そのまま端までたどり着くと、スープは石の床に落ちて染み込んでいった。


 明らかな異常事態だった。

 スープの通った箇所を触れてみても、まったく濡れた感触がしない。


「……そうだ、他の物は?」


 足元に転がっていたパンに手を伸ばした。


 ――パシンッ!!


 何かが弾ける感覚がした。


 そして、一気に世界が押し寄せてきた。


 どこからか聞こえてくる足音に、何を言っているのか聞き取れないが話し声らしきもの。

 埃っぽさとスープの香りが混じったなんとも言えない匂い。

 触れているシーツの麻のような感触。

 手に持ったパンの固さと重さ。


 何かが切り替わったかのように、一瞬で現実味が戻ってきた。


「……俺、やっぱり何かおかしいのか?」


 先ほどまで全く感じていなかったこれからの感覚に、異常な何かを感じた。



「……いや、ちょっと待てよ?」


 異常。確かに、通常ではありえない感覚だった。

 だが、あれと似たような感覚を、俺はつい最近感じていた。


 冷静になって、もう一度状況を整理する。

 ここに来る前の最後の記憶を思い出す。


「……そうだ。確か俺は夕方の駅のホームで電車を待っていた」


 大学の授業が終わって、帰宅する途中だった。

 俺の目の前に高校生が――そうだ、勇者に選ばれたあの少年が立っていた。

 そして、そろそろ電車がホームに入って来るかと思った時、いきなり目の前が真っ白になったんだ。

 俺は真っ白な空間に横たわっていて……身動き一つできなかった……気がする。



『あら? 間違えて二人来ちゃったみたいね』



 真っ白な空間で、何かと出会った。

 女――だった気がする。

 顔も声もよく覚えていない。

 ただ、俺じゃないもう一人の方を見て、とても喜んでいた。

 そして、俺を見て、落胆して……何かをしていた。



 気が付くと俺と少年は広いホールのような部屋に描かれた魔法陣の上に立っていた。

 混乱していた俺たちはローブを来た偉そうなおっさんに急かされて、謁見の間に連れていかれ、国王と話をしたんだ。


 あの白い空間。

 現実味がなくて、すべてがあやふやになっていたような感覚。

 あの時の感覚と少しだけ似ていた気がする。


「……《ステータス》」


 再び、《ステータス》とやらを出してみる。

 見るのはスキル。

 【時空魔法(Lv☆)】


「……もしかして、これか?」


 自分と世界を隔てる、薄い膜のようなイメージ。


 ――あいつらに、女神の狂信者どもに関わりたくない、あの声を聞きたくもない、そう強く願った時の感情を思い出す



「……あ」


 音が、匂いが、感触が――消えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「凄いな……」


 音を消す魔法以外にも試せば色々なことができた。


 例えば、部屋の中に転がっている物を異空間?に収納したり、それを好きに取り出せたり。

 空間を飛び越えて遠くの場所の物事を見たり。

 調理場から美味しそうな料理を取ってきたり。

 【魔力感知】のスキルと一緒に使用すると空間内の魔力の反応――人間や魔導具、それに多分だけど魔法を使った罠なんかも感知できたりした。


 誰にも知られず、様々な場所に入り込み、何でも手に入れることができる。

 それが俺に与えられた能力だった。


「これが金貨か、小さいのに意外と重いんだな」


 宝物庫らしき場所に視界を飛ばし、そこから金貨を一枚拝借した。

 見てもどんな種類なのかまではわからないが、どうやら宝物庫内には罠が仕掛けられているらしい。

 なので、中に踏み込むような迂闊なことはしないで、直接金貨を手元に取り寄せてみたわけだ。

 実験は成功。

 誰も金貨が盗まれたことに気がつかず、俺の魔法に気が付いていなかった。


 他にも色々と取り寄せた品物と一緒に、金貨を異空間にしまう。

 本当に容量無限でなんでも入るらしい。

 他にも物を取り寄せたり、遠距離を移動できたり、時空魔法はすごく便利だ。


「だから、俺を《勇者のふくろ》にした。この魔法が勇者の支援をするのに最適だと、あの女神は考えたんだろうな。…………反吐が出る」


 どこまでも勇者本位に、自分たち本位に考える、女神やその狂信者ども。

 いや、そもそも、魔族に滅ぼされそうだからという理由で《他の世界の住人おれ》にまで迷惑をかけて、何も思っていないこの世界、そこに住まう住人たちそのものが。



 ――憎い。

 こんな世界、滅びればいい。



 もしも、俺を巻き込んだことを一言でも詫びていれば。

 俺に対し罪悪感を抱いて誠意ある対応をしていれば。

 俺を元の世界に戻すために何らかの動きを見せてくれれば、こうまで思わなかったかもしれない。


 だが、そんなものはなかった。そんな者はいなかった。

 ただの道具として、ハズレとして、俺を抑えつけ、否定して、ただ利用することだけ、搾取することだけを考えている。



 こんな世界は、滅びればいい。



 ――こんな世界、滅ぼしてやる。




 メイドが不味い食事を手に訪れた時、俺は鍵のかかった物置からすでに姿を消していた。

こんな世界を滅ぼしてやるぜー!汚物は消毒だー!


……というわけで、次回から暴走を始めます

でも直接的な手段はまだ取りません

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