悪意を撃ち込もう2
再び矢が撃ち込まれた。
広場から少し離れて待機していた騎士たちに向かって飛ぶ。
「っ、あの建物か!!」
距離があったその矢を、難なく弾き返して騎士が駆け出す。
呆然としている村人たちの間を通り抜け、警戒しながら矢が飛んできた建物の裏へ回った。
「あ……ああ……」
騎士が覗き込むと、一人の男が地面に腰をついて震えていた。
その手にはまだ弓が握られていた。
「お前が……、お前が先ほどの矢を放ったのか!!」
「ち、ちが……俺じゃ……」
「死ね、この背教者めっ!!」
騎士が剣を振り上げた。
――ヒュッ
その瞬間、短い風切り音と共に背後から飛来した矢が、鎧を貫いて心臓に突き刺さった。
「……ば、かな……」
倒れながら振り返ると、そこにも一人の村人が立っていた。
弓を手に持ち、崩れ落ちた騎士の姿を見つめてなぜか唖然とした表情を浮かべていた。
「――総員、抜剣! 戦闘用意!!」
二人目の隊員が殺され、ようやく騎士たちが動き出す。
剣を手に広場の村人たちを制圧しようと足を踏み出し、
――ヒュッヒュッヒュンッ
雨のように降ってきた矢に、足を止める。
「盾を構えろ! 射手がまだ潜んでいるぞ!!」
「みんな、剣を拾え! 剣を拾うんだ! このままじゃ騎士どもに殺されるぞ! 早く剣を拾うんだ!!!」
騎士たちの隊長と、どこからか聞こえてくる射手の怒鳴り声が場を包む。
その迫力につられたように、広場の村人たちも足元に転がる武器へと手を伸ばした。
「――っ!? ま、待て、お前た――」
「騎士が来るぞ! 構えろ!!」
「弓矢への注意を怠るな! いくぞ、総員突撃!!」
村長の制止を振り切り、広場で二つの勢力がぶつかった。
――しばらく後、広場を制したのは村人たちだった。
切り殺された村人は多かったが、それ以上の騎士が矢に射られて死んでいた。
騎士たちのうち、幾人かの討ち漏らしは馬に跨り街道を駆けて行ってしまった。
本隊に報告をするためだ。
南部で反乱が発生した、と。
「お疲れ、弓の方も腕がいいんだな」
「いえ、これも主様あっての戦果ですよ」
エルイチが弓矢を持ったエルフたちを率いて戻ってきた。
「居場所を特定されることなく自由に移動ができる。主殿の魔法は本当に敵に回すと悪夢としか思えませんね」
どこにいるのかわからない、姿の見えない射手からの精密射撃。
安全な南方の徴税任務に回されているような未熟な騎士では、自分に向かって来る矢を察して避けることなどできるはずもない。
「悪夢? まあ、悪夢かな?」
騎士たちと村人たちの死体を前に、何をするでもなく突っ立っているだけの村人たち。
「これから南部に鎮圧軍が押し寄せるだろうから」
血まみれで横たわる村長。
肩から腰へと大きく切り裂かれている。
「人間同士の殺し合い……これ以上の悪夢を見ることなく死ねたのなら、幸運なのかもしれないな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
南部の反乱は王国の上層部が予想していた以上に長引くことになった。
南部の反乱軍には俺が手持ちから放出した潤沢な物資による補給と、解放奴隷による獣人たちの影からの援護がある。
それらによって意図的に戦力の拮抗状態を演出した。
途中、何度も降伏や和睦の使者が両陣営から出されたが、それらの使者は相手の陣営にたどり着く前に自軍の駐屯地の前で死体になって発見された。
また、本隊への夜襲や奇襲も幾度も行われ、その度に多くの血が流れ、憎しみがつのった。
南方の鎮圧にてこずった王国は、さらなる戦力の投入を決定する。
東西から徴兵を行い、エルフ奴隷とドワーフ奴隷を戦線に投入しようとした。
だが、人間の主に命じられたエルフ奴隷とドワーフ奴隷による、王国の使者の殺害事件が発生。
亜人奴隷による似たような事件が東西の各地で発生し、東西は一気に緊張状態に突入し、着火した。
戦火に包まれた東西にも鎮圧部隊が投入されることとなる。
――言うまでもないだろうが、行方不明の使者は獣人たちの仕業であり、本隊への奇襲や夜襲も獣人たちが率先して行っている。
東西での奴隷を使った王国の使者殺害事件は、俺が壊した首輪をそのまま着用させて、命令に従っている振りをしていた奴隷たちが起こしたものだ。
使者殺害後に主従諸共に姿を隠したが、主人の方はどれだけ探してもみつかることはないだろう。
南、東、西。
三方で巻き起こっている戦乱によって、人も物資もどんどん消耗していく。
当然のことながら、北の魔族との戦いは一気に人間たちの劣勢に転じた。
大陸中が戦乱の炎に包まれたのだ。
ついに南部に食糧放出、残念ですが今の私にはこれくらいが限界です
あんまり飢えさせると戦争できないから仕方ないよね




