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悪意を撃ち込もう

 王国の宰相と財務大臣を兼任していたおっさんは首になった。物理的に。

 最期まで見ていなかったが、拷問の末に断頭台の露となった。死の瞬間まで無罪を主張していたらしい。


 国庫から持ち出された多額の金貨と、宰相個人が保有していたはずの財産。


 それらをどこに隠したのか、徹底的に捜索が行われ一族郎党も処刑された。一部の親族は宰相への拷問に利用されたらしい。

 そうした激しい拷問によって死刑を執行される時には宰相の心はほとんど壊れていたらしいが、完全に壊れなかった理由は本人の精神力などではなく、拷問官の技術と経験によるものだろうと王宮に潜り込ませた奴隷が報告していた。

 まあ、とりあえず有終の美を盛大に飾ったようだ。

 もちろん、国庫から持ち出した金貨や前宰相の財産は俺の手元にあって有効利用させてもらっている。



「ご、ご報告申し上げます――」


 前宰相の後任を任された青年が緊張した声で国王に報告をしていた。

 黙って聞いている国王は、目のクマも深く、一気に十も二十も年老いたように見えた。白髪も混じっていてどうやら苦労しているらしい。


「――以上でございます」


「……そうか」


 北の最前線の砦の戦況報告と、その後に続く撤退戦。

 生き残ったのは勇者を中心とした数十名だけ、他はみな魔族の執拗な襲撃によって命を散らした。


「他の砦の物資も確認したところ、同じようにすり替えられていたものが多く……食糧庫に、火を放たれたという報告も多数上がってきております」


「……内通者、いや、裏切者か?」


「恐らく」


 一つの砦の物資を入れ替えるだけでも大変な労力と時間を伴う。

 それを他の砦でも行ったとなると、軍の上層部、あるいは王国の首脳陣の手回しが必要となる。

 現場の指揮官程度の裁量では不可能だ。


「おそらく、国庫のすり替えも同じ者だろう。まだ容疑者は絞れぬのか?」


「……申し訳ございません」


「……よい、お前にも苦労をかける」


「陛下……」


 二人がどういう付き合いなのかは知らないが、目と目で見つめあってなんとなくいい感じである。

 うん、本当にどういうお付き合いなんだろうね。知りたくもないけど。


「ゴホン。それで、商人たちの方はどうだ?」


「そちらも芳しくはありません。やはり、支払いに贋金が混ざっていたことで慎重になっているらしく、戦時国債の売り上げも低迷したままです」


 贋金の件はまだ尾を引いているようだ。

 新金貨の発行には踏み入っていないが、このダメージからはしばらく立ち直れないだろう。


「しかし、どうにかして物資の補充を行なわければ魔族の軍勢には勝てません。

 食糧、医療、武器防具。早急に揃えて前線に送る必要があります」


「本来なら商人に命じて手配させれば良いものを……。こうなっては国庫にいくら金塊が積みあがろうと、無用の長物にしか思えぬ」


 贋金は比較的金の比重が高いので、溶かせばすぐに純金に戻せる。

 だが、それを扱ってもらえるだけの信用がない。


「商人から徴収するか、平民たちから徴税を行うか……どう思う?」


「……商人たちの王国への信用は、すでにかなり悪化しております。

 ここは新たに『勇者税』を導入して平民から徴税を行う方がよろしいかと。前回の徴税の際も素直に応じたと報告があります」


「ふむ……なるほどのう」


 平民たちからの『勇者税』への反応が好感触であったことも確かだが、商人たちから無理やり物資を取り上げて敵対されるのも困る。

 高価な商品を扱う商人たちは必ず護衛の獣人奴隷を有している。その戦力は馬鹿にならないからだ。


 少しだけ考えたようだが、国王は宰相の提案を取り入れることに決めたようだ。


「再び『勇者税』を徴税すると公布せよ。なお、金銭での支払いは不可、物納に限るとな」


「はっ。ただちに行います」


 一礼し、新宰相が出ていく。

 国王は気が抜けたのか背もたれにだらしなくよりかかり、深く長い溜息をついた。


 きっと疲れているから判断力が低下しているのだろう。

 国王の重責が彼の双肩にかかっているのだ、最期・・まで頑張ってほしいところだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「『勇者税』である! 北の戦線で身を挺して戦ってくださっている勇者様へ、少しでも支援を行うための税である!! 我々には勇者様の奮闘に応える義務がある!!」


 いつか見た青年騎士が、村の中央で声を張り上げている。

 その周りに居並ぶ村民は、それを呆然とした顔つきで聞いていた。


 再び行われた徴税に対し、怒っているのか?

 それとも魔族と今も戦っているだろう勇者の為、女神様の与えた試練を乗り越える為に、必死に内心を隠して耐えているのだろうか。


 どちらでもない。彼らは青年の言葉を理解するだけの余裕がないのだ。

 空腹で頭が働いていない。ただなんとなく集まって、目の前で必死に叫ぶ青年の姿をぼんやりと眺めているだけだ。


 村の食糧はほとんど尽きていた。

 人間の行動範囲内で手に入りそうな食糧はほとんど食べ尽くされ、村に近寄る獣たちは狩りつくされた。

 これを行ったのはこの村にいた元獣人奴隷たちだ。

 自由になった瞬間に今にも村を襲おうとしていた彼らを、俺が止めた。


 『殺すは簡単だ。だが、そんな簡単に楽にしてやっていいのか?』


 ろくな食べ物も衣服も与えられず、休む間もなく重労働を課せられ、怪我をしても治療など受けることができない。

 そんな屈辱の日々。悪夢のような生活。

 その復讐を、たった一瞬で叶えてしまっていいのだろうか?


 俺はそう囁いただけ。

 実行に移したのは彼らだ。

 積もり積もった悪意うらみが彼らを動かしているのだ。


「では、今から徴税を行う! ただちに食糧を持ってくるように!!」


「お、おまち、おまちください……」


 村長がよろよろと歩み寄る。


「む。どうした」


「どうか、どうか御慈悲を……今この村には、まともな食糧などないのですじゃ……我らも命を繋ぐだけで精いっぱいで……」


 地べたに這いつくばる老人の腕は枯れ木のように細い。

 他の村民たちも頬がこけ、あばらが浮き上がっているありさまだ。


「それは……しかし、この徴税は勇者様の為に……」


「では、では、子供たちを……あの子たちを、税の代わりに……」


 泣きわめく力すら残っていない、幼子たちを税の代わりにしようとする。

 口減らしである。

 そして、せめて幼子だけでもこの村から出そうという、大人たちの思いである。


 だが。


「……今回の徴税は物納のみが認められる。人は認めていない。

 また、その子らを預かって金銭を支払う商人は同行していないし、金銭の受け取りも認めていない」


 今まで通りならば徴税に同行するはずの人買い、奴隷商人の類が今回は都合がつかなかった。

 商人たちと王国との関係の悪化が原因であるが、それが巡り巡ってツケがきた。


「そ、そんな……」


 がくりと、倒れそうになる村長。


「ああ、女神様……どうか、どうか我らに救いを……」


 その悲痛な様子に、青年騎士が何か声をかけようとした。



 ――ヒュッ



「…………?」


 言葉が出ない。

 しばらく口を動かした後、驚いた顔でゆっくりと前のめりに倒れこんだ。


 彼の喉からは一本の矢が生えていた。



「――これ以上『勇者税』を払ったら死んじまうぞ!! 死にたくなければ剣を取れ!! こいつらをぶっ殺せ!!!」


 唖然としていた村人たちの前に、どこからか剣が降ってきた……。

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