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女神の勇者たち

「エルフたちからの報告です」


 エルイチが穏やかな微笑みを浮かべて言う。


「南・西・東の食糧の買い占め工作ですが、狙い通りに高騰が起こっています。既に例年の五倍近い値段となっているそうです」


 例年の五倍とか生きていけるのか?

 食費がいきなり五倍。ハンバーガーが一つ五百円、セットで頼んだら二千五百円とかだぞ。

 そんなのいくら金があっても足りないわ。


「各地のドワーフたちからだがな」


 ドワイチが不機嫌そうな顔をしているが、こいつは元からこういう顔なので問題ない。多分。


なまくらばかり作らされて飽き飽きしているってよ。命令だから仕方ないがもっとマシな武器を打たせろと文句言ってるぜ」


 各地で鍛冶屋を買収して原価を割り込むくらいの値段で武器を売りまくっている。

 当然、時間のかかる鍛造たんぞうではなくて鋳造ちゅうぞうのナマクラばかり。武器の形をしたただの金属の塊だ。

 鍛冶にプライドを持っているドワーフたちからすれば面白くないかもしれんが、今はとにかく数を揃えてばら撒く方が先だ。

 ハンバーガーの例えじゃないが、それこそ百円もあれば剣が一本買えてしまうくらいの価格破壊を目指している。


「南の獣人たちからだ」


 シシオが素っ気なく告げる。


「この一週間で商人の馬車を五台襲撃。積み荷は奪って順調に獣人奴隷を解放しているらしい」


 南の獣人たちだが、これは村で奴隷としてこき使われていた獣人たちだ。

 大虎の騒ぎの時に村に戻らなかった奴隷がいたが、実はその奴隷たちは死んでいない。俺が隷属の首輪を破壊して解放したのだ。


 ただ、獣人たちは人間への恨みがそうとう深いので解放してやった俺にも恨みが向くかもしれない。

 そう思って今俺たちがいる隠れ家には連れてこられなかった。

 代わりに、あの地方を通る商人の馬車を襲い、各村に食糧が届かないようにしてもらっている。

 馬車の積み荷は彼らの物だし、護衛につけられていた獣人奴隷も生きていれば解放されて彼らの仲間になる。

 奴隷たちの主だったはずの商人がどうなったのかは聞いていない。聞くまでもないだろう。


「どうやら問題ないようだな」


 三人の顔を見渡すが、深刻なようすもなく計画は順調の様子だ。シシオだけ未だに苦み走った顔をしているが、こいつはおそらく一生このままだろう。働きさえすれば文句はない。


「連絡は密にして、何かあったらすぐに報告するように」


 一応、いつもの命令を与えるが、ここまでくれば大きな問題は起きないだろう。

 財務大臣の屋敷からパクってきた財宝の中に遠距離通信ができる魔導具などがあった。それを使って各地の奴隷や協力者たちと連絡が取れるので、何かあればすぐに対応ができる。


 ここまで来るのまでに、俺が心配していたのはただ一つ。

 火種が大きくなる前に国家が介入してきて火消をされることだ。

 だが、もう十分に火種は大きくなった。

 そして、国家の重鎮たちが気がつかない間に、彼らの足元にも火をつけることができた。

 目の前の問題に対処をしているうちに、気がつけば辺り一面火の海に化しているだろう。


「崩壊の日は近そうだ」


 引き金を引くのは誰か。

 それこそ、神のみぞ知る、だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 《勇者》に選ばれた少年が、荒野を馬車に乗って進んでいた。

 大陸中央の聖地でのお披露目や歓待のパーティーも終わり、ようやく最前線の砦へ向かっているのだ。


「もうすぐ冬なのに、どうしてこんな時期に呼ばれたんだろう?」


 馬車の外の景色を眺めていた少年は、不意にそんな疑問を口にした。


「さあ、私にはわかりません。ですがきっと、女神様の思し召しですわ」


 《聖女》の少女が答える。聖地につめる高位の神官の一族の娘で、純粋培養された生粋の女神信者だ。

 人間を導く慈悲深い偉大な女神の考えを自分などが理解するなどおこがましい、そう言った。


「雪が積もれば満足に行動ができません。今のうちに用意して春から進軍を行えということでしょうか」


 《聖騎士》の少女が手綱を握りながら会話に混ざる。

 このメンバーの中で一人だけ軍事をちゃんと学んでいるのだ。雪中行軍の無謀さもしっかりと学習していた。


「逆よ、逆。冬が来る前に倒せってことよ」


 《大魔導士》の少女は意気込みも露わにそう言った。

 自分の魔法ならばいかなる障壁も吹き飛ばせる。ドワーフとの戦争の際に伝え聞く先代の《大魔導士》の偉業に、自分もまた肩を並べるのだ。そう信じていた。


「うーん……まあ、とりあえず最前線の砦まで行って話を聞いてみようか」


 勇者の少年がまとめ、一行は退屈な馬車の中で益体もない話を始めた。



 もしもこの中に勇者の《ふくろ》――時空魔法の使い手がいたら。

 馬車なんて移動手段を使う必要もなく、一瞬で魔族の領域まで《転移》をすることができたはずだ。


 いや、《転移》ではなく《収納》だけでも構わない。

 豊富な物資と《聖女》の回復魔法にあかせて、危険な雪中行軍を敢行し、無防備な魔族の喉元へとたどり着くこともできただろう。


 だが、それはIFだ。もしもの話。起こりえなかった未来。




「……なあ、あの砦、煙が出てないか?」


 今、目の前に訪れる現実はただ一つしかない。

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