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悪意をばら撒こう3

「これが原因の虎だ。一応確認してくれ」


 男たちが森の奥へ消えた三日後。

 熊の獣人が巨大な虎の死体を担いで村に帰ってきた。

 体長は五メートル、体重で五百キログラムを下らないだろう。生まれた時からこの森で暮らしている村長もこれほど巨大な虎を見たのは初めてだった。


「ああ、巣には食い残しと思われるものがあったが……見るか? あとは腹をさばけば何か出てくるかもしれないが」


 手にしていたずた袋の中から布の切れ端や片方だけの靴、血まみれの千切れた首輪の破片などをばら撒く。身元を判明できそうなものや価値のありそうなものは一つもない。


「い、いや、結構ですじゃ」


 虎に襲われた犠牲者たちの遺品だろう。この村の人間に犠牲になったものはいない。奴隷が何人か死んだくらいだ。

 最初から大したものを持たせていないので遺品を漁ろうというつもりは欠片もなかった。


「それじゃあ、俺らはこれで失礼させてもらおう。商人たちには伝言をしておくからしばらく待っているんだな」


 そう言って男は止めておいた馬車に戻った。

 積み荷――特に今回の報酬として受け取った食糧などを確認し、抜けがないことを確かめるとさっさと村から出ていってしまう。

 大虎の死体とそれを持つ熊の獣人、そして男の護衛らしき獅子の獣人に威圧され、村人たちは人一言もしゃべることなく呆然と見送った。


「……こ、これで、助かった、のかのぉ……?」


 虎は退治した。問題は全て解決したはず。


 ――だが、本当にこの村は助かったのだろうか?


 何とも言いようのない不安が、村人たちの胸に広がっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 傭兵の男が去った翌日。

 獣人奴隷を周囲の見回りに行かせたが誰一人欠けることなく帰ってきた。

 どうやら虎は本当に狩られたらしい。

 杞憂だったかと胸を撫で下ろして、商人の到着を待って数日。

 ようやく待ちに待った商人の馬車が村を訪れた。


「これは……そちらの武器も、となりますと……せいぜい銀貨一枚、というところでしょうか」


 商人が手に持った剣と、村長の背後に積まれた武器の山を見て値段を告げた。


「……銀貨一枚、ですか」


「ええ」


 村長が青ざめた顔で繰り返す。

 思っていたよりも遥かに買値が安かった。この質の武器なら銀貨二枚はするはずだ。完全に買い叩かれていた。

 目の前の商人に足元を見られているのだと察したが、食糧に窮しているのも事実。

 食事の量を切り詰めたとしても次の商人が来るまで持つかどうか。今ここで逃がしてしまうと自分たちが飢えてしまうかもしれない。


「……その値段でお願いします」


「はい」


 飢えへの恐怖に負け、屈してしまった。

 だが、それでも全部売ればなんとかこの窮地を乗り越えられる程度の金が手に入る。今は何よりも食糧だ。

 自分の判断は間違っていない。村長はそう信じた。


 商人が護衛の獣人奴隷に合図を送る。

 村長の後に積まれていた武器を抱えて、商人の背後に回った。


「では、これがお代です」


 ちゃりん、と机の上に置かれたのは――銀貨が一枚。


「え……?」


「今回はいい取引ができました、ありがとうございます」


 商人が頭を下げ、席を立つ。獣人奴隷もその後を追おうとする。



「ま、待ってください!! なななん、なんですか、これは!?」



 村長が慌てて商人に追いすがる。

 手には、先ほど机に置かれた銀貨が一枚。


「なんですか、と言われても……武器を購入した代金ですが?」


「代金!? だ、だって、あなた、銀貨一枚、と……」


「ええ。ですから『そちらの武器も含めて』銀貨一枚と私は言いましたが? あなたもそれに同意したでしょう?」


「なっ――!?」


 目を見開き、絶句する。

 村長は『武器一つにつき』銀貨一枚だと思っていた。だから多少買い叩かれても構わないと取引を受け入れた。

 だが、さすがにこの値段では売ることはできない。


「そ、そんな値段、売るはずがないでしょう!? 中止ですじゃ! か、返してくだされ!!」


「おや……まあ、いいでしょう。おい」


「はい」


 興奮する村長から商人が銀貨を受け取り、獣人奴隷が武器を元のところに戻した。


「も、もう結構! 帰ってくだされ、あなたのような商人と取引するつもりはない!!」


 怒りのままに怒鳴り散らそうとする様を見て、商人は笑みを深くする。


「村長殿」


「も、もうあんたと話すようなことなど――」


「先ほどの値段が今の適正な値段ですよ」


「――は?」


「武器の相場が今、大幅に値崩れしているんです」


「な、何を……?」


「なに、簡単な話です」


 この村を襲った大虎だが、実はあの虎はここら一帯の村を襲っていた。

 そして、それぞれの村で自衛の為の武器を買い漁り、武装した。

 流れの傭兵によって虎は退治され被害が出なくなったが、そうなると武器はもう手元に置いておく必要がない。

 その結果、各村が武器を大量に売ろうとして大幅な値下がりを起こしてしまった。


「ですから、ここら辺一帯じゃあ、あんなのは二束三文の価値しかないんです。私の馬車の中にも買い取ってほしいと頼まれた武器が山のように積まれています。ご覧になりますか?」


「……」


 村長は無言のまま、真っ青な顔で額に脂汗をにじませていた。


「それに、虎は退治されましたが本当に街道が安全になったのかどうか、他の商人たちは様子見をしています。次の商人がこの村を訪れるのはいつになるのやら……まあ、私には関係のないことですがね」


 では、そろそろお暇させてもらいます、と商人は再び踵を返した。

 何も物言われぬ村長に、これ以上会話を続ける余裕はないと判断したのだ。


「……ま、待って……待ってくだされ……」


 商人の足元に縋り付くように村長が這いつくばった。


「食糧が……村の食糧が足りぬのです……どうか、どうかお情けを……」


「食糧ですか」


 ふうむ、と数瞬、考えを巡らせる。


「今、食糧が高騰しているんですよねぇ……」


 びくり、と小さな老いさらばえた体が震えた。


「ほら、前回の徴税……『勇者税』で、食糧が大量に持っていかれましたでしょう? あのせいで、例年よりも値段が上がっているんですよ」


「ねあ……が……り?」


「こんな鉄くず、いくら積まれてもね」


 床に置かれていた武器の山に、ゴミでも見るような視線を向ける。


「どうか、どうかお情けを……お情けを……」


「そうですねぇ……ああ、それじゃあこうしましょう」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……ご主人、あんた、鬼だわ」


「そうかい? これくらい普通だろ?」


 村から離れた地点で変装を解いて一息ついていると、ドワイチが話かけてきた。

 今回はシシオとクマオを置いてきたが、代わりにドワーフやエルフ、それに最近新しく買った獣人奴隷などを引き連れて少々規模の大きな商人の振りをしている。


「どこが普通だ……あの村、もう何も残ってねえじゃねえか」


「金銭、食糧、そして獣人奴隷。全て巻き上げてきましたからね。これから先、農作業もまともにやれるかわかりませんよ」


 なぜかエルイチまで参加してきた。だが、彼らの言うことは間違っているので訂正をする。


「全てじゃないよ、ちゃんと残してきたさ」


「……えげつねえ」


「……余計たちが悪いですよ」


 二人が顔を歪めた。


「心外だなあ。ちゃんと武器を残してきてあげたんだから、俺はこんなに優しいのに。村に食べ物がないなら森で狩りでもすればいい」


 森には果物や山菜だって自生しているし、獣もいる。

 探せば少しは見つかるだろう。


 それだけで村人全員分の食糧が集まるかどうかは知らないけど。



「さて、それじゃあ周囲に人もいないみたいだし、次の村・・・に向かおうか」


 馬車ごと《膜》に包み込み、《転移》を行う。


 まだまだ回る村はたくさんあるのだ、できるだけぱっぱといこう。


 ――本当に、この周辺全部に武器あくいをばら撒くのは大変だ。

ネタバレ:実は大虎は主人公たちが演じていたんだよー!人食い大虎なんていなかったんや!!


さて、次は一旦休憩入れて、それからまた新しい仕込みを始めます

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