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悪意をばら撒こう

「――四十九、五十。確かに確認した。ご苦労」


「いえ、勇者様のお役に立つためとあれば……」


「うむ、良い心がけだ。では、私は次の村へと向かうのでこれで失礼する」


「はい、お勤めご苦労様です」


 積み荷の数を確認したまだ年若い青年が、村の外れで待っていた馬車の集団に合図を送る。

 すでに出発の準備は整っていたようで、あっという間に馬車の一団は村を出ていった。初老の男性は村の入口に立って彼らの姿が見えなくなるまで静かにその後姿を見送った。


「……ふう、ようやく行きおったか」


 道を曲がり騎士の集団の姿が見えなくなって、ようやく男性――村長は安堵の息をもらした。


「秋の収穫を納めたばかりというのに、この時期にいきなり徴税とは……今年の年越しは少し厳しくなるかもしれんのぉ」


 食べ物が豊富な南方の地だが、農地の少ない東西、そして遠く北の最前線の分まで食糧を生産しており、そのほとんどは税として持っていかれている。

 北と違って南の冬は暖かく、燃料となる薪や炭が切れればすぐに凍死するというほど切羽詰まってはいないが、魔族との戦争中ということもあって贅沢をする余裕もない。ほとんどの家庭はとても質素な生活を送っていた。


 幸運なことにこの村長の家は多少の蓄えがあり今回の徴税の分を用意することができたのだが、貧しい家、蓄えが少なかった家の中には税を工面できなかった家もあった。

 そうした家には、どうにかして税金を支払おうとして持っていた獣人奴隷を手放した家も多かった。

 家族を売るわけにはいかなったのだろうが、力自慢で重労働もこなせる獣人奴隷が減ったのは家にとっても村にとってもなかなかの痛手だった。


「来年の農作業は大変になりそうじゃの……」


 人が減っても農地を放っておくわけにはいかない。残った人数で今までと同じ作業をやらなければならないのだ。一人当たりの負担が確実に増える。


「じゃが、これもみな女神様の思し召し」


 勇者のため、ひいては勇者を使わした女神のため。そして女神の教えに背く魔族を打倒す為。

 今この苦労を耐え抜けば、魔族を倒した後、人間がこの世界の真の支配者として君臨することができる。そうなれば農作業も全て奴隷たちやらせて自分たち人間は働く必要もなくなり、亜人たちから捧げられる富を甘受して生きていくだけでいい。

 今日の苦労は明日の成功に繋がっている。


「女神様、どうか儂らを見守ってくださいませ……」


 村長は女神へと祈りを捧げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「そ、村長! 大変です!!」


「どうしたのじゃ、そんなに慌てて?」


 家で仕事をこなしている時、突然慌てた様子の少年が押しかけてきた。


「馬車が、村の外で横倒しになっているんです!!」


「馬車じゃと?」


「とにかく村長に来てほしいってみんなが」


「わかった、すぐに向かおう」


 少年の案内に村長が村の外へと向かった。

 街道を少し進んだところにその馬車はあった。


「……虎か?」


「獣人の奴隷によると強い獣の匂いが残っている、と」


 辺り一面が血の海に沈み、こと切れた馬の肉は半分も残っていない。馬車本体も横転して車輪が片方砕け散っている。

 その馬の死体や馬車には大きな爪痕が残されていた。

 この近辺に出る獣でこれだけの爪を備えているのは虎しかいなかった。


「御者はおらんのか?」


「……あちらを」


 周囲を調べていた村人の一人が、森の方を指さす。


 何かを引きずった跡。途中で木々の枝に血まみれの布切れが引っかかっていたのも見つけたらしい。


「連れ去られたか」


「救出は絶望的でしょう。途中で匂いも途絶えていたそうです」


「そうか……」


 おそらくはもう死んでいる。

 それが村長や大人たちの考えだった。


「人の味を覚えた虎か……危険じゃな」


「はい。どうにかして狩らないと、次の犠牲者が出る可能性も……」


「むう……」


 森で猛獣に敵うのは獣人かエルフくらいしかいない。

 村に高価なエルフはいないのだから、必然的に獣人を向かわせることになるのだが、ただでさえ数の減った獣人が怪我を負ったり死んだりしては困ってしまう。


「厄介ごとばかりじゃのう」


 これも女神様の与えた試練か、と一人ごちる。


「村長、これを。馬車の中身です」


「……む? これは!」


 村人が横転した馬車から回収した積み荷を見せた。


「武器……剣に槍、弓……矢も当然あるのじゃろう?」


「はい。これらと獣人たちの身体能力ならば、虎の一匹や二匹、容易く狩れるでしょう」


「そうか……そうじゃな、たかが虎、獣風情よのぅ」


 ろくな武器もないままでは危険だっただろうが、人数分を用意しても余るほどの武器があれば話は別だ。

 死んだ商人はおそらく武器の行商人だったのだろう。それを運んでいる間に虎に襲われるとは不運なことだ。

 死人の持ち物は発見者のもの。悪いがこれらは村で有効活用させてもらおう、虎を退治した後は他の商人に売ってしまえば徴税分は十分元を取れるだろう。


「これも女神様の思し召しよのぉ」


 村長は自分たちの幸運と女神からの思わぬ贈り物に感謝を捧げた。

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