第8話 練習
~side 竜斗~
翌日。昨日のショックで、やや落ち込み気味なまま授業を受けていた。
「はぁ……早くバトルしてみてぇな……」
俺は、隣の生徒すらも聞こえないほど小さい声で呟いた。
フェアルの伝達ミスという名の策略で、スキルを使った戦闘という夢が遠ざかってしまった。
いずれあるんだろうけど、どうも昔から我慢することは苦手だ。待てん。
いつも授業はそこそこ真面目に受けている。
バカになって留年はしたくない。でもめんどくさいので必要以上の勉強はしたくない。
そんな訳で、「授業は真面目にするけど自主的に勉強はしない」というスタンスで、今までの学校生活を過ごしてきた。
でも今日ばかりは集中できず、窓際という特等席を手に入れていた俺は、ぼんやりと外を眺めながら物思いに耽っていた。
「……帰ったら『武器召喚』の練習でもしてみるかな」
フェアルの説明の中に、スキルは練習すればレベルアップする、みたいなことを言ってたのを思い出した。
いろんな武器を召喚出来るとなれば、勇者や英雄が使う、最強系の武器とかを召喚してみたくなる。
でも、『武器召喚』は召喚する武器が強ければ強いほど、疲れが生じやすくなる。だから、レベルアップしないことには夢の武器は拝めないってことだな。
まずは初めて喚んだあの片手剣を召喚しまくって、疲れに慣れたら徐々にグレードアップしていく、っていう練習方法が良いか。
具体的な練習方法が思いついたら、急に夢が現実的になってきたぞ……! レベルアップしたら何を召喚すっかな~!
不真面目な今日の俺は、ノートに絵や武器名を書き連ねることで、授業時間を潰していった。
長ったらしい授業を乗り越えて、今は昼休みだ。
久しぶりの通常授業は予想以上に俺の体力を奪った──ろくに集中してないけど──ようで、腹が爆音を鳴り響かせている。
素早く購買で食料を買い、昼休みを過ごすことが多い屋上へ向かった。
屋上は、学校によって閉鎖されてたり、無断使用禁止などとされていたりするそうだが、北高での屋上の使用は自由だ。
鍵も掛けられておらず、休み時間にそこで何をしても大体は許される。
だがその分サボる生徒が増えたり、こっそり喫煙してる生徒もいるらしい。俺はしないが。
背の高いフェンスが建てられ、2個の青いベンチが並べられている。
教室ほどの広さで狭くはないので、友達と集まって談笑するのもよし。広い空を見て心を空っぽにするのもよし。これからの季節は風と太陽が気持ち良いので、昼寝にも最適。
まさにこの学校のオアシスだ。
ドアを開け、屋上に入る。そこには見慣れた顔が集まっていた。
「あ、シロ! 遅いよもう!」
「先に食ってるぜー」
いや、1人だけ、北高の制服姿が見慣れてないやつがいる。
「竜斗君のことだから、またおにぎりをツナマヨにするか筋子にするかで迷ってたんでしょ?」
「よく分かったな……」
俺が少々遅れた理由を的確に突いてきたのは、鈴音の妹・琴音だ。
姉とは対照的な、控えめでおとなしい性格だ。
いつも引っ込み思案だが、周囲への心配りを欠かさない優しいやつでもある。
運動は少々苦手。しかし家事の能力に関しては、俺を軽く凌駕する。
特に料理なんかは、プロなんじゃないかと思うぐらいの腕だ。大月家はそれを毎日食っているのだから羨ましい。
家事は家族全員で分担しているそうだが、全てにおいて琴音が一番上手いんだとか。
ちなみに鈴音・琴音達は4人兄弟で、小5の弟と大学1年の兄がいる。とても仲が良い兄弟だ。
幼稚園の頃、同年代の鈴音と一緒に知り合った。その時から臆病で人見知りだったので、打ち解けるのに時間がかかったことを覚えている。
身長は低く全体的に小柄な体型だ。
姉譲りなのか、琴音も結構可愛らしい容姿をしていると思う。柔らかい物腰も相まって、こちらも結構モテる。
琴音も茶髪で、背中辺りまで伸びたウェーブロングだ。
俺と奏介と鈴音、琴音はほぼ毎日来ている。たまに他の友達も一緒だが、基本このメンバーだ。
「昆布とも迷ったんだがな」
そう言って、俺は地べたに座っている3人のもとへ歩き、腰を下ろした。
すぐにレジ袋から「筋子」と大きくプリントされたおにぎりを取り出し、開封して頬張る。
「ほんっとシロっておにぎり好きだよね~」
「当たり前だろ。日本人なら米食え、米!」
「フッ……幼い頃から、竜斗とはその点では分かり合えないな」
そんなことを抜かす奏介の手には、苺ジャムパンが握られている。
奏介は大食漢だ。サッカー部に入っているためかすぐに腹が減るようで、早弁なんて日常茶飯事。昼休みには弁当を3つ食う時だってある。
今日は、コンビニ弁当1つにパン3つ、牛乳2つだった。どんだけ食うんだといつも思う。
「そりゃあ、米だって美味い。どっしりとした感じは嫌いじゃないさ」
「俺だって、パンを否定している訳じゃない。いろんな味を楽しめるからな」
「でも! 俺はパンの方が好きだ! いくらでもイケるあのフワッとした食感と、様々なバリエーションの味が食べる者を飽きさせない!」
「だがご飯の方が美味い! モチモチとした感触! シンプルだが変わらないうまさ! 全身に漲る活力! どれをとっても米のほうが上だ!」
これだけは……この主張だけは、絶対に譲れん……!
「ま~た始まったよ、そーちゃんとシロの主食論争。毎回進展しないよね~」
「わ、私は麺派かな」
「あんたも参加すんのっ!?」
大月姉妹が何か言ってるけど無視だ! 俺は目の前の敵を倒すことに昼休みを懸ける……!
「なんでそんなに強情を張る必要があるのかなぁ。本当は両方好きなくせに」
「「う、うるせぇっ!!」」
時は飛んで帰宅後。俺は自室で、フェアルと向き合って立っていた。
「やっぱりリュウトは中二病だね。武器の想像に4時間も授業を潰すなんて」
「い、いーじゃん別に! 叶わない妄想じゃねぇんだからよ!」
俺は学校で決めた通り、スキルの練習をすることにしていた。
「それじゃー、練習開始~♪」
フェアルが宣言すると同時に、俺は意識を右手に集中させる。
「『武器召喚』、『ソード』!」
俺の手が発光すると、その数秒後には光の粒子が集まり、剣を形成した。
一昨日召喚したあのブロードソードと、全く同じものである。
でもあれ? 召喚時間短くね?
「なんかすぐ出てきたんですけど……」
「おおぉ、もう慣れてきたんだね! 早い早い!」
「速くなるもんなのか? 召喚スピードって」
「武器の疲れとは関係なしに、結構すぐ速くなるよ。一昨日試しに木を切ったから、それでちょっと強くなったんじゃないかな」
これはゲームで言う「熟練度」ってとこか? まぁ速く出せるに越したことはないな。
「疲れ具合は?」
「なんともねぇぜ。まだ2回目なのに、もうレベルアップしたのか?」
「個人差があるから、私からはなんとも言えないよ。ただ、リュウトには素質があるかもね」
ほぅ、そいつは嬉しいな。ならその才能をどんどん伸ばしていこうじゃねぇか。
次に喚ぶ武器は、もう考えてある。片手剣ときたら、やっぱりあれしかないだろう。
「『消滅』……からのっ、『武器召喚』『クレイモア』!」
ソードを消滅させ、すぐさま両手で剣を握るポーズをとる。そして、両手剣の中でも有名なクレイモアを召喚した。
クレイモアは、飾り気がなくシンプルな形状をした大剣だ。
全体的な見た目もブロードソードとあまり変わらず、鍔の先端に小さな輪がいくつか付いているだけ。
歴史上でも使用されていたもので、他の両手剣と比べて少し小さめで、素早く振るうことができたらしい。
だが俺の場合は、自分が想像した通りの武器にすることができる。なので、本物より長いクレイモアを召喚してみた。刃渡りは1m以上もある。
超デカい剣というのは、片手剣なんかよりも目立つし人気が高い。無骨なデザインだが、それに俺の中二病をかきたてられ、召喚するに至ったのだ。
「やっべ……!」
「ありゃりゃ~」
しかし、俺はやってしまった。
1m30cm近くもある大剣を、そこそこ背の高い俺が垂直に持ったら、どうなるか。
……答え。天井に突き刺さる。
「うわぁ、ざっくりいっちゃってるね」
「じゅ、10センチぐれー大したことねぇよ……」
「リュウト。声震えてる」
とりあえず、クレイモアを天井から引き抜く。木片がパラパラと俺の両腕に降り注いだ。
天井の板が剥がれることはなかったが、ぽっかりと暗い穴が開いている。
「ま、いっか」
「いいんかいっ!」
特に生活に支障は無さそうなので、放っておこうか。剣先が埋まっていたので心配したが、案外そうでもなかったようだ。
「ビビってたくせにー」
「意外と大丈夫そうだったんだよ。まぁ今度からは、部屋の中で大剣を召喚しないように気ぃつけるわ」
また家を傷つけたくはないので、ベッドに腰掛けて周囲に気をつけながら、軽くクレイモアを動かす。
戦闘時は重要となるその重さだが、大した事はなかった。身体能力向上効果──長いから、今度から「スキル効果」とでも呼ぶか──のおかげでもあるのだろうが、体感重量は金槌に近い。もうちょっと重いか?
だがまぁ決して両手じゃないと使えないってわけでもなさそうだ。
そうは言っても、やはり片手だと振り回しにくいんだろうな。重さも問題だが、剣が長いため力が伝わりにくいのだ。クレイモアを数cm振るだけでも、片手と両手ではコンマ何秒か差があった。
やっぱり両手剣は両手で使わないとな。
「どう? 上手く扱えそう?」
「ああ、バッチリだ。心配してた重量もそこまでじゃないし」
「次は何にするの?」
「もちろん決めてあるぜ。実戦で使うつもりはあんまりないけど、短剣を喚んでみようかなと」
そう。ブロードソードやらクレイモアやらを召喚できるなら、リーチが短い短剣をわざわざ使う必要はない。あったとしても状況は限定的だろう。
だが、触った事もない武器を初めから弱いとするのはダメだろう。何事も経験してからじゃないと、それに対して文句は言えない。
クレイモアを消し、ダガーナイフ──長さ30cmほどで、一般的な両刃の短剣──を召喚してみた。
「うおっ、軽っ!」
ビックリするほど軽い。今の今までクレイモアを持っていたこともあるが、それを考慮しても軽い。ほとんど持っている感覚がしないのだ……短剣だから当たり前かもしれんけど。
ダガーナイフの召喚時の事に関してだが、まず、召喚スピードが一瞬だった。
よくマンガとかで、瞬間移動をしたら何本も効果線が書かれることがあるだろう? それが俺の手の中に見えたような気がした。いやマジで。
そして、召喚に伴う疲れについてだが、これもほぼ皆無だった。
一昨日ソードを出した時にレベルアップしたらしかったが、クレイモアを出す時は疲れを感じた。体が少しだるくなり、初めて疲れを体感した。
だが、ダガーナイフの時は本当に何も感じなかった。「俺何かしたっけ?」って思うほどだ。
ここまで楽ですぐ喚べるんなら、何かしら使い道はあるかも知れんな。まだ一回も戦闘してないけど。
次々と出てくる武器に興奮しながら、それらについていろいろ発見していく。
まだ3つしか召喚してないけど、体は元気だし疲れに対して心配することはねぇかな。
そう思って、練習を続けようかとダガーナイフを消滅させた時のことだった。
それまでは、フェアルは穏やかな笑みを浮かべながら俺のスキルを眺めていた。
しかし、何故かいきなり目を見開いて、何かに驚いたような表情になる。
「ど、どうした?」
しかしフェアルは黙ったままだ。無反応にはちょっとイラッとしたので、頭をはたいてやろうかと腕を伸ばしかけたが、
「……戦闘系のスキルが、発動された……!?」
微かに動いた唇から発せられた声に、思わず手を止めた。
「戦闘系のスキル……?」
フェアルは、与孤島町内のスキルの波動ならかなりの高精度で感知できると言っていた。それでも言葉が疑問系になっているのは、すぐに信じられないからだろう。
「まさか、こんなすぐになんて……!」
フェアルがそう言う理由も、俺は理解できる。
戦闘系は少ないと現実を突きつけられた、その矢先に見つかったのだから。まさか珍しいと言われた翌日にそれをすることになるなんて、微塵も思っちゃいないし。
フェアルは俺の予想以上に驚いているが、何故かは知らん。
戦闘系のスキルが発動されることに、妖精がそこまで驚く必要はないと思うんだけどな。むしろ俺達人間の方が慌てるべきじゃねぇか? 町が破壊されかねないからな。
しかし、当の人間である俺は、慌てるよりも喜んでいた。
いや町を壊されたくはないんだけど、それ以上に戦いへの欲求が大きかった。俺はかなりの戦闘中毒者だったようだ。
自分の性格を改めて自覚していると、少し平静を取り戻したフェアルが、俺に告げる。
「戦闘については何も教えてないけど、今回のスキルホルダーも西区にいるっぽいから、そこに着くまでに簡単に説明するからね」
「おう! ……てか、どこでやるんだ?」
「それも含めて後で説明するから! 早く行かないと町が混乱しちゃうよ?」
「うおっと、やべぇやべぇ!」
バトルについて気になるが、とにかく今は急がねぇと!