第6話 高校2年生
──20XY年 4月1日 AM1:21 『会話魔法』の通信履歴──
[久しぶりですね。君から通信してきたということは、もう接触済みなんでしょう? 任務は順調ですか?]
[もう順調すぎて怖いよ。アレは異常だ]
[こちらもです。あんなにすごい素質を持っていたなんて驚きました]
[あいつらが圧力をかけてきたからこんな仕事やってるんだよね?]
[そうです。あれさえなければ、こんな面倒な事態にはならなかったのでしょうね]
[……でも今回の事件は、君が思っているよりも遥かにヤバイものかもしれない]
[確かに、あの勢力が力をつけているのは危ないですよね]
[いや、それだけじゃない。むしろ危険なのは、内側の方だよ]
[どういうことですか?]
[うかうかしてると、逆に支配されるかもってこと]
[まさか、それほど……]
[今すぐに危惧しろってことじゃないけどね。今のところ楽にいけてるし。そっちはどうなの?]
[君の予知もそう遠くはない未来に起こるかも、とだけ言っておきます]
[厳しいの?]
[かなり大変ですね。何故あんなにも強大なのでしょうか……]
[……関係してるのかもしれない]
[え?]
[ああ、ごめん気にしないで。それじゃ、また近いうちに]
[はい。頑張ってくださいね]
[お互いにね!]
──────────
~side 竜斗~
「確かに、どこに住むかなんて聞いてなかったけどさ……」
4月1日、午前7:50。俺は自宅の前で、ひとり溜息をついていた。
今日は始業式だ。人によってはワクワクする日なのかもしれないけど、特に気を改める訳でもなく、決意を新たにする訳でもなく、ただぼんやりと学校生活を再開させる。それが去年までの俺だった。
だが今年の俺は、前日に出会った妖精のことについて考えているという、はたから見れば完全な中二病思考の「痛い」男子高校生だった。
昨日家に到着する少し前、ふと思ったんだ。
「……お前、これからどこで生活するんだ?」
「え? リュウトの家に住むに決まってるじゃん」
何を今さら、という表情で答えたフェアルだったが、もちろんそんなことを聞いた覚えはない。ただフェアルの仕事に付き合うとしか言ってないから、自分の家に招くなんて思ってもみなかった。
「いやダメだし。妖精って世界中のどこにでもいるんだろ? じゃあ俺の家にいる必要なんてないじゃん」
「スキル回収はいつも唐突なの。だから、ずっとリュウトの傍にいないと間に合わなくなるよー」
「空を飛べば、俺ぐらいすぐに見つけられるだろ。それにいろいろと面倒なことになりそうだから家には住まわせねーぞ。大体、なんでそんなに人の家に住みたがるんだよ」
「面白そうだからってのもあるから」
「…………」
「…………」
そこからは押し問答だった。突然の居候宣言をするフェアルと、それに反対する俺で。
最初は「家荒らされそうだから」「家事増えるだろ」といった根拠を突きつけて、討論は俺が有利だった。
だが、フェアルは「妖精は魔力の塊だから食事しなくても生きれる」「教えてくれれば家事もする」などという普通の反論に加え、「妖精って貴重な存在なのに」とか「君の代わりにもスキルホルダーはいるんだよ?」、「ファンタジーな毎日を送れなくなるねぇ」などと脅迫じみたことまで言われ、ついに折れてしまったのが自宅に辿り着いたときの話だ。
潔く負けを認めた俺は、フェアルに注意点を伝え、家に住むことを許可した。
飯──フェアル曰く、食事とゲームは妖精の最大の娯楽らしい。ゲームも好きなのかよ──を作ってやり、俺の生活の流れなどを教えてやり、自分も飯を食ったり洗濯したり風呂入ったり……としてるうちに、すっかり真夜中になってしまった。
心身ともに疲れきっていたので、その日知ったファンタジーの知識を整理し終えると俺はすぐに寝た。
そして次の日、つまりはさっき起きると、フェアルの姿が見当たらなかった。昨日も寝る前に一声かけようかと思ったが、家のどこにもいなかった。そして今日、「夢オチ」という俺としては最悪の展開を予想してしまったので、割と大声で呼んでみたら、あいつ俺の目の前にいきなり出現しやがった。
自由に姿を消せるってことは昨日言ってたが、ああも突然現れると流石に驚くぞ。おかげで眠気が一瞬で吹き飛んだわ。
ちなみに、妖精は姿を消すとき「条件」を設定できるそうだ。例えば、「妖精には見えるけど人間には見えない」や「人間の中でもスキルホルダーだけには見える」など。前者は全ての妖精が今まで設定してきた条件で、後者はフェアルのように、スキルホルダーと共にスキルを回収する妖精がつける条件だそうだ。
……ん? ってことは、昨日の寝る前、わざわざ俺に見えないような条件に変えたってことになるのか? いや、家からいなくなってたって可能性もある。でもどうしてそんなことしたんだ? あいつにだって秘密はあるんだろうけども……。
そんな回想と考察を朝の短い時間でしていると、右方向から聞き慣れた女子の声が聞こえてきた。
「おっはよー、シロ~~!」
「シロって呼ぶな!」
「へぶっ」
右手をぶんぶんと振ってこっちに駆け寄ってくる女子。そいつの顔面がくる位置に鞄を掲げ、軽く当てた。
朝からテンションが高いこいつの名前は、大月鈴音。俺の幼馴染である。
互いの家が2,3軒分ほどしか離れておらず、昔から近所付き合いが盛んだ。そのため幼稚園の頃から小中高とずっと一緒で、何をするにしても大抵こいつがそばにいる。
鈴音の性格を一言で表すとしたら、「元気」。これに尽きる。何事にも積極的で、笑顔が絶えない元気なやつだ。
イタズラ好きで調子に乗りやすいが、人懐っこくて誰からにでも愛され、リーダーシップもあっていつもみんなの先頭に立っている。それが鈴音だ。
体を動かすことが好きで運動神経が良く、バレー部に所属している。
背は俺より少し低いぐらい。俺の身長は結構高いので、鈴音も女子の中では高い方だろう。
出るべきところは出て引っ込むべきところは引っ込む、というモデル体型で、数多くの男子達を悩殺してきた。俺は幼馴染だし昔から見てきたので、それほど魅了されない。……多分。
容姿は、正直言ってかなり可愛い方だろう。どの学校でも、鈴音がモテるという話をよく聞いた。
地毛の茶髪で、ポニーテールが印象的。気分によってはたまにサイドポニーにするらしい。
そんな普通の女子高生・鈴音が、痛くもないくせに鼻をおさえながらぼやく。
「もう、いーじゃん「シロ」。かわいいのに」
「やめろっての! お前それ何個目のあだ名だ?」
「さぁ? 二桁はいったね」
「……はぁ」
こいつはよく人にあだ名をつける。同じ学年のよく知らない人でさえつけるのだから、幼馴染相手には問答無用であだ名呼びだ。
俺なんか、あだ名を断るごとに新しいのを考えてくるのだから、最近はもう諦めかけてしまってる。
今言った通り、現在は「シロ」。名字の「白木」から取ったのだろう。犬の名前のようで嫌だ。
あれ、そういえばいつも一緒にいるあいつの姿が見当たらないな……。
「琴音は?」
「入学式は2時間目だから、新入生はちょっと遅めに行っても大丈夫なんだよ」
鈴音には1コ下の妹がいる。大月琴音だ。俺らは2年生だから、琴音は今日北高に入学する1年生だ。
詳しい説明はまた後で。
「それよりさー、今日から2年生だよ? もっとテンション上げてこーよ!」
「俺が朝に弱いのは知ってんだろ……それに休み明けなんて地獄そのものだ」
鈴音の言葉に、大きな欠伸をしながら返した。
対照的なテンションの俺らは、鈴音が来た逆方向に向かって歩き始める。
「はてさて、今回のクラスでは誰と一緒になるんだろうね? 去年は離れちゃったから、今年はシロとなればいいな~」
「同感だな。宿題をやらずに済む」
「それだけ!? 私の存在価値それだけー!?」
鈴音の嘆きを軽く受け流しながら歩いていると、すぐに一人の男子生徒の姿が見えてきた。
「おっす、久しぶり竜斗! 今日も眠そうだな」
この男子は上条奏介。鈴音と同じく、こいつも幼馴染。
物心ついた時からずっと一緒で、琴音も含めた4人で同じ学び舎に通ってきた。
こいつは元気というか、やかましい。口うるさくて、いつも人をからかうことばかり考えている。それでも根は良いヤツだということは、長い付き合いなので知っている。
噂好きで広大な情報網を有し、「上条に通用する隠し事など北高に存在しない」と言われるほど、奏介は常に情報収集をしている。俺的には一番敵に回したくないタイプだな。
こちらも運動神経が良く、サッカー部でレギュラーとして活躍しているそうだ。
身長は鈴音と同じくらいで、中肉中背。運動部なので体つきはしっかりしてる。髪型は「適当に短く」がサッカー部の決まりだそうだ。
至って普通の顔立ちで、運動する時はコンタクトだが、普段はふちなし眼鏡をかけている。
そんな奏介が、片手を上げて声をかけてきた。
「おう。今日も今日とてアホ面だな」
「ほっとけ!」
「おはよ、そーちゃん!」
「よう鈴音ー」
互いに挨拶を交わす俺ら。
こいつも家が近いので、いつも俺、奏介、鈴音、琴音というメンバーで登下校をしている。
奏介も並んで、また歩き出す。
「春休みも明けて、めんどくせぇ学校が再開しちまうな……」
「今さらだけどシロってさ、何で高校でもめんどくさがりなの?」
「そうだぞ、俺らは華の高校生! 青春真っ盛りだぜ!? もっと日々を楽しもう!」
「熱血うぜぇ……」
「ほら、クラス替えあるだろ! それで誰か美少女と同じクラスになればなぁ」
「仮にそうなったとしても、お前と美少女が特別な仲になる確率は0だ」
「うるせー! そんなこと分かっとるわ!」
とりとめのない会話をしながら、学校への道を進む。
いつもと変わらない日常の風景。妖精と出会ってスキルを手に入れた、なんて刺激があっても、この平和な日々は続く。俺は奇妙な安堵感を覚えた。
その後も思いのほか会話は弾み、もとから短い徒歩30分という登校時間がさらに短く感じられた。
そして着いたのが、与孤島北高等学校。特筆すべきこともない、普通の町立高校である。いや、俺が知らないというだけで、他校とは違う特別な何かがあるのかもしれないが。
校門をくぐって広いグラウンドを横切ると、玄関前にクラスの割り当て表が設置されてあるのが見えた。
その表から自分達の名前を探す。
「えっとー、大月大月……。あ、私は2-Bだね。おっ、上条に白木! やった、みんな一緒だよ!」
「マジか! いや~久しぶりだな3人揃うの。中2ん時以来か?」
どうやら、俺らは3人とも2年B組のようだ。他のクラスメートも見知ったやつばかりだし、割と良いクラスのような気がする。
だけど、なんだこの言い知れぬ胸騒ぎは。あまりにも仲の良いやつが集まりすぎて、波乱万丈な毎日になりそうな気が……。
ってダメだろその考えは! 完全にフラグだろ!
「よし、じゃあ早速、私が学級委員長になる予定のクラスを見に行こうかな!」
「だな! まだ俺の知らない女子もいるみたいだし!」
なっ、鈴音が委員長候補!? 騒がしいクラス確定じゃねぇか!
奏介も何やら張り切っている。ホントに美少女とやらを探しに行くのか……?
鈴音と奏介と同じクラスになると、決まって面倒なことが起きる。日常的なトラブルから長期に渡って続く係活動など、とにかく俺の安息の時間が削られる。
「……ま、退屈するよりかはマシだけどさ」
ポジティブに考えるか。暇すぎるのも時間の無駄だし、忙しい日々があってこそ、娯楽や平穏がより大切なものに感じるのではなかろうか。
スキル回収のこともあるし、1年くらいは忙しい年があってもいいかもな。
そう思い直すと、俺は新入生でもないのに、期待と不安を抱きながら校舎の中へと足を踏み入れた。