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第48話 騒ぎ騒がれ

~side 竜斗~


『昨日午後未明、都内某所でとある清掃員の男性から、「不可思議な現象を目の当たりにした」と110番通報がありました。通報を受けた警察の調べに対し男性は、「道端で激痛に苦しむ女性を発見した直後、その姿を一瞬で見失ってしまった」とのことです。男性はひどく興奮状態で話し、またその後の記憶がないことから、妄想、意識障害または精神病等の疑いがかけられましたが、それと似たような現象が全国各地で確認され――』

「……」


 ピッ


『え~、「超常現象 ~人々は見た~」というタイトルの今回のトピックですが、その名の通り昨日、国内の多くの場所で超常現象を見た、という声が上がっております』

『内容は「物が壊れた」「集団で記憶を失った」など人それぞれですが、一番多かったのは「突然光が発生した」でした』

『さらに情報が確かではありませんが、外国の国々でもこのような現象が見られたようです。一体、世界では何が起きているのでしょうか』

「…………」


 ピッ


『いやいやホント見たんですって! パーって遠くで何かが光って、気付いたら地面がボッコーなってたの!』

『『『えぇ~~……』』』

『アンタ病院行った方がええんとちゃう? ボッコーなってんのはアンタの脳ミソや!』

『『『『アハハハハハハハハハ!!』』』』

『ボクは正常ですよぉ!』

『あ、でも私も不思議な話聞きましたよ。富山の実家から電話かかってきて、お米が荒らされてたり豊作になってたり、ワケわかんない状態になってたそうです』

『どっちやねんその状況は~』

「…………おいおい」


 制服を着て、朝食を食べ、寝ぼけ眼を擦りながらテレビをつけた俺が見たのは、昨日の午後、世界中で起こったらしい超常現象についての番組の数々だった。


「これって……」


 疑うまでもない。この原因は、『能力活性(スキルレインフォース)』しかない。


 スキル発動によって様々な混乱が起きたようで、一番多かったと報道されている「光の発生」は、恐らく『次元転移(ディメンションシフト)』の瞬間に出たものだろう。


 しかし、ここまで騒ぎになっているとは……。


「あっちゃあ~、案外話題になっちゃってるみたいだね」

「フェアルっ」


 呑気に欠伸しながらリビングに下りてきたフェアル。この事態を軽く見てるみたいだ。


「おいおい大丈夫なのかよ。だってこれ、お前とかの記憶操作系スキルを持ってる妖精達が、うまくやれてなかったってことだろ?」


 仕事をサボったわけではないだろうが、世の中が混乱してる時点で、王女派にとって失敗なんじゃ……?


 するとフェアルは、肩を竦めて残念そうに答えた。


「そりゃあ私だって、全部解決できたらいいなとは思ってるよ。でも全世界に影響が出るスキルの後始末なんて、そうそうできるものじゃない……無理が、限界があるんだよ」

「……おいおい」


 なら、当然の疑問が残る。


「じゃあなんで、妖精は『能力活性(スキルレインフォース)』を発動したんだ? スキルと人手が足りなくて、それが原因でこんな事態になっちまう……そんなことが予測できない妖精達、王女さんじゃないはずだ」

「…………」

「あのワヅキって妖精も言ってたな、「本当にメリットがあるのか」って。あの時も気になってたが、今考えてもあいつに同意せざるを得ない」


 フェアルは無言のまま、小分けにされた朝食の乗った小皿を運んでいる。表情を変えず、俺を無視しているようにも見えた。


「おいっ!」


 呼びかけると、フェアルは小皿と共にテーブルに座り込み、あくまで無表情に言った。


「──仕方ないの。これぐらいの混沌は、許容しなきゃならないんだよ」

「なっ……」


 仕方ないだと? これぐらいって、こういう混乱をなくすためにあるのが王女派なんじゃねぇのか……!?


「フェアル、一体どういう──」

「はいはーい! 私これから食事しますからその話はあとでにしましょー! いっただきま~す!」


 俺の追及を見事にぶった切って、突然いつものお気楽な状態に戻った。ぱんと手を合わせて朝食を食べ始める。


「うぅむ、今日も一段とおいしいね! 誰でも作れる料理ばっかなのに、どうしてこうも質に差が出るのか! 特にこの半熟具合は塩がぴったり合うね!」

「……目玉焼きにはソースだろ常考」


 さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。

 呑気に俺の飯を褒めだすウチの居候娘に、溜息と調味料の主張しか出なかった。


 すっかり気勢をそがれた俺は、つけっぱなしのテレビへと視線を移した。

 『能力活性(スキルレインフォース)』のせいで、世間の情勢が気になるというサラリーマンのような気分になったからだ。


 危険な混乱か起きていないかを確認するため、リモコン片手にテレビに集中する。


『今年は例年に比べて桜の開花時期が遅く、桜前線の動きが停滞しています。特に寒い気温ではありませんが――』


 ピッ


『取り調べに対しその少年は、「遊ぶ金が欲しかった。今は反省している」などと供述しており、警察は少年の今後の処分について――』


 ピッ


『そしてさそり座のあなた! ごめんなさ~い、運勢は最悪です! 過去の楽しみが報いとなって襲いかかってくるでしょう。でも大丈夫! 今日のラッキーアイテムは――』

「……ふーむ」


 話題にはなってこそいるが、世間はそれほどあの不思議な現象を重要視してないようだな。普通のニュースも流れてるし、パニックが起きてるわけでもない……。

 多分、冗談とか超能力や世界七不思議とかの類だと思って、本気で怪しんでる人はいないんだろう。フェアルの言う通り、あまり気にしない方が良いのかもな。


 今日の俺の運勢は最悪らしいが。



「ふー、ごちそうさまでした!」


 俺がテレビを見てる間に、フェアルは朝食を食べ終え、皿を台所に下げていた。

 いつもならここで皿洗いを頼むところだが、仕事の関係もあって今日のフェアルは外出するらしい。だから一緒に登校することになっていた。


「よし、じゃあ行こっか」

「おう」


 テレビを消し、鞄を引っ提げて外に出る。


 戸締まりを確認すると、ちょうど鈴音と琴音がやって来た。


「おっはよーシロ!」

「竜斗君おはよう」

「よっす」


 ここまでは、いつもと同じ幼馴染との朝の風景。

 けど1人だけ、今日までとは変わったやつがいる。


 スキルホルダーの鈴音が、フェアルの姿を見つけてちょっと驚く素振りを見せた後、琴音に気付かれないようにウインクをしてきた。

 スキルのことはちゃんと分かってるよ、とか大体そんな感じの意味だろう。


 俺はそれに小さく笑みを返した。俺と鈴音だけに見えているフェアルもひらひらと手を振る。


「……それじゃあ行こうかっ!」


 鈴音も理解したようで、何事もなかったかのように再び歩き出した。



 昨日あんなことがあって、俺と日常の中で会うことに困惑してるかとも思ったが、全然そんな様子はないな。

 しっかり箝口令を敷いたので、鈴音が無関係なやつに喋ったりすることもないだろう。


 思い詰めたりもせずに元気そうで、ひとまずは安心だ。

 まぁ、スキルについていろいろ考えておどおどしてる鈴音を想像する方が難しいか。



「そういえば、昨日はいろんな不思議なことが起きたらしいね」

「!」

「えっ!? あ、そうだな」


 早速琴音があの話題を振ってきた。

 ビックリしたが、俺達はなんとか平静を装う。


「北高でも目撃した人結構いるみたいだよ。私は部活中で何も知らなかったけど……お姉ちゃんも見なかったって言ってたよね?」

「う、うん! そう!」

「俺もゲームしてて気付かなかったな~……」


 鈴音が全力で頷き、俺も適当に答えて誤魔化す。

 まさか俺達が当事者ですよとは言えない。


「そっか。ちょっと怖いけど、どんなものだったのか聞きたいって気持ちもあるなぁ」

「あ、俺見たぞ!」

「「ブフッ!?」」


 突然聞こえてきた一言に、俺と鈴音はキレイに揃って噴き出した。


「奏介……おまっ、いつの間に!」

「いやお前らが歩いて来たんだろ……」


 まったくビビらせやがって……。バレることはないだろうが、明らかに過剰反応しちまったぞ。


 そんな俺らに反して、琴音は興味津々の目で奏介を見つめていた。


「奏介君ほんと!? どんなの見たの?」

「いやぁ、やっぱり奇妙なもんだったな。あれを超常現象と呼んでいいのかは分からんが……」


 奏介が当時の状況を思い出しながら喋る。


「部活のランニング中、いきなり道の先からいろんな車輪が転がってきたんだよ」

「「ブフゥッ!!?」」


 そしてまた噴き出す俺ら。


「わぁ……それは怖いね……」


 それって、俺の戦った『暴走車輪(ホイール・ラン)』のスキルホルダーの能力じゃね!?


 戦闘中一緒にいた鈴音は、どう反応していいか分からず引きつった笑みを浮かべていた。俺も似たような表情をしてるだろう。


「あはは~! すごい偶然だねー!」


 フェアルは奏介と琴音には聞こえないのをいいことに、けたけたと腹を抱えて笑っていた。

 うん、確かにすごい偶然だけれども。


「その時はめちゃめちゃビックリしたわ。上手く避けれてケガすらしなかったけど、命の危機を感じたね」


 奏介も笑いながら言ってるが、本当によく助かったよな……凡人が食らったら即死もあり得るのに。


「でもなんか面白そうだね。興味出てきたかも」

「おう! 久しぶりに俺の情報網を、沖合漁業の如き広範囲まで広げてみるかなー?」


 だがそんな裏事情など露知らず、奏介は当然ながら、琴音も珍しく乗り気になっていた。


 琴音はともかく、奏介が本気になったらやばい。騒ぎが北高内だけに留まらず、規模がかなり広がるおそれがある。


「……いやいや、やめといた方が良いんじゃねぇの? ほ、ほら! 危険だし?」

「う、うんそうだよ! 触らぬ神に祟りなし、ってね!」


 流石に目の前でスキルの存在に近付こうとしてる幼馴染を放っとくわけにはいかない。俺がやんわりと遠ざけようと諭し、狙いに気付いた鈴音もそれに続いた。

 が。


「え、なんでだ?」

「普段なら竜斗君も、面倒くさがりながらなんだかんだで協力しそうだけど……」

「まぁいい。理由は分からんが、お前の制止など聞かんぞ! こんな楽しそうなこと、俺が逃すと思うかァ!?」


 ……うん、止まらないだろうとは分かってたけど。


「まぁ気付いたりするわけないよな……」

「そ、そうだね」

「? なんのこと?」

「いいや。ケガしない程度に頑張れよー」


 疑問の視線を送ってくる琴音を適当にあしらって、俺は通学路の先を見据えたのだった。



 それからは特にこれといった話題はなく、適当に駄弁りながら歩いて学校に到着した。


 玄関では学年の違う琴音を見送ったり、仕事があるとか言っていたのにちゃっかりついてきたフェアルに辟易としたりしながら、靴を履き替える。


 そして、さぁ行くかと階段を目指して歩き出した時。事件は起こった。


「あ、らぶりんにもみじ! おはよ~!」

「……おはようございます」

「……おはよ」


 鈴音が、何故か廊下の真ん中で仁王立ちしていた宮野と水瀬に声をかけた。

 2人はどこか暗い様子で、俯いていて表情が分からない。割と仲の良い鈴音に対しても気のない挨拶だ。


「あれ、2人共どうかした? 元気ないよ?」


 気になった鈴音が近付き、俺と奏介もついていく。

 すると、宮野がゆっくりと顔を上げた。


「……少し、お話がありましてね」

「「「!?」」」


 宮野は、不自然なまでににっこりと笑っていた。笑っているのに、目は据わっている。

 これは誰がどう見ても分かるだろう……大激怒だ。


「えぇと……どういったご用件で?」


 気迫に圧された奏介が控えめに尋ねると、隣の水瀬が右手を前にすっと持ち上げた。


「これを見なさい」

「これ、って……北高タイムズ?」


 手に握られていたのは、新聞部が定期的に発行する校内新聞だった。


 その見出しにでかでかと書かれていたのは、『北高でも起きた!? 超常現象の数々』の文字。

 フェアルも「ほうほう」とか言いながら、新聞を食い入るように眺める。


 一瞬バレたのかとドキッとしたが、まさかそんなはずはないだろう。仮にそうだったとしても、宮野と水瀬がこんな緊迫した雰囲気で話してくることでもない。


 ちょっと身構えた奏介が、見出しの記事をざっと斜め読みした。


「……ただの新聞部の号外じゃん。いや俺も気になる話だけど、これがどうかしたのか?」

「そこではないわ。下にあるコラムよ」


 宮野が色彩を失った目のまま指摘し、俺らは視線を少し下に下げる。

 するとそこには、小さく四角い枠で囲まれたコラムのスペースが。

 その題名は……


「『ドキッ! 女だらけの怪談大会』……!」


 そこで俺は悟った。


 昨日の昼休みにあった怪談大会の概要を、奏介が新聞部員に伝え。


 それを元に新聞部がコラムを書き。宮野と水瀬がそれを読み。


 痴態を晒された2人が、元凶を探して奏介を罰しにきたのだと!


「これで思い出しましたか? 上条君……」

「忘れたとは言わせないわよ? 上条……」

「お、おう……」


 奏介もこの状況を理解したようで、途端に顔を青ざめさせていく。


「ぷっ、何これ!? あははははは!」

「うわぁ……事細かに記されてるよ……」


 水瀬から北高タイムズを受け取った鈴音とフェアルが、その記事に目を通していた。

 俺も横から覗き込んで読んでみる。


 事の発端である朝の登校時の話、昼休みにどんな人が集まったか、怪談後の(宮野と水瀬の)惨劇……。


 惨劇の内容が中心で、新聞の見出し記事である超常現象との関連性についての考察までもが書かれており、なかなかに気合いの入ったコラムだといえた。

 ……当事者の俺から言わせてもらえば、全く関係ないんだけどな。


 流石に奏介以外の実名は出されていなかったが、分かる人には分かる上、聞き込みをすればすぐに判明するだろう。


「さぁて、覚悟はできてるよねぇ……?」

「ひぃっ!?」


 パキポキと拳の骨を鳴らす水瀬から、一歩後ずさる奏介。


 さらに尻餅をついたこいつの目からは、いつもは見下ろしてる背の低い水瀬が、胸囲のない強大な脅威に見えているだろう。胸囲がないのはいつも通りか。


「お許しくださいませぇ~!!」

「あっ、待て上条ゴルァァァアアアア!!」


 奏介が弾かれたように逃げ出すと、水瀬も鬼の形相で追いかけ始めた。2人は風の速さで走り去っていく。

 この時ばかりは、優等生宮野も見て見ぬふりをしていた。


「あ~ぁ……ありゃ死んだな」


 奏介はサッカー部で運動神経は良いが、水瀬も走るのはかなり速い。

 プラスあの激怒っぷりだ。捕まるのは時間の問題だろう。


「……ま、俺らには関係のないことだ。先行っちまおうぜ」

「そ、そうだね」

「ぷ、ぷくくくく……! あっはっはっはー!」


 ほぼいつものことなので、奏介(と、床で笑い転げているフェアル)は無視して先に教室へ行こうとする。

 苦笑いで奏介を見送る鈴音も同調し、俺は足早にその場から離れようとして――


「……白木君? どこに行くんですか?」


 ――宮野にがっしりと肩を掴まれてしまった。


「……はい?」


 自分でも白々しいと思うほどに、努めて(・・・)素知らぬ様子で返事をする。


 鈴音は首を傾げてるが、宮野は全てを見透かしたような目でこちらを見つめていた。思わず背中に冷や汗が伝う。


 これはおそらく……!


「まさか白木君、自分は何も関係ないなどとは思っていませんよね……?」

「えぇ? やだなぁ、なんで俺に関係があるだなんて思うんだ?」


 はははと笑ってみたが、宮野は相変わらず冷たい視線を送ってくる。怖い。


「……新聞の右下を見てみてください」

「右下?」


 不思議そうな表情をした鈴音が、北高タイムズの隅っこを見やった。

 そしてそこにあったものを発見して、呆れたような、諦めたような顔になった。


「……『当時の状況について、R.S.さんはこう語る。「やっぱり奏介の語りは上手いんだよな。無反応の人もいたけど、泣き叫ぶ人もいたからね。しかもその2人、普段の様子からじゃ考えられないような状態になっちゃって……! めっちゃ面白かったっす(笑)」』……」


 ……声に出して読まれてしまった。


「白木君。これはどういうことでしょうか……?」

「シロも加担してたんだ……」

「おっとぉ? この展開はぁ?」


 鈴音も俺から距離を取ってこちらをジト目で見つめ始めた。フェアルは意地悪そうにニヤついている。


「いっいや断じて違うぞ! というかイニシャルだけで犯人扱いするだなんて宮野も早計だなぁ。あ、そういえば進藤もイニシャル同じだ! ん? それどころか頭文字まで一緒じゃね!? いやぁすごい偶然だ。はっはっはっはっは~……」

「……進藤さんはこんなことしませんし、第一これほど当時の状況を断定できるのはその場に居合わせた人だけです」

「往生際が悪いよ、シロ」

「ぐふっ!」


 抵抗むなしく、論破される俺。


「そこに座ってください」

「え、ここ!? ここ玄関だし人の目も……!」

「そこに座ってください」

「はい」


 2度目は有無を言わさぬ絶対零度の瞳で命じられ、俺の本能が弁解という選択肢を自ら閉ざした。


 そして、鈴音の重い溜息を皮切りに。

 フェアルのやかましい笑い声をBGMに。

 宮野による壮絶なお説教タイムは始まったのだった……。



 その時、俺は悟ったね。


 ……正座とは、一種の拷問であると!




「はぁ……。まだ足だるい……」


 1時限目の授業を終えた後。宮野と水瀬の視線が恐ろしくて教室に居られなくなった俺は、あてどもなく廊下をさまよっていた。


 流石に足の痺れは抜けたが、正座によるダメージは大きかった。今でも、脱水症状の時のような気だるさを感じている。


 ならわざわざ正座しなければ良かったじゃん、と思う人もいるだろうが、お怒りになった宮野の前では自然と身体が動いてしまうのだ。それはもう反射である。

 それに少しでも足を崩そうとすると、宮野の双眸がすぅっと細くなる。あれは、どんなスキル使ってんだと問いたくなるぐらい怖いです。はい。


 ちなみに、奏介があの後どんな制裁を食らったのかは誰も知らない。

 ただ俺のクラスにボロ雑巾が出席しただけであった。


「でもあそこまで怒ることないんじゃあ……」

「あ、いたっ! リュウト!」


 ぼんやりと階段を下りて、踊り場に着いた時のことだった。

 HRが始まると同時に腹を抱えてどこかへと飛び去っていっていたフェアルが、血相を変えて俺の目の前に現れたのだ。


「ん? どうしたフェアル」

「大変だよリュウト。またスキルが発動されちゃったんだよ!」

「……まぁ、お前が慌てて俺のところに来るっていったら大抵そうだよな」


 既に慣れつつあるこの状況に、俺は全く取り乱さずに答えた。


 というか、フェアルの方こそ毎回焦りすぎなんじゃないかって思うほどだ。

 『能力活性(スキルレインフォース)』が発動されたことで回収活動の頻度は上がる、って王女さんも言ってたしな。


「で、どこだ?」


 そして俺がスキルホルダーの居場所を尋ねると、フェアルは静かに俯いた。


「それが……もう、手遅れかもしれない」

「……どういうことだ?」

「そのスキルは、たった一度の発動で日本全国に影響を及ぼすの」

「!」


 俺は思わず、階段から窓の外を見た。特に変わり映えしない、のどかな与孤島町の風景がただ広がっているだけだ。


 だけどもしこの光景が、今すぐに……いや、もう変化しているのだとしたら……!


「そいつはどこにいる!? どんなスキルだ!」

「……間に合わないよ……」

「構うか! 行くことに意義がある!」


 眼前に詰め寄ると、フェアルは上目遣いでこちらを見る。


「ほんとに、いいの?」

「あぁ」


 確認を取ってくるが、何を今さら躊躇うことがあるのだろうか。いつも戦ったり迷惑をかけられたりしているのに、俺が拒否する理由なんてないだろう。


 フェアルが、少し逡巡してから意を決して顔を上げた。


「じゃあ言うよ。今回のスキルは――」

「……!」


 俺の目をまっすぐに見つめて、口を開く。



「――花の開花前線を操作するスキル、『開花期変動(ブロッサムーブ)』だよ」


 クッソ真面目な顔で、フェアルはそう言い放ったのだった。



「……は?」

「……プッ、ぶっはははははははははーーー!! 何その表情おもしろすぎ~! 草生える~あははは!!」


 俺がポカンとしている間にも、フェアルは踊り場でまさに踊るように転げ回る。

 故に、この状況を理解するのにそれほど時間はかからなかった。


「ほぅ……俺を、からかったのか……」

「え、いやだって、ウソはついてないしぃ~? あっははははー! だけどかぁっこよかったねぇー。『構うか! 行くことに意義がある!』だなんて……中二病爆発だね! ぷぷっ!」

「そうかそうか~」


 俺はにっこりと笑んだ。


 笑いすぎて呼吸困難になっているようだから、優しい俺が今すぐ楽にしてやろう。


「……我が血、我が肉、我が骨よ。深淵と混沌の」

「ちょっと待ってそれ詠唱!?」


 今日の星座占い、見事なまでに当たってたんだな……。


 そう思いながら、泣き叫ぶ羽虫を追いかける休み時間であった。

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