第38話 新たな武器
次にコルトが止まった場所は、何の変哲もない一軒の住宅の前だった。
「ここです」
「別に、どこも荒れてる様子はねぇが……」
そう言いながら、クレイモアを握り締めた竜斗はドアを開けて玄関に足を踏み入れる。
家の中も、竜斗が見られる範囲では至って普通の内装だった。暴走したスキルホルダーが暴れたような形跡はない。
「上か?」
「そのようです」
警戒しながら、竜斗とコルトは2階への階段を登っていく。
「……!」
『反世界』内である為土足で侵入している竜斗が階段を登りきると、一番近くにあった部屋の中から、人の呻き声が微かに聞こえた。
「ここかっ」
勢いよくドアを開けて中へ入る。
すると竜斗達は、部屋の真ん中で怪しげに立ち尽くしている少年の姿を認めた。
少年の背丈や風貌は小学校高学年くらいであったが、猫背でその双眸は虚ろ。一目で異状があると分かるような雰囲気を釀し出していた。
「こいつだな……。コルト、スキル名は?」
「はい、名前は──」
コルトが口を開いたその時、少年が動き出した。
突然、竜斗に右手の人差し指を向けたのだ。
そしてその瞬間。竜斗が反応する間もなく、彼の顔の真横にあった壁が穿たれる。
「はずした、か」
少年は、表情一つ変えずに呟いた。
「っ……!?」
竜斗は思わず部屋を飛び出していた。
少年も、ゆらりと歩き出す。
「おいおいっ! 何なんだよあのスキルは!?」
急いで階段を駆け下りながら、竜斗はコルトに問いかける。
一瞬で命の危機にまで晒された竜斗の心臓は、破裂しそうな程速く拍動していた。
いつも通り冷静そうに見えるコルトだったが、彼もまた冷や汗を流していた。
「あ、危なかったですね……! もう少しでリュウトの顔にぽっかりと穴が空いてしまうところでした」
「だ、だから何なんだよあれはっ」
「あのスキルは『人刺し指』。人差し指を突き出す事で、そこから鋭く具現化された波動が撃ち出され、対象を刺し貫くというスキルです」
「な、なんつースキルだよ……!」
1階に戻ってきた竜斗達は、リビングに逃げ込んだ。
少年も彼らを追いかけているが、ゆっくりとした歩みの為すぐには追いつかれそうにない。
竜斗はとりあえず、リビングの中央にあったソファの後ろに座り込んだ。
呼吸と精神を落ち着かせ、対抗策を練る。
(相手は、人差し指を向けるだけで簡単に発動できるスキル……)
少年の足音が、階段を下り始めた。
(さっきの戦闘で俺の大体の身体能力は把握した、から……)
逸る心を落ち着かせ、竜斗は冷静に考える。
そして足音が1階に辿り着き、コルトが心配そうな顔を向けた時。竜斗はニヤリと口角を上げた。
「リュウト?」
「……よし」
躊躇う暇などない竜斗は、すぐさま行動に移した。
覚束ない足取りで廊下を歩いていると、少年はリビングへのドアが開け放たれている事に気付いた。
特に迷うでもなく中に入る。
リビングの中も他の部屋と同じく、全ての物体が灰色になっている事以外、別段変わった様子はなかった。見慣れた空間が、静寂に包まれている。
だが、ここにはあの仕留め損ねた侵入者がいるはずだ、と少年は感じていた。
身体はふらふらとしているものの、その両目は周囲を注意深く見渡している。
まるで動くものは全て逃すまいと言わんばかりで、小学生にしては些か鋭すぎる眼光だった。
不気味な様相の少年が、少しずつリビングを進んでいく。
そんな中、竜斗は先程と同じ体勢で息を潜めていた。
座り込んだ位置が丁度少年の死角であった為、耳を澄ませて足音だけで敵の動きを予測する。
武器はまだ召喚していないが、攻撃のチャンスを窺っているようだ。
(よし、そのままだ……そのまま歩けっ……!)
緊迫した様子で、来るべき時を待つ竜斗。音を立てずに生唾を飲み込む。
彼の念が通じたのか、少年はソファを通り過ぎると、そのまま奥にあるキッチンの方へと向かった。
遠ざかる足音を聞いて、竜斗は静かにガッツポーズを決めた。口元が綻ぶ。
そして攻撃態勢に入ろうと動き出したところで、
「……そ、こ?」
少年が、踵を返してソファに近付いた。
竜斗の靴に付着していた土や泥がソファ付近に落ちているのを、少年は視界の端に捉えていたのだ。
(っ……)
動きを止めざるを得ない竜斗。
どうかバレないでくれ、と祈る。
少年は暫くその場でソファを凝視した後、子供らしさのある、無邪気で凄惨な笑みを見せた。
「そこ、かぁっ」
両手の人差し指を構え、連続で突き出した。
2本の指から次々と放たれる無数の波動。
それらは瞬く間にソファを貫通し、痛々しい程に多くの穴が開いていく。
少年は僅か数秒でソファを蜂の巣にすると、満足気に両腕を下ろした。
そしてソファと同じ運命を辿った侵入者の姿を見てやろうと、崩れかけたソファから身を乗り出し、
「!?」
目を見開いた。
そこには、誰もいなかったのだ。
「『武器召喚』『ハンマー』ッ!」
次の瞬間、リビングのドアが木っ端微塵に砕け散った。
「あっ!?」
粉砕されたドアの欠片は、全て少年に向かって飛んでいく。
侵入者の仕業である事は明らかだが、振り向いた少年は、飛来してくる木片からの防御を優先した。
だが、ドアを粉砕したものよりさらに大きな衝撃が、轟音と共にもう一度発生。
家全体が振動し、少年にも当然それが伝わる。
また出し抜かれてはたまらない、とばかりに少年は強引に両目を開き、状況を確認しようとする。
だが少年が視線を向けた先、リビングの出入り口辺りにも、人の姿は見当たらない。
あったのは、天井に大きく開けられた穴と、そこからパラパラと落ちる天井の破片だけだった。
「っ……!」
少年はすぐに真上を見上げた。
人差し指を立てた両腕を天井に向けると、無闇矢鱈に『人刺し指』を撃ち込み始めた。
その顔には焦燥と恐怖が滲んでおり、乱雑にただひたすら天井を貫いていく。
攻撃は苛烈を極め、2階に『人刺し指』が届いていない空間は無いと言っても過言ではなかった。
一心に突きを繰り返す少年も、心に余裕が生まれ始める。
「──残念、こっちだ」
──故に、真横から飛んできたソファと竜斗の言葉には、全く反応出来なかった。
「がっ!?」
穴だらけと言えども、文字通り宙を飛ぶソファは凄まじい衝撃を与えた。少年の小さな体躯を、軽々と吹き飛ばす。
少年は壁に叩きつけられ、床に倒れ伏した。
「うまく騙せたみたいだな、っと」
ソファが置かれていた場所には、身の丈程の大きなハンマーを振りきった姿の竜斗が立っていた。
その鉄製の鎚は、全体が艶のある黒のボディだ。竜斗の胴体程もある頭部は両面とも平たい。
「おっと、させるかよっ」
少年が起き上がろうとすると、竜斗は一足で少年の傍へと近付く。
巨大なハンマーを手にしている為、幾分かはスピードが落ちていた。
だが受けたダメージが大きかった少年は弱っていたので、難なく接近に成功する。
竜斗が少年の後頭部目掛けて、ハンマーを振り下ろす。
普通の鈍器よりも威力が高く、さらに相手が年下の子供だという事で、竜斗もかなり手加減をした。
それでも人を気絶させるだけの衝撃は充分にあり、少年は意識を失った。
「……後頭部にガン! って、案外うまくいくもんだな……」
竜斗が感嘆の混じった溜息を一つ吐くと、テレビの裏で隠れていたコルトが姿を現した。
「リュウト、お疲れ様です。しかし、よく開け放ったドアと壁の隙間に隠れようと思いましたね……」
「ああ。かくれんぼですら通用しないテクニックだけど、相手は小学生っぽいし、もしかしたら何とかなるかもなー、って。流石にこいつがこっち向いた時はビビったけどな」
竜斗は、足元でコルトの『中回復』を受けている少年を一瞥した。
「ソファの近くに落とした靴の泥に気付かれなかったら危険でしたね」
「ま、見事俺のトラップに引っ掛かってくれたがな!」
竜斗が仕掛けた罠はそれだけではない。
目眩ましとしてドアの破片を飛ばした後。竜斗は、天井にハンマーで大穴を開けて少年の視界から消えた。
こうする事で、少年に「2階に逃げた」と思わせた。
あとは上への攻撃に夢中な少年へソファを吹き飛ばして不意打ちする、という策だったのだ。
「でも、予想以上にハンマー重かったな……」
戦闘に勝利してほっとした竜斗は、初めて召喚した武器の感想を口にした。
「持った瞬間、振り回せるかどうか心配になるほどだったわ」
「それ程ですか? ならば召喚し直して軽いものにすれば良かったのでは?」
「でもそれじゃバレて奇襲にならなかっただろうし、気合でやればなんとかなるかなって」
「き、気合ですか……」
「ま、ハンマーみたいな武器は重いくらいがちょうどいいしな。これからハンマーを使う時もコイツでいくぜ」
漆黒のハンマーを肩に担ぐ竜斗。新しい武器を試せた彼の表情は明るかった。
「『消滅』」
コルトが少年のスキル回収も済ませると、竜斗はハンマーを消滅させた。
「さぁてと、次の戦闘では何の武器を試そっかな~。『能力活性』のおかげで、今まで召喚を躊躇ってきた強い武器も出せそうだし!」
「……余裕があるようで何よりです」
大規模な回収活動中に新作の武器を考えて興奮している竜斗に、コルトは呆れているような様子である。
そんなコルトは気にせず、竜斗が外に出ようと家の玄関へ向かった。その時。
「……っ!! リュウト、逃げてくださいっ!」
「え──」
すぐ傍にあった壁が、爆ぜた。
「──!?」
コンクリートの壁は派手に吹き飛び、家の中に爆風が流れ込む。竜斗は、逃げる間もなく爆発と瓦礫に飲み込まれた。
「リュウトっ!」
間一髪避ける事が出来たコルトの悲痛な叫びが響く。
爆発の規模は、傍らにいたコルトがスキルの波動を察知して、すぐに逃れられる程度のものだった。威力も、スキルホルダーの戦闘にしては小さい方である。
だが今の竜斗は、武器を召喚していない状態。つまり戦闘系スキルホルダーとしてではなく、一般人とほとんど変わらない身体能力で爆撃を食らったのだ。
「大丈夫ですか!? 返事をしてください! リュウト!」
竜斗の姿は瓦礫に埋もれていて見えない。無事かどうかの確認さえ出来なかった。
生存を祈りながらコルトが呼び掛け続けていると、
「……『武器召喚』……『メイス』ッ……!」
弱々しくもはっきりと、声が聞こえた。
それと同時に瓦礫の隙間から光が漏れ出たかと思うと、コンクリートの山は内側から破壊される。
「……ふぅッ!」
その中央では、傷だらけでよろめきつつも、五体満足の竜斗がしっかりと立っていた。
手には、メイスと呼ばれる金属製の棍棒が握られていた。
銀色の細長い柄にダイヤモンド型の頭部がついた、全体的にシャープな形状の棍棒だ。棘や針等はついておらず、純粋な打撃攻撃を目的としているようである。
「良かった……死んでしまっていたらどうしようかと」
コルトは安堵し、竜斗に近付いて『中回復』をかける。
「やめてくれよ縁起でもない……まぁ、ちょっとやばかったのは確かだが」
またも初召喚の武器であるメイスを振り回し、使い心地を確かめる。
「つーか、もう次のスキルホルダーいるのかよ……。ただの偶然だろうけど不意をついて一発入れてくれやがった、お次の対戦相手は?」
手早くメイスを身体に馴染ませると、竜斗はすぐに爆破された壁の向こうを見据えた。
コルトは安堵の表情から一転、緊張した面持ちになる。
「……強敵です。スキル名は『爆撃波』。周囲に小規模な爆発を起こす事が出来る魔法スキルです」
「どっちかっつーとアビリティみてぇな名前だな」
「爆発系統のスキルでは下級ですが……彼女には、戦闘系スキルホルダーとしての素質があります」
煙が晴れ、家の外でゆらりと佇んでいる『爆撃波』のスキルホルダーが鮮明に見えてきた。
その人物は、スーツに身を包んだ20代くらいの女性であった。
「女ぁ? や、やりにくそうだな……」
実際に戦う相手としての女性スキルホルダーは初めてである為、竜斗は少し戸惑いを見せる。
「しかしリュウト、絶対に手加減はしないでくださいよ?」
「分かってるって。爆発魔法のスキルなんて、油断したらすぐに身体が消し飛びそうだしな」
先程の爆撃を思い出し、気を引き締める竜斗。メイスを握る手にも力が入る。
「そんじゃ、いきますかっ!」




