第12話 商店街
~side 竜斗~
4月3日、朝8:20。2-B教室の窓側の席で、俺は机に突っ伏して寝ていた。今日はかなり眠い。
その原因は全て、昨日の夜にあった。
あの後、『次元転移』をして男を人目に付かない場所に寝かせて貧血に偽装し、コルトと別れた。
そして家に帰ったんだが、その時の俺は何故か「もっと強くなるためにまずは体力をつけるか」とか言って、夜中に神社登りをしたのだった。
いつも通りに登ってたら大して疲れないんだが、調子に乗って2段飛ばしを全力でやってたせいで、もう尋常じゃないくらい筋肉痛になった。特に太股がやばい。今日体育無くて本当に良かった。
とにかく昨日は超疲れていたので、まだ寝足りない状態で登校してしまったのだ。
HRまでまだ10分あるし、このまま眠りに落ちてしまおうかと瞼を閉じた時、
「ねぇシロ! 今日商店街行かない?」
と瞳を輝かせた鈴音が机の前に立ち、提案してきた。
朝イチで、しかもここまでテンションの高い鈴音は危険だ。絶対に何か企んでいる。
まぁ、断る理由も無いけど。
「別にいいぞ。他に誰がいるんだ?」
「えっ? いないけど?」
「んじゃ、奏介でも呼ぶか。琴音も連れて来いよ。最近行ってなかったし、久々に楽しむかなー」
「う、うん……」
お、テンションが下がった。てことは、
「……シロってフラグ折るの得意だよね」
やっぱり。「俺を荷物持ちにさせる」フラグを立てようとしてやがったな……!
前に1度2人だけで行った時、あいつは大量に買い物して俺を荷物持ちにし、それを見て「またやってもらおっかな~」なんて言ってニヤけていたのだ。意外とSなのである。
俺は気付いてないフリするけど。
「大勢の方が楽しいだろ? 他にも誰か呼んでみるわ」
「……そだね。よ~し、お金たくさん持ってきてよね!」
思惑は外れたようだがすぐに調子を取り戻し、どこかへと走り去っていった。
財布にいくら入ってたかなぁ。ていうか今日の晩ご飯何にしよう……。
そんなことを考えていると、奏介が話しかけてきた。
「よっフラグクラッシャーさん」
「失礼な。一級フラグ解体士と呼びたまえ」
「いや、お前はクラッシャーだよ……」
何でだ? フラグの内容を理解している上で破壊してるから、俺は解体士のはずだぞ?
クラッシャーはフラグに気付かずに壊すから、微妙に違うだろう。
「似たようなモンだからどうでもいいけどさ、何の用だ? 奏介」
「さっきの会話の中に俺の名前も入ってたんだけど、俺行かねぇわ。一昨日街に遊びに行ったから金無いんだよ」
「知るか。破産しちまえ」
「ひどくね!? それ幼馴染に言う言葉か!?」
「ゲーセンに新しい格ゲーの筐体入荷したらしいから、一緒に試すぞ」
よこしま商店街のゲーセンは何気に先進していて、街よりも新作ゲームが多かったりする。ゲーマーである俺はしょっちゅう訪れている。
「嫌だよ、どーせ負けるもん! 俺何回負けたと思ってんだよ!」
「負けたら、リベンジしなくてはならない。……じゃあいつやるか?」
「今でしょ! ……あっ」
ふっ、かかったな! このネタを振られて無視できる者などいないのだ!
「はい、携帯に録音しといたから。放課後ヨロシクー」
「なっ! それ消せぇーー!」
よし、これで奏介は強制的に参加だな。あとは誰にするかね。
「あなた達っ! 教室で騒がないでください!」
HRが始まるまで奏介から逃げようとしていた俺だったが、突然発せられた声に、追いかけっこを止めざるを得なかった。
「うおっ、宮野! わりーわりー」
「全然反省して無いでしょう! ……全く」
仁王立ちしながら俺らを注意してきたのは、この学級の副委員長、宮野愛華だ。
生真面目でキビキビとしていて、校則違反者やうるさい人を厳しく注意する模範生。それが宮野だ。
去年風紀委員に入っていたこともあってか、規律やルールを守らない人にはキツく接するため、敵を作ってしまいがちな性格ではある。
だが本当は優しく、いつも誰かのことを思っての行動のため、慕っている人の方が多い。無論俺もそっち側の人間である。
本当は今年も風紀委員に入るつもりだったらしいが、1年の時に出会った騒がしい俺らを見ると決心を揺らがせ始め、鈴音が委員長になった時、「あなたが委員長だとうるさいクラスになるに決まってます! 放っておけません!」と言い放ち、副委員長になることを決意したそうだ。
最初からあんたが委員長になれば良かったんじゃね、とは流石に言えなかった。
すらっとしたスレンダーな体型で、腰まで伸びた黒髪ストレート。黒縁眼鏡をかけていて、「可愛い」と言うよりも「美人」といった印象だ。
「もう少し2年生という自覚を持って欲しいものです……特に上条君!」
「へ~い」
「なんですかそのやる気の無い返事は!もうすぐHRが始まりますから、早く席についてください」
「まだ先生来てないし、別にいいじゃん」
「そういう問題ではありません! 5分前行動は基本でしょう!」
奏介と宮野の親子みたいな会話は、もう恒例になった。
だらしない人には厳しい宮野相手に、ここまで軽口を叩ける生徒というのは少ない。
なので、2人が一緒にいるところを見たことが無い生徒は、物珍しそうにこの風景を見ていた。
今教室に入ってきた先生──担任の桜田優子だ──は既に何回も見ているので、咎めるようなこともせず、微笑ましそうに眺めているだけだった。
「はぁ……。白木君も、程々にしてくださいね」
「はいよー」
「あれ? 俺だけ扱い悪すぎない?」
「あなたは常習犯だからですっ」
そんな言い合いをしている宮野を見て、ふと思った。
「なぁ宮野。お前さ、放課後暇か?」
そう問うと、奏介は俺の言いたい事を読んだようで、一瞬驚いていたがすぐニヤついた顔になる。
「え? ……今日は塾も休みですし、用事は無いですけど」
「じゃあ俺らと商店街行かねぇか?」
「えぇっ!? あ、あなた達と!?」
「あ、鈴音とかもいるぞ。男子だけじゃないから安心しろ」
そう付け加えても宮野は迷っている。友達と遊びに行くってことには、あんまり縁が無さそうだもんな。
「でも、宮野さんが遊びに行くところを想像しても、可哀想な場面しか思い浮かばないなー」
俺が「やっぱ無理かなー」とか思ってたら、ニヤついた表情のまま奏介が口撃を始めた。
「……どんな場面ですか」
「遊びに行ったりしない宮野さんが、慣れないゲーセンとかで慌てふためくところとか」
「べっ、別に慌てふためいたりしませんよ」
「友達の高いテンションについていけず、1人寂しく膝を抱えてるところとか」
「そんなに落ち込みません!」
「自分だけダサい服装でみんなに笑われるところとか」
「ダサくありませんっ! ……分かりました。そんなにからかうのなら、私も同行します!」
奏介に散々言われてほとんど意地になり、一緒に行くことにした宮野。
あいつにからかわれた人の末路は、大抵こうだ。冷静さを失い、隙を見せてしまう。俺も何回かあいつに手玉に取られたことがある。
いつもその後にやり返すけど。
そうこうしてると、ずっと傍観していた桜田先生が口を挿んだ。
「はいはい。デートのお誘いもそこまでにして、もうすぐHR始めるわよ~?」
「……先生、俺が女子もいるって言った時は、既に教室に入って聞いてましたよね?」
話の内容聞いてた上で俺をからかってるな? 他のヤツらも見てるってのに。
めんどくさい教師が担任になったもんだなオイ。
──────────
時は飛んで放課後。
俺は一度家に帰り、フェアルに出かけてくると伝えると、鞄だけ置いてそのまま商店街に来た。
この町の中心とも言えるよこしま商店街は、大人から子供まで、多くの人々に親しまれている。
食料品から雑貨、文房具、家電などが売られていたり、カフェやゲーセンなどの娯楽施設、etc……。とにかく様々な店があり、特に用がなくても十分楽しめるのである。
だから、俺らみたいな暇な高校生が来る場所としてはうってつけなのだ。
もちろん、本当に用事がない訳ではない。
ただ単に暇ならば、誰かの家に集まってゲームでもしてるだろう。
発案者の鈴音と付き添いの琴音は、確か欲しい服があるとか昼休みに言ってたな。
俺は俺で、食料を買い溜めしなければならない。今日は魚の特売日だ。
奏介は強制的に来させた。俺のゲーセン新作試しに付き合ってもらう。
宮野……宮野かぁ。あいつの趣味はよく知らねぇんだよな。自分を語ったりしないし、話す機会もなかったから。
今日のメンバーの目的に思いをめぐらせていると、そのメンバーが全員集まっているところが見えた。商店街の入り口にある、結構大きめの噴水だ。急いで俺も駆けつける。
「あっシロ! 遅いよもう!」
「ああ、ちと妖せ……ゲフンゲフン! れ、冷蔵庫の中身を確認してたら時間がかかってな」
「そういえば白木君は1人暮らしなんですよね。大変でしょう?」
「ま、まぁな」
ふぅ、危ねぇ危ねぇ。もう少しで「妖精を説得するのに」って言いそうになったぜ。
改めて今日のメンバーを見た。鈴音、琴音、奏介、宮野。うむ、聞いてた通りだな。
皆制服のままで、学校での姿と特に変わった様子はない。
服装に厳しい宮野がいるってこともあるが、放課後に着替える人は少ないし、町内で遊ぶだけでそこまでカッコつける人もいないしな。
ただ、宮野の普段着を見れなくて残念だと奏介が言ってた。からかうためなんだろうけど。
「竜斗も来たし行くか。じゃあ最初どこ行くー?」
全員揃ったのを確認して、奏介が全体に聞いた。
すると鈴音が、いつもの高いテンションのまま勢いよく挙手した。
「はいは~い、服見たいでーす! 今日はこのために来たようなものだから! ねっ、琴音~?」
「後でな。次」
「ええぇっ!? 扱い悪ぅっ!」
「し、仕方ないよ。私達は時間かかっちゃうし」
女子としては普通なのかもしれんが、大月姉妹は衣料品を大量に買い込むからな。
なんだかんだで結局は俺達男子に押し付けられるし、荷物になるものは帰りに買う。これ鉄則。
「ま、まぁ俺らはゲーセンとして……宮野さんはどこ行きたいんだ?」
ぶーぶー文句を言ってる鈴音を横目で見ながら、奏介が訪ねた。
まさか自分が当てられるとは思ってなかったらしく、少し驚いたようだった。
「わ、私ですか?」
「そう。俺のせいだとはいえ、何か目的あって来たんじゃないの?」
「……あるにはありますけど、あなた達には言えません」
何やら秘密の用事みたいだ。
だが、四六時中生徒のネタを探してる奏介が、珍しい宮野の隠し事を逃すはずがなかった。
「へぇ~。でもみんなで遊びに来てるんだからさ、一緒にいるし結局バレちゃうんじゃない?」
「いえ、私が用事を済ます時は別行動させてもらいますから」
「ふぅん……ま、別にいいけどねぇ」
奏介が、宮野に気付かれないように眼鏡を光らせ、怪しげな笑みを浮かべている。さてはこいつ盗み見るつもりだな……?
「でも、流石にずっと別行動って訳じゃないですよね? 愛華先輩とは初対面ですから、もっと知りたいことがあるんですけど……」
「も、もちろん、基本はあなた達と一緒ですからね? 心配しないでください」
人付き合いを大切にする琴音に寂しげな表情で聞かれ、宮野は焦って答えた。
荒い連中と日常的に相手してるからか、おとなしい人には優しすぎたりするのだ。
プラス後輩という立場である琴音にお願いされれば、聞いてやるしかないんだろうな。
でも、本当に琴音はおねだり上手だ。穏やかに微笑みながらだったり、涙ぐんで頼んできたりとか、人身掌握を心得てるぞ絶対。末恐ろしい。
俺が何度もあいつの頼みごとを聞いてしまったというのは言うまでもない。
「服屋は後回しで、宮野さんも後で別行動……。となると、まずはゲーセンだな……」
奏介が全員の意見をまとめ、弱々しい語勢で結論を出した。
そんなに金無くて行きたくないんなら、ドタキャンでもすりゃあ良かったのに。仕返しはするけど。
渋々といった様子のやつもいたが、俺らはまずゲーセンに向かったのだった。




