3月 ―3―
三ヶ月程はそのまま過ぎ、ある日の夜。
家の掃除をしていると来客があった。インタホンに呼ばれて出て行くと、大柄で筋肉質な男性と、対照的に小柄なメガネをかけた大人しそうな男性が立っていた。
大柄な男性はメガネをかけた男性より後ろに立っていて光が当たらず腰から上がうかがえない。
「どうも始めまして。隆昭さんの部下の伊藤です。後ろのが牧島。仕事がやっと一段落したので、隆昭さんには休んでもらおうと思いまして連れてきました」
「えと、……そう、ですか」
珍しい来客に驚いた。だが、当の親父が見当たらない。
「あの、それで、親父は?」
「はい。私の後ろに」
言われて見ると、伊藤さんが牧島さんを呼んでいた。こちらに近づいてくる。
牧島さんの姿が徐々に顕わになるが、当の親父は見えない。彼が大きめの段ボールを担いでいるくらいだ。人を折りたためばあのくらいの大きさになるかもしれ――。
「……親父?」
「すんません。言っても、大人しく帰ってくれなかったんで無理やり持ってきました」
「ああ、いえ。御苦労様です」
牧島さんがぶっきらぼうに言う。謝ってはいるが、大して悪いとも思っていなそうだった。親父を連れてくるの、結構苦労したのかもしれない。
その親父は、体育座りの態勢で足も体もまとめて紐でぐるぐると巻かれて、猿轡まで噛まされていた。悪気がないなら、もう少しましな格好で持ってくるよな、たぶん。
……、情けない。何その格好。
「じゃあ、そこに、置いといて、下さい。片付けとくんで」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて。牧島、そこでいいってさ」
「うぃす。五月蠅かったんで喋れないようにしてますんで、すぐに取ってやって下さい」
牧島さんが返事をして親父を玄関に降ろす。降ろされた親父はピクリとも動かなかった。
大丈夫か、親父?
「じゃあ、ちゃんとお届けしたので、そろそろ」
伊藤さんがそう言って、帰る意志を示す。
「隆昭さん、短くても一週間は会社に来ないで休養して下さい。信じられない程仕事取って来て、それを全部捌いてくれたのはありがたいですが、隆昭さん程ではないにしろ全員オーバーワーク気味です。おかげで仕事の早さと質の両面で評判はいいみたいですがね。
まだまだ小さい会社ですから早く軌道に乗せたいのもわかりますが、隆昭さんが休んでくれないと困るんですよ。トップに土日返上で働かれちゃ、下も休みが取り辛らいですから。
とりあえず急ぎは終了したので、一週間はこちらで分担してサポートにだけあたる形で休ませてもらいます。来ても今日みたいにして追い返しますから。
あなたに倒れられると困るんです。しっかり休んだら、会社のキャパシティと仕事の受注量について、まず議論しましょう。今はいいですけど、いつかシワ寄せが来ますよ」
帰る前に、縛られて丸まっている親父に伊藤さんが言葉を投げる。言いたいことは全て言ったと言う感じで礼をして、二人は帰って行った。
二人を見送ると突然足元の丸い物が暴れだした。何か呻いている。
「ああ、悪い、親父。すぐ取るから」
「フガーッ! フガッ、フガーッ!」
人の話なんか聞いちゃいなかった。暴れているから紐も取り辛い。少し大人しくしていてもらおう。そう決めて、横になっている親父を踏み抜いた。
「ふぅ。これで良し」
動かなくなった親父を確認してから、ハサミを取って来て紐を切る。その後に猿轡を取ってやる。
「落ち着いたか、親父?」
「お前のせいで、あいつらへの怒りはどうでもよくなったよ。あいつらより酷いな、お前……」
頭を踏み抜くところだったが敢えて体にしたんだ。むしろ、お礼を言って欲しいくらいだよ、親父。
「……しばらく休めって言われてたみたいだけど。会社の人にも無理させてたのか?」
「無視かよ……まあいい。あいつら、休めって言っても休まないんだよ。やれる範囲でやってるだけなのに、僕には休めって言うし。
でも、仕事の量は今のペースを維持しておく必要がある。限界を把握して仕事は受けてるつもりなんだがな。まずは広く覚えてもらえなきゃ今後の仕事の量に響いてくる。会社の安定も遅くなる。なら、今は質を維持出来る範囲で一杯一杯に仕事を受けるしかない」
「それじゃ綱渡りしているようなもんじゃないか! いい機会だから休めよ。働き過ぎだろ、どう考えても。伊藤さんって人も言ってたけど、覚えてもらっても一度のミスが響くんじゃないのか?」
「そんな時間は無いんだよ! さっさと会社を軌道に乗せないといつまでもお前はこのままだろうが! いいから飯くれ。明日も仕事行くから」
そう言ってさっさとリビングに入って行ってしまった。
……俺が、無理させている? 親父に、親父の会社の人達にも?
親父が忙しいのは、ただ興したばかりの会社だからだと思い込んでいた。そんな訳、無かったのに。実際は、親父が必要以上に仕事を取ってきていた。必要なのかもしれないがオーバーワークだと伊藤さんは言っている。
何だ、それ?
親父はああ言っているが、伊藤さんの言葉を信じるべきだろう。働き過ぎなのも事実だ。今平気でも、必ず倒れる。周りを巻き込んで我が儘言ってまで何考えていやがる……。
親父が飯だと言っていたな。ここで考えていても仕方ない。とりあえず用意してやるか。
「何やってたんだ? 遅いぞ、太郎。早く飯をくれ」
「急かすな。すぐに用意するから」
黙々と親父の分の飯の用意をする。親父の前に料理を並べてから、尋ねる。
「……、親父」
「何だ」
「親父の無茶は、俺のせいか……?」
「どうせ必要な事だ。確かに仕事の量は少し多めだが、お前が家の事をやってくれてるおかげで何とか回せてるよ」
「でもそれも、俺に家のことやるの止めさせるためだろう?」
「必要なことだと言った。会社の安定を早めるんだ。結果としてお前との期限も早まるだろうがな。考えとけよ、どうやって区切りを付けるのか」
ちくしょう。目的がどっちにあるかなんて明白じゃないか。それに、今どの程度安定って奴に近いのか知らないが、そこまでは無理し続けるってことだろ、それって。
いいのか? それで。
だが、俺はやらなきゃ何も出来ない俺のままだ。でも親父や会社の人に無理をさせて、やっていいのか?
「なあ、親父、俺は―――」
「お前が、必要だと言ったんだ。途中で投げるなよ? 家の事は、今はお前に任せているんだからな。今、やっぱり止めるとか言われても困るぞ。続けている間にしっかり考えろ。お前はいつまでもそうしている訳にはいかないんだからな」
なんだよ、それ。止めさせたいんじゃないのか? 一週間休みだろ? いい機会じゃないか。家のことを親父に受け渡すのなら、丁度いいタイミングだ。
何を考えている?
「まあ、さっきは明日も行くって言ったが、よくよく考えたら明日、明後日は休日だったな。土日じゃ、仕事を取りには行けないし、会社に行っても今日の感じだと追い返されそうだ」
「俺を、止めさせたいんじゃないのか?」
「何だ、急に。早い方がいいとは思うが、別に無理やり止めさせたい訳じゃない。ただ、期限は大事だ。無いと終わりが来ないからな。会社の方の目途が立ったら期限はここまでだって言うつもりだった。
……じゃあ、明後日もう一回どうするか決め直すか。内容次第じゃ、そこで止めさせるかもしれないが。ちなみに拒否権はないぞ。今日までのことを良く考えて、これからどうするのか決めとけよ」
「……何だよ。別に俺の答えは変わらないぞ」
「それならそれでいいさ。同じなら今まで通りだ。もういいだろ。風呂でも入ってこいよ。飯が進まない」
「……わかった。食い終わったら、食器は水に浸けといてくれ」
「はいよ」
親父が何でもないように言葉を返すのを聞いて、リビングを後にした。




