3月 ―1―
母さんが亡くなったのは、俺が高校入学を控えた三月のことだった。
俺はその日、母さんと来月から通う高校の制服を取りに出ていた。高校は学ランで、それを受け取りながら、「こりゃ、太郎には似合わなそうだな」と母さんは笑っていた。そんなことはないと文句を言ってやったが、実際に着て見せて証明してやれなかったのは、心残りだ。
制服を受け取った帰り、事故に遭った。フラフラと、しかし高速で俺に向って突っ込んで来た車を認識した時には、その場から突き飛ばされていた――車ではなく、母さんに。今でもはっきりと思い出せる。
俺が車の進路から外れて満足そうにする母さんが、車に撥ねられて転がる様を。撥ねられた母さんを、道路に叩きつけられた母さんを、血を流して倒れ伏す母さんを前に、俺は、何も……何も、出来なかった。
怪我も無く立ち上がるが、それだけだ。助けを呼ぶことも、犯人を追うことも、安否を確認することも、母さんに声をかけることさえ、出来なかった。
近くに居た人が救急を呼んで警察に連絡し、あっと言う間にことは進む。
でも、その間も俺は何も出来なくて、最後、母さんが息を引き取るその時まで、俺は目の前で進む出来事をまるで他人事の様に茫然と眺めていることしか出来なかった。
今にして思えば受け入れられなかったのだろう、目の前で起こったことを。考えることを止めて故障した機械の様に突っ立っていなければ、本当に壊れてしまっていたのかもしれない。
だが俺が現実から目を背けて居られたのも母さんの葬儀までだった。
母さんを送り出して、ふと現実に目を向けると当然そこに母さんは居ない。
家がやけに暗く感じた。母さんがいた時の賑やかさなどあるはずもなく、暗い家で何も出来なかった自分を悔やむだけの時間が過ぎた。
葬儀から三日間は部屋に籠って過ごした。親父が部屋越しに声をかけてきたが、返事を返す気にもなれなかった。親父が買って来る弁当だけは受け取って、追い返す日々が続いていた。特に、何も出来なかったくせに、空腹に負けて食事だけは取る自分への嫌悪感は募る一方だった。
四日目、親父は今日も早くから会社へ向かった。親父が声をかけて仲間と会社を興したばかりで、親父が居ないと回らないらしい。俺のことはしばらくそっとしておくことに決めたようだったが、忙しくてそうせざるを得なかったということもあるのだろう。
三日間部屋に籠っていたが、嫌悪感が募る一方でこのままじゃいけないと思う気持ちもあった。こんな姿は母さんに見せられない。母さんに見せられない姿なんて晒していていい訳がない。だから、無力な俺に出来ることが――母さんのために出来ることが一つでも見つかればと思い、部屋を出た。
三日ぶりに部屋の外に出ると相も変わらず母さんの気配はありもせず、家の状態も悪化していた。親父に家を片付ける暇などはないし、家事をやる人などいない。汚れた家を見て、どんどん母さんの痕跡が消えていくような気がした。何も出来なかった上に、俺の前から母さんの名残は全部消えて行ってしまう。それが堪らなく嫌だった。
俺は、やれることがあるんじゃないか?
気付けば家の掃除を始めていた。母さんの姿を思い浮かべながら。
掃除は終わらなかった。どれだけ片しても、以前とどこか違う気がしてやり直す。
何度も何度も繰り返す。
その姿は、子供が望む砂の城を形にするために何度も作っては壊す様に似ていたかもしれない。
一つだけ、たった一つだけ見つけた。何も出来なかった俺に出来ること。母さんをなぞる。この家で母さんがやっていたことは全て俺がやろう。
母さんが消えてしまわないように。
『太郎は、これからどんな風になりたい?』
母さんの最後の言葉だった。答えは出ていたのに、言うのが気恥ずかしくて言葉を探す振りをしていたら、言う機会がなくなってしまった――。
「俺は、母さんの様になりたい」
3月と言いつつ、ちょっと戻って3年前の話です。




