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7月29日 ―14―

 控室に入って、俺が公演前に座っていたソファに寝かせてもらう。

「僕はちょっと譲司さんの所に行くから。彩ちゃん、太郎君のことお願い。僕が戻ってくる前に太郎君が動けるようになったら連絡入れてくれるかい?」

「わかったわ」

 彩さんが応えるのを聞いて佐橋さんが出て行こうとする。

「佐橋さん、ありがとうございました」

 危うく言いそびれるところだった。

「いいよー。それより、麗華さんに写真を消させるのには協力してよ」

「はい。勿論です」

「太郎君が居れば勝率五割増しかなー。よろしくねー」

 佐橋さんは手をひらひら振りながら出て行った。

 動けるようになったら、か。

 力が入るようになって来てはいるが、指先が動くとか首が回るとか、その程度だ。まだもう少し時間がかかりそうだと思う。自分の体だ、なんとなくわかる。

 しかし情けないな。終わったと思った途端、力が入らなくなるとは。

「それだけ頑張ったってことじゃないの?」

「まだ、何も言ってないのに、返事をしないで、くれるかな?」

「あら、ごめんなさい。でも、そう思うのならわかりやすく表情に出さないで下さいな」

 彩さんが笑いを零しながら言う。

 仕方ないじゃないか。俺だって何とかしたいよ。

「それにしても亮さんの提案、安請け合いしちゃったんじゃないの?」

「え? 何で? 俺だって、消したいし」

「たぶん太郎さん、亮さんに餌にされるわよ」

「餌?」

「じゃあ、消してくれたら太郎君が女装してお店に出るよー」

 彩さんが佐橋さんの真似をしながら、とんでもないことを口にする。

「冗談じゃない!」

「でも母さんは、そんな面白そうなことが条件なら写真を消すと思うわよ」

「マジか……。助けて、彩さん!」

 彩さんに懇願する。もとを正せば彩さんのせいだし何とかしてもらいたい。

「そうね。私が母さんに写真を送った訳だし。ただ私も母さんに弱みを――いえ、何でもないわ。それより相手が母さんなのよね。たぶん、何かしらしないと厳しいわよ?」

 それを何とかするのが彩さんではないの? それと何か言い直していたのが気になるのだけど。弱み?

 聞き返そうとしたら、彩さんが先に口を開いてしまった。

「私に出来ることならしたいのだけど。でも出来ないことは出来ないのよ、太郎さん。……、そうね。母さんの要求を引き下げるくらいなら出来ると思うわ」

 弱みについても気になったが、麗華さんへの対策として割と現実的な案が出て来たのでそちらを尋ねることにする。

「要求を引き下げる?」

「そう。だから最悪これならやれるってことを考えておいて。それ以上に酷いことにはならないように努力するから」

 つまり犠牲になるのは諦めろと。……、もう起きてしまったことに対して出来ることは少ないと思う。相手は麗華さんだ。なら仕方ないか。被害を最小限に抑えることを考えよう。

「わかった」

 俺が答えると彩さんは「どんなことが、最低ラインなのかしら」と楽しそうに呟いていた。

 他人事だと思って……。

「それにしても太郎さん。凄かったわね」

 急に彩さんが話題を変える。

「何が?」

「太郎さんが、よ」

「そうだった、かな?」

 出来は上々だったと思うけど、その前後のことが頭をちらついて素直に受け入れられなかった。

「皆、楽しんでたわよ。もちろん私も。楽しんでたというか、聞き入っていたというか」

 改めて言われると恥ずかしい。ので、この話は――。

「終わりにしないわよ。どうして、あんなにいろんな声が出てくるのかしらね? 普段の太郎さんからは想像もつかないわ。曲の度に変わるから、次はどんな風に歌うのかワクワクしちゃった」

「わかってて、続けるんだ……」

「ええ。だって本当に凄かったんだもの。亮さんも驚いてたわよ。太郎さんが自由に出来るように用意した舞台だったけど、あそこまでやってくれるなんてって」

「用意した、舞台?」

「たぶん、オケっていうの? を抜いたことじゃないかしら? 他に特にしたことはなさそうだし」

「ああ、なるほど。確かに、かなり自由に、歌ってたから」

 好きなように楽しんで来いと言われていた。佐橋さんの期待通りにやれたようだ。

 でもいい加減ムズ痒い。

「それも彩さんが、居てくれたから、だよ」

「やり返してるつもりかも知れないけど、私は照れないわよ。太郎さんがそう言ってくれるなら、それが成功の要因なら嬉しいし。そう思えるくらいの公演だったわ」

 あっさり返されてしまった。勝てる気がしないな。

 困った時には佐橋さんを見習って話題転換するのがいいと思う。

「ところで、彩さん。聞きたい、ことが」

「本当に聞きたいことなら聞いてあげる」

 見透かされてるなあ。

 でも、そうだな。聞きたいことはある。

「どうして、アリアちゃんの傍に、居てあげなかったの? 佐橋さんが、驚いたって言ってたよ、ここに来たこと」

「亮さんが? そう。その答え、私が馬鹿だったから。じゃ、納得いかないのよね?」

「出来ればね。でも、ただの好奇心、みたいなものだから、無理に答えてくれなくても、いいよ」

 本当は、彩さんに必要な切っ掛けっていうのがあったのか知りたいんだけど。

「そう……。じゃあ私が答える前に、太郎さんのこと教えてくれるかしら?」

「俺のこと?」

 俺のことが彩さんの今日の行動にどう関係しているのだろうか?

「ええ。昨日ね、隆昭さんに太郎さんみたいって言われたの。そのことに関して詳しい話を教えてもらえなかったんだけど。『彩』のこと話した時にね、じゃあ君は何をしているんだいって聞かれて。アリアの傍にいることが私の仕事だって答えたわ。それしか出来ないからって。そしたら、太郎さんみたいなことを言うって、苦笑してた。それに帰りも、ね」

 親父。彩さんに向って俺みたいとは失礼だよ。

 というか、呼び止めたのはそんな話のためだったのか。

「じゃあ、俺は詳しい話ってのを、すればいいのかな?」

「ええ。お願い。私が話す前に聞いておきたいの」

「わかったよ」

 詳しい話ってのは、間違いなく俺の高校三年間とその始まりのことだろう。

 俺にとって必要な三年間ではあったが、自分勝手な三年だったからあまり話したくはないのだけど……。

 俺は、一息ついて話し始める。

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