7月29日 ―12―
「お疲れ、太郎。上出来過ぎだ。お前に任せることに二の足踏んだ俺が滑稽に思える出来だった。アリアにも大成功だったと言ってやれ」
部屋を出た所で譲司さんに声をかけられる。譲司さんから見ても大成功だったらしい。良かった。
確か約束では上手く出来なければ『彩』で歌うことは出来なくなるはずだった。何より俺が楽しんだ結果が、譲司さんに成功と言わせる程に皆を楽しませられたのが最高だ。
『楽しいは正義』、自分じゃない誰かのために。
うまく出来ただろうか?
アリアちゃんが自分だけじゃもう無理だからって、俺を誘ってくれた。今日も俺に託してくれた。
期待に添う事は出来ただろうか?
今になって、終わった実感が湧いてきた。
「大丈夫か、太郎?」
「だい、じょう、ぶ、です」
へなへなとそのまま前に倒れ込んでしまいそうになる。そんな俺を彩さんが正面から支えてくれた。
「あり、がと」
「太郎さん、こういうのは大丈夫って言わないのよ。それはそれとしてお疲れ様」
「彩さんも、お疲れ様。ごめん。ちょっと、終わったと、思ったら、力が、抜けちゃって。重い、でしょ? 捨てて、いいよ」
喋るのは出来るが、それ以外のことは出来る気がしない。力が入ってないから彩さんが抱きかかえるようにして成人男性一人分の重量を支えている。
「捨てるなんて嫌よ。馬鹿なこと言ってないで。動けるようになったら言ってね」
彩さんは心底呆れた顔で言っているのだろう。そんなこと言われても……。譲司さん、助けて。
「彩。そのまま太郎を頼む。その辺に捨てて置く訳にもいかんしな。亮がすぐ戻るだろうから、それまで支えててくれ。俺はこの後のことをちょっと話してくる。施設長を待たせる訳にもいかんから、悪いな」
「わかったわ」
譲司さん、それでいいんですか? 施設長なんか待たせてでも、彩さんから俺を引っぺがすべきだと思うんですよ。動けない俺が言うのもどうなんだって話ではあるけど。
だが、俺の想いも空しく譲司さんは歩いて行ってしまった。
もう、あなたには頼みません。早く来て下さい、佐橋さん。
「アンプとマイクを置きに行っていただけなのに、随分と面白いことになってるねー。何で二人で抱き合っているんだい? 僕が居ない間にどんな熱い出来事があったのかな?」
佐橋さんが戻って来た。
佐橋さん、馬鹿なこと言ってないで、早く彩さんと代わって下さい。譲司さんに認めてもらえたのは俺的には割と熱い出来事だったけど、そんなことが聞きたいんじゃないんでしょう?
俺が完全に彩さんに寄りかかっているだけだ。見ればわかるだろうに……。
まあ、もしかしたら、俺と彩さんじゃ身長がほとんど変わらないし、倒れそうな時に正面から抱き止めてもらったから、そう見える可能性も無きにしも非ずなのかもしれないけれど。
というか、佐橋さんが余計なこと言うから気になり始めてしまったじゃないか。さっきから彩さんの顔が俺のすぐ横にあるし、俺が完全に脱力して寄りかかってしまっているから体の密着度もやばい。
「ち、違うわよ。そういのじゃないわ! 太郎さん、終わったの実感して、力が抜けちゃったらしいのよ。それで、倒れちゃいそうだったから――」
佐橋さんの発言に珍しく慌てた様子で彩さんが答えるていると、佐橋さんが言葉の続きを引き取った。
「抱きついちゃったんだねー」
引き取っても、それじゃ間違いだから!
「支えて、もらってるん、です。早く、彩さんと、代わって、あげて下さい」
「そんな言い方するくらいなら自分で離れればいいのに」
絶対、ニヤニヤしながら言ってるよ、あの人!
佐橋さんの表情は現状窺えないが断言できる。
「できたら、してます」
佐橋さんを睨もうとするが、首が回らないし眉間に力も入らない。睨むのにも力を使うんだなあ。
「でも、本当にいいのかい?」
「いいから、言ってるん、です。怒りますよ?」
「太郎さん、もしかして私、迷惑だったかしら?」
彩さんが耳元で尋ねてくる。淡々と聞いてきているが、そのせいで彩さんが冗談を言っているのか、真面目にそう思っているのかわからなかった。
「違うよ。ただ、今は少し、問題が、発生し、て」
「え? 今? 問題?」
「何でも、ない」
彩さんは特に何も感じていないようだ。俺もさっきまでは申し訳ないと思っていただけだったのに。邪な人が邪なことを言うから、俺まで邪な思考に囚われてしまった。
「でも、さっき太郎君は僕の言葉以上に動揺していなかったかな?」
うるさい、全部佐橋さんが悪いんですよ!
「彩ちゃん。お疲れ。太郎君はこのまま控え室に運んじゃうね」
そう言うと、いつの間にか傍に来ていた佐橋さんが俺を持ち上げた。




