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7月29日 ―9―

 エントランスに着くとすぐに、外で話している二人を見つけた。彩さんと二人のもとへ向かう。

「おう、太郎。大丈夫か? そろそろ十五分前だから、戻ろうと思ってたんだが」

「はい、もう大丈夫です。ご心配を、おかけしました」

「本当に大丈夫そうだねー。彩ちゃんのおかげかなー?」

「私は別に。少し話しただけよ。太郎さんがじぶ――」

「彩さんのおかげです」

 彩さんが自分の力じゃないような言い方をしようとするので、急いで声を被せる。何度でも言う。間違いなく、彩さんのおかげだ。

「何を話したのかは知らないけど、それだけでも助かったよー。僕や譲司さんじゃあの状態の太郎君に、一体何て声をかければ良かったのかわからなかったからねー」

「そうだな。何を言っても反応が無いから、戻ってもあの状態だったらぶっ叩いて話しを聞いてもらうしかなかったしな」

 彩さん、この人が戻ってくる前に来てくれてありがとう。

 俺が言うのもどうかと思うが、声をかけるからぶっ叩くって飛躍しすぎじゃないですかね? そこに至る前にもっと試せることがあったと思うんです。

「そうなる前に太郎君が元気になって良かったよー。これで公演は安心して任せられるねー」

「ああ。ところで太郎、挨拶は考えてあるのか?」

「えと、考えて、ないです」

 さっき挨拶をしなきゃいけないことを知らされたので。

「いつもアリアがやってるんだが。太郎がやるんだよな、亮?」

「そうだねー。その予定だったんだけど。さっきの状態を見るとねー。僕とは普通に話せるし、彩ちゃんや譲司さんともある程度は話せてるから忘れちゃってたけど。太郎君は、やっぱり太郎君なんだよねー」

 すいませんね、佐橋さん。所詮、山田太郎なんてこの程度なんですよ。そのことを忘れられてたのは、俺にとってはいいことなのかも知れないですけどね。

「挨拶は私がやるわ。アリアに頼まれてるし。ね、太郎さん」

「うん。彩さん、お願い」

 彩さんにお願いしているから必要なのは一言二言だとはいえ、真面目にしっかりと考えていた方がいいんだろうな。ただ、アリアちゃんの手紙が気になる。

「……本当に、彩がやるのか?」

 譲司さんが彩さんに尋ねる。驚きがその表情から見て取れた。

 何が譲司さんにそんな顔をさせるのだろうか?

「何、父さん? 何か問題あるの?」

「いや。問題は無いんだが、……まあ、いいか。公演の後とかにアリアと一緒に爺さん達と会っているし、問題も無いだろ。悪いことでもないしな」

「ならいいわね。戻りましょ。いつまでもここに居ても仕方ないでしょ? 始まるまでも、時間なくなって来てるんじゃないの?」

「確かにそうだな。戻るか」

 彩さんに促されて、譲司さんが建物の中に入っていく。彩さんもそれに続いた。

「さて、置いてかれないように僕らも行くよ、太郎君」

 俺も佐橋さんに促されて二人に続く。

「佐橋さん、聞いてもいいですか?」

 先を歩く二人を見ながら、隣の佐橋さんに問いかける。

「何だい?」

「譲司さん、彩さんが挨拶を引き受けるって言った時、驚いてたみたいですけど」

「ああ。そのこと。ここに来たことも含めて僕と譲司さんにとっては、ちょっとした驚きだったよ」

 譲司さんだけじゃなく、佐橋さんにとっても意外だったようだ。

「アリアちゃんに言われたからですよね?」

「アリアちゃんは何て言ったんだろうねー。彩ちゃん、公演の時は決して表に立たないし、終わった後は、来てくれた人と話すアリアちゃんの横にずっと居るだけ。話しを振られれば最低限の回答を返すだけ。そうやって、『彩』でも人とは出来るだけ関わらないでアリアちゃんの傍に居続けたのにだよ?」

 つまり、『彩』での彩さんの仕事は、アリアちゃんの傍にいることって訳か。でも、だったら何でここに? 彩さんは自分が馬鹿だったと言っていたか。

「前に、佐橋さんが言ってた切っ掛けになるような言葉だったんじゃないですか?」

「そうなのかなー、そうだといいね――僕らが驚いていた理由を答えてなかったね。僕と譲司さんの共通の見解、彩ちゃんはアリアちゃんが大変な時にはそっちを優先する。という訳で『彩』とアリアちゃん、どっちも大変ならアリアちゃんを取るのが彩ちゃんだってこと」

「そうなんですか? ……確かに。最後に見た時も、何か考えているみたいではありましたけど、アリアちゃんの傍を離れるつもりはない感じでしたね」

「僕も太郎君の後で会ったけどそうだったよ。だから気になるよね。この短時間に何があったのかってね」

「まあ、アリアちゃんが何かしたんでしょうね。彩さんが、お礼はアリアちゃんに言って欲しいって言ってました」

「そうなのかなー。まあ、いいや。後で本人に聞けば解決するしね」

「二人とも、何をこそこそ話してるの?」

 もうすぐ控室だ。その前に立ってこちらを見ている彩さんが、まるで俺達が悪いことでもしているかのように問いただしてくる。

「いやー、彩ちゃんは美人で得だよねーって話」

 そんな話はしてないですよ、佐橋さん。

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ、亮さん」

「僕は美人って言われても嬉しくはないよー、彩ちゃん」

「じゃあ美人はイケメンに置き換えて。私も、亮さんに言われても嬉しくないわよ」

「酷いなー。太郎君だったらいいのかい?」

「亮さんに言われると馬鹿にされてるように感じるのよね。太郎さんはそういうことだけはちゃんと言うから。まあ、角も立たないわ」

 そういうこと“だけ”ってことはないと思うんだけど。そう思っているのは俺だけなのかな?

 そのまま、控室に入る。

 そこで時間まで少しだけだが休んだ。

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