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7月27日 ―2―

読みやすさってどういう所にあるんでしょうか。

難しいです。

自分で読み返して、少なくともコレジャナイとは思うのです。

 ここのカラオケはフリードリンク制で、ファミレスでよく見かける物と同じドリンクのサーバーが各階に設置されている。そこで飲み物を取って部屋へと入る。

 さて、早速歌うとしよう。本当に久しぶりなので何から歌うか迷うな。

 俺はあの決意の日以来、重いバラードだけじゃなく様々なジャンルの曲を歌うようになった。洋楽、邦楽、ロック、演歌、民謡、果ては電波ソングまで。それぞれの曲は、それぞれに歌っていると面白いと思えたので本当に飽きることなく二ヶ月間歌い続けてきた。まだまだ俺の知らない曲が沢山あることを考えると、とても楽しみで仕方がない。

 今日のスタートは、小学校の教科書に載ってそうな童謡からにしよう。久しぶりに働く喉に優しいはずだ。そして、俺は小さい頃に学校で歌った一曲を選択した。イントロが流れ始めて、すごく懐かしい気持ちになる。カラオケのこの感じが懐かしいのか、この選曲が懐かしさを感じさせるのかは、わからなかった。


 久しぶりにしては思ったよりも声が出ていた。なんだか今日は調子が良いみたいだ。次の曲はどうしようか。

 ……体を動かしてみよう。

 振付のある楽曲なら、軽い振付は出来た方が楽しいんじゃないかと思っている。なので、俺は振付も覚えた。さて、じゃあイケメンアイドルグループの曲にでもしようかな。そしてその後の曲はいつもなら演歌だな。曲を送信するとミュージックビデオが流れ始める。ノリノリだな――。

 ――コンコン、ガチャ。

「いやー、ごめん太郎君。ちょっといいかなー」

 歌って踊れる俺の前に佐橋さんが現れた。

 ノックから開けるまでの間が短いよ! ノックってなんのためにするのか知ってますか?

 ……BGMだけが流れる空間で俺と佐橋さんの時間は停止してしまった。この沈黙を先に破ったのは佐橋さんだった。

「えっと、太郎君。続けていいよ?」

「良くないです! いいから、本題に入って下さい!」

「そう言いながら、その奇抜なポーズを決して崩そうとしない太郎君はやる気満々と見たよ、僕は」

 指摘されて初めて気付いた俺は、固まっていたポーズを止めて佐橋さんに向き直った。

「いいですから! 何かあったんですか?」

「そう? 残念だねー。さて、そろそろ本題に入ろうか。実はね――」

 そこで佐橋さんは一度言葉を切った。そして、とんでもないことを口にした。

「相部屋でもいいから今すぐ部屋に入りたいって言うお客さん来ちゃった」

「は?」

「いやー、だからね。相部屋でもいいから今すぐ部屋に――」

「何を言ったかはわかってますから、繰り返さなくて結構です!」

「それで、一部屋空いてますよ。冴えないもの凄く普通な男性が一人ぼっちで居る部屋なんですけどいいですか? って聞いたら構わないですって言われてちゃった」

「何で空いてないって言ってくれなかったんですか! そして、俺に対する形容は間違いじゃないんでノーコメントです!」

「ばれる嘘は吐きたくないかなー。カウンターで、太郎君の部屋が相部屋歓迎で、しかも最後の入店だから空いてるのを確認されちゃったからねー」

「あー、うー、あっ、相部屋にはならないって言ったじゃないですか!」

「言ったっけ? まあ、今までのお客さんは希望してないんだから、新しく来るお客さんも希望しないかもしれないよねー、みたいな話はしたかなー」

 確かに……。まんまと乗せられた俺のミスか。

「さて、そろそろいいかい? お客さん呼ぶよ?」

「拒否権は無いんですよね?」

「そんなに、嫌なら帰ればいいのに……」

「酷いこと言いますね。嫌ですよ、一ヶ月待ったんですから。絶対に三時間歌ってから帰ります」

「じゃあ、僕から言うことはもう何もないかなー。その意気込みで頑張ってね、太郎君」

 仕方がない。全く自信が無いが、なんとか乗り切れるように努力しよう。一つ気になっていることがあったので出て行く佐橋さんを呼び止める。

「あの、ちょっと待って下さい。一つ確認しておきたいことがあります」

「ん? 何かな?」

「どんな人が来るんですか?」

「あー、そうだねー。気になるよねー、やっぱり。来てからのお楽しみじゃ駄目なのかな?」

「これだけは譲れません。俺には事前知識と色々な準備が必要なんです」

「何を準備するのか、とても気になるけど触れないでおくね。さて、そうだね。じゃあ教えておこうか。赤髪幼女と黒髪のキレーなお姉さんの二人組だよ。やったね、太郎君。僕は嘘なんて吐いていなかったんだ。相部屋キャンペーンは素敵な出会いを提供します」

「よくわからない冗談はいいですから、どんな人が来たのか教えて下さいよ」

「ひどいね、太郎君。自分から聞いたくせに僕が答えるとそんなこと言うんだ」

「佐橋さんが真面目に答えないからでしょう! 何ですか、赤髪幼女って。そんな単語は生まれて初めて聞きましたよ」

「黒髪のお姉さんは普通かなって。だから、もう一方はインパクトがある方がいいかと思ったんだけど」

「ありきたりとかインパクトとかって。今必要なのはそういうのじゃないです!」

「もういいじゃないか、何でも。太郎君が絡むと余計な時間がかかってよくないよね」

「だから、佐橋さんのせいでもあると思うんですよ」

「わかったよー、ならもう行くねー。あーそうそう、太郎君も二人と同じ終了時間まで歌ってていいからねー」

 そう言って、佐橋さんは部屋から出て行った。結局どんな人が来るのかわからなかったな。だが、俺は何があっても歌ってから帰る。一ヶ月待ったんだ。今帰るなんて御免だ。

 だから、先にどんな人達が来ても円滑でかつ俺が絡まれないような対応をシミュレーションしておくべきだろう。次に歌う曲を入れておかず、先にさっさと歌わせてしまうのがいいかもしれない。そうすることで、流れ的に次は俺が入れる感じになって、自然に黙々と歌う流れが作れるに違いない。

 ならば、勝敗を決するのは最初の一言だろう。これを必勝の一手とするのが今の俺のすべきことだ。そうだな、曲を探している風から入り、部屋に二人が来たら顔を上げよう。そして、最高の笑顔で言うんだ。

(どうも、初めまして。僕は先に入って歌っていたのでお二人から歌って頂いて構いません。どうぞ。ハハハ。ああ、自己紹介がまだでしたね。僕は山田太郎です。今日はよろしくお願いしますね)

 ……完璧だ。これで今日は勝ったも同然だろう。さて、もうシミュレーションはいい。それより、次は何を歌うかでも考えようかな。

 ――コンコンガチャ。


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