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7月28日 ―17―

「さて、じゃあ出ようか」

 帰ることにしてからは早かった。帰りには行きの時のような大荷物もなく、すぐに家を出る準備が整い、玄関を出る。

「「お邪魔しました」」

「また、遊びに来てよ。二人とも」

 玄関の奥から親父が言う。

「はい、是非。また、お邪魔させて下さい」

「また来るよ、タカアキ」

 二人が挨拶を済ませたのを見て、俺も告げる。

「じゃあ、親父」

「ああ。頑張ってこいよ」

「頑張るのは、あんただ。なに綺麗に締めようとしてる? 来週、片付いてるか見に来るからな。何とかしとけよ」

「……。太郎はもう来なくてもいいぞ」

「ふざけんな! 片付いてなかったら、この家で自宅警備始めるからな!」

「冗談だよ、怖いな。お前じゃなくても親に対してその脅し文句は結構きついと思うから、やめてくれないか?」

「親父次第だ。結果を残せ。じゃあな」

「あー、ちょっと待ってくれ。忘れてた。彩華ちゃん、少しだけいいかい?」

「はい? ええ、もちろん」

 親父が彩さんを手招きで呼ぶ。彩さんもそれに従って玄関に入り親父の所へ行く。二人はしばらく小声で話していたが、やがて話しが終わったみたいだ。会話というよりは、親父が一方的に話している風だった。

「引き留めて悪かったね。それじゃ、今度こそ本当に、さよならってことで」

「ええ。お邪魔しました」

「じゃあな」

「はいはい。行ってらっしゃい」

 親父に別れを告げて家を出る。時刻は五時ちょうどだ。夏で良かった。冬なら、もう暗くなり始めていただろう。

 駅へ向かって話しながら歩く。彩さんが何か考えている様子だったので、親父に何か失礼なことを言われたのだと思い尋ねてみたが、「何でもないわ」と言って、また黙ってしまった。

 その様子を見たアリアちゃんがそう言えばと、話題を変えた。

「兄ちゃん。昨日のりょーりょーと話してる時も驚いたけど、今日もビックリだったよ」

「何で、かな? おかしなことは、してないと思う、けど」

「だって、兄ちゃん。タカアキには結構キツイんだもん」

「そうね。ほとんど敬語だったり和やかな感じの太郎さんばかり見てたから、私も驚いたわ」

 話題を変えると彩さんも普通に、話に乗ってきてくれた。

 それにしても、そんなこと言われても困る。家族に敬語でなんて話かけないし、今日の親父に対して和やかとか、無理な話だ。二人の目があったから、あれでもセーブしていた方だというのに。

 それに彩さんに言われるのは心外だ。アリアちゃんが居ない状態で出会った後で、アリアちゃんとじゃれてる彩さんを見れば、きっと俺だって同じ感想を抱くはずだ。

「あたし、兄ちゃんみたいなの、なんて言うか知ってるよ。内弁慶って言うんだよね?」

「えと、間違っては、ない、かな」

 自覚はあったけど人に指摘されるときつい。

「……。もう、親父にも敬語使おうかな」

 思わず、ぼそっと呟いてしまった。

「太郎さん。努力の方向を間違えてるわよ?」

「そうだよ! タカアキに敬語じゃなくて、あたしにタカアキみたいに話してよ」

 そう言われても、人間は楽な方に流れるんだよ、本能で。とはいえ俺としても、どちらがいいかと問われれば後者だ。

「……、頑張るよ」

 その後も適当に話をしていると駅に付いた。

 電車の中は帰りも変わらず人が少なかったが、行きと違うことが一つだけ。俺と彩さんは変わらず本を読んでいたが、間に座るアリアちゃんは、小さな寝息を立てていた。

 相当疲れたんだろう。重い荷物を持たせたり、親父の相手をさせたりしてしまったから。

 アリアちゃんが寝ているのを眺めていたら彩さんに声をかけられた。

「寝ちゃってるわね」

「うん、無理、させちゃった、かな?」

「そんなことないわよ。ただ、昨日、太郎さんの実家に行くのが楽しみだったみたいで、あまり寝てないみたいなのよね」

「それは、やっぱり、無理、させちゃって、たんじゃ」

「気にしなくていいってば。いつも騒がしい分、静かでいいじゃない?」

「じゃあ、うん。そう、思うよ」

 彩さんが寝ている頭をそっと撫でると、アリアちゃんがくすぐったそうにみじろぎをする。

 こうして見ると、本当に中の良い姉妹みたいだ。

 結局、電車を降りるまでアリアちゃんはずっと寝ていた。駅に着いたのでアリアちゃんを起こすとフラフラして危なっかしかった。彩さんが手を引いて駅へと降り立つ。

 アリアちゃんは駅へ降りてもまだ、目が覚めない様子でぼやっとした顔をしていた。空いているもう一方の手で、俺の手を掴んでくる。

 この構図は――。

 一瞬、何か例えが思い浮かんでしまったが無かったことにした。

 二人で改札の前まで連れてきて、やっとアリアちゃんが覚醒する。

「……あれ? いつ電車降りたの?」

「さっき、だよ。覚えて、ないの?」

「うーん、どうだろ? それより、今あたし、捕まった宇宙人みたいになってない?」

 メンインブラックに両手を掴まれる宇宙人か? さっき思い浮かんだ構図はこれだ。そういうことにしよう。

 とりあえず、もう大丈夫みたいなので手を離した。

「ほら。起きたのなら、しっかり立って」

「うん。さ、二人とも帰ろ。はやく、はやく」

 彩さんも手を離すと、直ぐにアリアちゃんが歩きだす。それを見て彩さんが苦笑する。

「ね? 静かな時間もあってよかったでしょ?」

「かもね」

 彩さんと二人で直ぐにアリアちゃんの後を追う。

 他愛もない話をしながら歩いていると、気付けば日坂商店街に入っていた。もうすぐ家だ。

「やっと着いたよ。今日は、ありがとね。兄ちゃん」

「こちら、こそ。来てくれて、ありがと」

「太郎さん、晩御飯は?」

「あ、今日は、家で、食べる。あと、はい。彩さん」

 実家から持って帰ってきた袋から、アロマキャンドルを取り出す。

「ありがとう。覚えててくれたのね。いい香りなのよね。楽しみだわ」

「うん。火を、使うから、気を付けてね」

「ええ。ありがと。それと太郎さん。明日だけど、十一時にウチに来てくれる?」

「あ、うん。十一時だね。わかった」

「それと、朝はあの時間なら一緒にご飯食べれるから。起きてたら、いつでも顔出してくれていいわ」

「えと、……うん。ありがと。起きてたら、行かせて、もらうよ」

 毎朝行っても文句の一つも言われなそうだ。俺が自制しよう。とはいえ、一人で食う飯より、ずっといいのが問題だよな。とりあえず、明日は止めておこう。

「それじゃ。また、明日」

「ええ、また明日。太郎さん」

「じゃーね。明日、楽しもうね、兄ちゃん」

「もちろん。楽しむよ」

 二人に別れを告げて、俺は部屋に戻った。夕食を済ませた頃には疲れでかなり眠かったが、やっておきたいことがあった。

 何をするのかなんて決まっている。もちろん、本棚の官能小説を隔離するのだ。

 その後、本棚を整理し終えた頃にはヘトヘトになっていて、すぐに眠りについた。

この話で7月28日が終了です。

7月29日は“太郎、勝負の日”ですね。

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