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7月27日 ―1―

会話と地の文のバランスが取れないですね。

無駄に文字が増えてしまってる気もしますし。

キリの良い所までと思ったら、長くなってしましました。

すいませんです。

本話からが本番だと思ってます。

よろしくお願いいたします。

 そして今、季節は夏。俺は一ヶ月ぶりにカラオケボックスに向かっている。あれから、毎日通っていたカラオケボックスが改修工事を行うことになり、一ヶ月の工事期間に入った。下宿先や大学の近辺のカラオケボックスは、そこと以前にサークルで使った駅前の二店舗しかない。あちらのカラオケボックスを使う気にはなれず、いい機会なのでちょうど迫っていた期末考査の準備に時間を割くことにした。そのため、カラオケはお預け状態になっていたのだった。

 すっかりカラオケ中毒になっていた俺は、苦悶と我慢の日々を送り続けることになり、発狂寸前まで達している自覚があった。そんな状態だが今日で期末考査も、カラオケボックスの改修工事も終了する。

 だから俺は炎天の下、カラオケボックスへの道を眩しい日射しにジリジリと肌を焼かれながらも歩いていた。再びカラオケを楽しむために。しかし、逸る気持ちは夏の暑さと勉強疲れで押し潰され、歩く速さは牛歩の如し。

 早く着いて欲しい。家を出て二十分、そろそろ着く頃だ。普段なら十五分で着くのだが……。さらに暫く歩いて、やっと辿り着いた。顔を上げると、改装されて小奇麗になったがしっかりと面影がある馴染みのカラオケボックスが眼前にあった。所々ヒビが入っているくすんだベージュだった外壁は、ヒビは補填され、まっさらな白へと塗り替えられていた。さらに、店の前には沢山のノボリが出ている。

“新装開店! 営業再開!”

 ああ、本当に営業再開してくれてよかった。

“相部屋キャンペーン実施中!”

 相部屋キャンペーンまで実施してくれて、本当にありがたい――?

「相部屋キャンペーン? なんだそれ? 何がありがたいんだ?」

 意味がわからず、つい声に出してしまった。恥ずかしい。誰かに聞かれたかもと思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。

 ん? 今、誰か店に入って行ったか?

 だが、そんなことよりも俺の注意を引くものがある。買い物帰り風のふとましいマダムが不思議なものを見る目でこっちを見ていた……。昼間から買い物、お疲れ様です。暑さでやられて今見たことは忘れて下さい。

 とりあえず、店の前を通り過ぎて十分ほど散歩をしてきた。そして、今日ここを初めて訪れたような仕草でノボリを眺めてから店に入る。

「いらっしゃーい。久しぶりー、太郎君」

 店に入ってカウンターに行くと、佐橋さんがカウンターに突っ伏していた。店員としてあるまじき怠惰オーラを撒き散らしている。

「お久しぶりです。佐橋さん。どうしたんですか、カウンターに突っ伏しちゃって。お客さんに見せるカッコじゃないと思いますけど」

「ちょっとねー、疲れちゃって。あとダイジョブだよー。とりあえずお客さんは捌き終わって、今は太郎君の相手だけしてればいい状態だからねー」

「俺も一応、お客さんなんですけど……」

「あははー、やだなー、太郎君は太郎君だよ。それ以上でも、それ以下でもない!」

「はあ。お客じゃないんじゃ、代金は払わなくてもいいですね?」

「冗談だよー。お金は払ってね? お客じゃなくて太郎君。なんだか特別っぽくない?」

「はいはい、もういいです。それで」

 佐橋さんは、俺の現在の生活圏内でこんな感じに話せる唯一の人物だ。このカラオケボックスの店長代理を自称しており、俺がここに来ると必ず居た。

 外見は長身で細身、おまけに顔立ちもいいと、爆発するべき容姿の持ち主だ。おまけに、常から人懐っこい笑顔をその端正な顔に張り付けている上に気さくで話しやすいので、ここに来るお客さんと話しているのもよく見かける。

 佐橋さんとは、ある日の出来事を境に普通に話をするようになった。はじめは、その日が初対面だと思っていたのだが違ったらしい。以前から佐橋さんは、ほぼ毎日来る俺のことを知っていて、何度か話しかけたこともあるらしかった。俺の回答は非常に聞き取りづらく淡泊だったそうだ。そのことを知らないと言ったら佐橋さんは溜息混じりに、そうだと思っていたと答えた。その時の呆れた感じで俺を見る目は今でもはっきりと思い出せる。

 その佐橋さんが、今はなぜか俺をニヤニヤしながら見ていた。

 あれ? 人懐っこい笑顔はどこへ行った?

「何ですか? ニヤニヤして気持ち、……いや、変ですよ?」

「いやー、ノボリの前で一度立ち止まった後、どうしてすぐ店に入らないで十分くらい経ってから入店したのかなーと思って」

「見てたんですか!」

「いやいや、偶然ねー。お客さん捌き終わって、少し外の空気でも吸おうと思って出たら目に入っちゃったから」

「戻ってくるまでの時間まで計っといて何が偶然ですか。それにちょっとコンビニに寄りたくなっただけですよ」

「そんなちっちゃい嘘はどうでもいいんだよ、太郎君。僕が言いたいのはそこじゃないんだ」

 なぜ、嘘だとばれた!

「相部屋キャンペーン? なんだそれ? 何がありがたいんだ?」

「佐橋さん、あなたが何を言っているのかわかりませんよ、ハハハ」

「君が独り言呟いて恥ずかしい話なんて、別にどうでもいいんだってー、太郎君」

「じゃあ、何が言いたいんですか!」

「いやー、相部屋キャンペーンに興味津津な様子だったから、そのありがたみって奴を君に教えてあげようと思ってねー」

 確かに相部屋キャンペーンのことは気になっていたが、入店前のことをわざわざ思い出させる必要があったのかな、佐橋さん。

「相部屋キャンペーンのことを口に出した記憶は無いですけど、気になったのは確かですね」

「頑なだねー、太郎君。まあ、話を進めようか。ところで、太郎君は今日も今日とて相も変わらず一人寂しくカラオケをするんだね」

 この人、喧嘩売ってるんだろうか?

「あの、話進める気あります? というか、いいんですよ、一人で! 一人が楽しいんです」

「そんな一緒にカラオケに行く人が居ない太郎君にうってつけなのが、このキャンペーンなんだよ!」

「無視ですか? 無視なんですね! そのうち泣きますよ?」

「え? いや、話を進めることを望んだのは太郎君じゃないか。太郎君に従ったのにお気に召さないのかい? じゃあ、僕はどうしたらいいんだい? あと一人が楽しいとか言うのは、こっちが悲しくなってくるから止めてね」

「……もういいです。俺が悪かったです。それで? どんな風にうってつけなんですか?」

「一緒に来る人がいないなら、現地で一緒になればいいじゃない♪」

「パンが無いんだから、ケーキだってある訳ないでしょーが」

「いやいやー、あまいよ、太郎君。そこでケーキを手に入れる可能性を提示するのがこのキャンペーンじゃないか」

「そもそも無理がありますよ、見知らぬ人とカラオケなんて!」

「ファイトだよ、太郎君。君で部屋が埋まってしまうから、次に来た人がもしも相部屋を希望したら君の所にご案内だからね」

「やるって言ってないです。それに俺以外にもお客さん居るんでしょう? その人たちはどうしたんですか?」

「彼らには、僕の思いは伝わらなかったよ。それぞれに五回ずつ説明したんだけどねー」

「……必死ですね、佐橋さん」

 それで会ったときには、ぐったりしていたのだろうか?

「このキャンペーン、僕の提案ってことになっているからねー。店長ノリノリでノボリとか作っちゃってたけど希望者がゼロとかだと、きっとあの人は僕に後でねちねち小言を言うんだろうなー」

「それは――俺の知ったことじゃないですね」

「酷いこと言うねー、太郎君」

「それより、どうして相部屋なんて提案したんですか?」

「いやー、店長が新装開店に合わせて何かやりたいって言うから適当に言ってやったのさ。喫茶店で相席とか旅先で相部屋ってあるんだし、カラオケでもあっていいんじゃないかなーと」

「カラオケの相部屋はその二つとは一線を画してる気がするんですけど……。というか、よく店長さんもそんな適当な意見で許可出しましたね」

 旅先で相部屋は基本的にそれを承知で宿を取っているし、それを目的としているところもあると思う。喫茶店で相席は周りにも人が居るし、どちらかと言えば静かに過ごす場所だろう。でもカラオケに来て、そんなつもりないのにいきなり相部屋だって? 密室ですよ? 気まずいだろ! 楽しめるか!

「まあ、そんな経緯はどうだっていーのさ。いいかい、太郎君。さっきも少し言ったけど結論を言おう。僕が欲しいのは、相部屋キャンペーンに乗っかってくれた客が居たという事実だよ!」

「思いっきり、佐橋さんの都合じゃないですか! 俺に良いことあるかも的な前フリとか、もう跡形も無いですね!」

「何を言っているんだい、太郎君。この問題に関しては君へのプラスと僕へのプラスは両立出来るだろう。君は一人でカラオケをしなくて済む。僕は相部屋キャンペーンに乗ってくれたお客さんをゲット。win-winの関係が成立するね」

「相部屋はマイナスだと言っているんですよ、俺は!」

 俺の言葉に一度、佐橋さんが黙りこむ。それから、仕方ないとでも言うように喋り出した。

「……わかった。わかったよ、太郎君。つまりこのキャンペーンに乗っかることが太郎君にとってプラスになればいいんだよね」

「それは、格別な内容なら考えてもいいですけど。そもそも、キャンペーンってどんなことを特典――というか、売りにしてたんですか?」

「……あなたに、素敵な出会いを提供します」

 マジか……。

「それ、今までのお客さんにも言ったんですか?」

「言ったよ……。これを聞くとみんなの目が一気に冷めていくんだよ、太郎君」

「最初の一回で止めなかったのが流石ですね」

「言っておくけど、特典を考えたのは僕じゃないからね。店長に任せたらこうなちゃったんだよ」

「別に誰が決めたのかは、どうでもいいですよ。ただ、律義に何度も特典の説明が出来る佐橋さんの神経――じゃなくて、佐橋さんの仕事熱心さが流石だって話です」

「……そう思うんなら、太郎君は相部屋を希望してくれるんだよね? あと、ちょくちょく言い直すの止めてくれるかな? 余計に傷つくよ、僕は」

「それはどちらも嫌です」

 俺は迷わず即答する。何度も言わせないで欲しい。キャンペーンの特典も馬鹿みたいなものだったし。それと、佐橋さんにはこれぐらいが対応として妥当だと思う。

「……そうかい。じゃあ、物言いの方は諦めるかなー。でも、相部屋に関しては僕も引き下がる訳にはいかないんだよ。僕は今日一〇〇%ここに来ると踏んでいた君に賭けていたんだ。だから、奥の手を使わせてもらうよ」

「奥の手ですか? どんなものか見せてもらおうじゃないですか!」

 それを聞くと佐橋さんは、勝ちを確信したかのように笑みを湛えて言った。

「相部屋を希望してくれたら、なんと今日から一週間、三時間パックを毎日無料で提供するチケットを進呈しよう」

 なに! タダで三時間――しかも一週間……だと!?

「でも、引き換えが相部屋なんて、……悪魔と取引をしているようだ」

 かなり欲しい。俺は思わず、頬に片手を当てて呟いてしまう。溜息も出ようものだ。そして、俺の余計な言動が佐橋さんを勢い付かせた。

「おっ、揺らいでいるね? なら、さらに良い情報を太郎君にあげよう」

「……何ですか?」

 まんまと乗せられている気もするが、良い情報は聞いておくべきだと思う。聞くだけならタダだし。

「このカラオケボックスに部屋がいくつあるか知ってるかな?」

「えーと、各階に五部屋でしたっけ? 三階分あるので十五部屋ですね」

「その通り! そして全室埋まるのに相部屋の希望が無くて僕が困っているということは?」

「俺も含めて十五組もいるのに、相部屋を希望した奴なんか一人もいない?」

「つまり太郎君が希望したところで後から来たお客さんが相部屋を希望しないのだから相部屋にはならない!」

「なるほど、俺は相部屋にはならない!」

「そう! 君は僕から特別にチケットを手に入れる上に相部屋にはならない」

「俺は佐橋さんから特別にチケットを手に入れる上に相部屋にはならない」

「なら希望するしかないよね?」

「そうですね!」

「はい、言質いただきましたー」

 まんまと乗せられている気がする……。気のせいだろう、そうに違いない。

「でも、一週間無料なんて店長さんも気前いいですね」

「あー、違うよ太郎君。言っただろう、このキャンペーンの特典は出会い。そんな無料チケットなんかじゃないよ」

「え? じゃあ、チケットは?」

「それこそ言っただろう? これは、君への奥の手。僕が勝手に準備したものだよ」

「いいんですか、勝手にそんなことして? 店長さんに小言を言われたりは?」

「まあ、そっちはなんとかなるよー。それよりも、キャンペーンの方が小言を言われる確率高そうだから、そっちのがやばいんだよー」

「それならいいです」

「さて、随分話し込んでしまったねー、お客さんが来なくて良かった。太郎君が即答してればこんなに時間取られなかったのになー。じゃあ、受付をさっさとしてしまおうか。いつも通り三時間でいいのかな?」

「はい、それでいいです。あと、俺は佐橋さんも悪いと思いますけどね!」

「はいはい、僕が悪かったよ。それと太郎君、一応、相部屋になった時に何人までなら許容出来るか希望者に確認することになっているんだけど、どうしようか?」

「あー、まあ相部屋にはならないので佐橋さんが適当に決めちゃって下さい」

「そう? わかった。じゃあ、二人までどうぞってことで書いとくねー。いやー、時間取らせちゃって悪かったねー」

「いえ、いいですよ。それよりも、チケット忘れないで下さいね!」

「りょーかい、りょーかい。じゃあ、楽しんでおいで―。太郎君は案内しなくてもいいよねー」

 そう言って、またカウンターに突っ伏した。なんというか、お疲れ様と言いたくなる姿だった。

「はー、余計なこと言っちゃったなー。太郎君のチケットは僕の給料から引くしかないんだろーなー。憂鬱だー」

 どうやら、佐橋さんの憂鬱は俺が原因だったらしい。

 でも、チケットは譲れないので覚えておいて下さいね、佐橋さん。

 そう心の中で呟いて部屋へと向かうのだった。

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