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7月28日 ―10―

 勝手知ったる我が家ということで手際良くリビングの掃除を済ませた。所要時間は十五分。少し時間がかかってしまった。

 入った時には廊下の比ではなかったリビングも、今では脱ぎ捨てられた衣服も弁当のゴミも使われてそのままだった食器も綺麗に片付けられている。幸いだったのは、汚れている訳ではなく散らかっているだけだったことか。これで汚れを落とそうと思ったら、さらに倍以上の時間が取られていただろう。

 部屋は少し臭いも出ていたので、消臭剤を撒いた上でアロマキャンドルを焚いた。臭いを誤魔化すのにどれだけ効果があるかはわからないが、無いよりはましだろう。母さんが良く使っていたものを俺も使うようにしていたので、家には常に備蓄がある。

 ちなみに、リビング以外の場所は放置だ。とりあえずリビングに二人を上げても大丈夫にはなった。部屋から出ると、直ぐ左手に玄関、右手には階段で二階へと続いている。俺は玄関へと戻り、待たせてしまった二人に申し訳なく思いながら声をかける。

「ごめん、時間、かかっちゃって。えと、とりあえず、片付いたから、上がって」

 そう言って、家に上がる前に降ろしていた荷物を拾い上げた。

「いや、全然待ってないよ」

「そうよ。じゃあ、お邪魔します」

 ――気を使わせてるな。ありがたい、と思っておこう。

 二人を連れて玄関を上がると、二階から親父も降りてきた。ハーフパンツにTシャツとさっきよりましな格好になっている。

「太郎、ご苦労さん。それにしても、先に言っといてくれないと、こっちにも準備ってもんがあるぞ」

「昨日、帰るって連絡入れただろ。その時には何も言わなかったじゃないか」

「彼女連れて来るなんて言わなかっただろ?」

「違うし! お客さんに失礼だろ!」

「ん? 違うのか? ってことは、そっちのちっちゃい子の方? おいおい、太郎。好きなように過ごせとは言ったけど、法や倫理に抵触することまで許した覚えは――」

「違うって言ってんだろうが! 何が法や倫理だ、このアホ親父が! あんたのイカレタ脳味噌を規制してやろうか!」

 後ろの二人がこのやりとりに引いているのを感じる。家の惨状とこの親父の態度が俺の神経を逆なでしていたので見逃してもらいたい。

「む、……そうか。すまん。いや、お前が犯罪に走るようだと、母さんに合わせる顔がないから心配で」

「しないよ! 誰に育てられたと思ってんだ。ほら、親父も部屋に入れ。二人を紹介するから」

 言われた通りにリビングに入りながら親父が言葉を返してくる。

「太郎を育てたのが母さんだけなら心配しなくてもいいんだが、残念ながら僕も育ててるからなあ。仕方ないだろう?」

「馬鹿言え。親父も含めて誰に育てられたと思ってんだって話だよ。どんだけ自分を信用してないんだよ。仕事に関しては自信しかないくせに」

「馬鹿め。太郎。生憎だが、仕事に関しては自信だけじゃなくて、それに見合う能力も人望も持っているぞ」

「あー、はいはい、良かったですね」

 親父をリビングに入れた後に、俺、アリアちゃん、彩さんと入っていく。部屋はフローリングでカーペットが敷かれている。

 入って直ぐ右手は壁、左手に四十型のテレビと食器棚、さらに左手奥はキッチンへと続き、部屋の中央には膝位までの高さの木製のテーブル。それを挟むように座椅子が二つずつ。入口の向いはテラス窓といった内装になっている。片付けたゴミは、窓から外へ避難させた。

「えと、そっち、適当に、座って」

「うん、じゃあ、はい。兄ちゃん」

 そう言って、アリアちゃんが彩さんと二人で持っていた荷物を持ち上げる。そこで、二人に荷物を持たせたままだったのを思い出しした。直ぐに受け取り座ってもらう。

「ごめん、持たせたまま、だったね」

「いいわよ、それくらい」

「なあ、太郎。紹介してくれるんじゃなかったのか?」

 テーブルを挟んで二人と向い会うように座る親父が言う。

「わかってるよ。えっと、まず先に報告。『彩』っていうボランティア団体、でいいのか? ボランティアの定義がわかんないけど。とにかく、『彩』って所に入ることにした。今度はちゃんと、母さんにも胸張って楽しく過ごせてるって言えると思う」

「ボランティア? 太郎が? 大丈夫か?」

「どうせ俺が人と関わることを期待してたんだろ? なのに人と関わることやるって言うとその反応かよ!」

「やるな、とは言ってない。やっていけるのか? とは思うけど」

「やれるかどうかなんて知らない。でも、やるんだよ。決めたんだ」

 俺じゃない誰かにも楽しんでもらうための何か。長いこと俺のためだけに過ごして来てしまったからこそ、親父と母さんには報告しておきたかった。これは、宣誓でもある。例え、上手くいかなくても、決して諦めずに続けていくための。

「そうか。なら好きなようにするといいさ。それで、そちらのお嬢さん達は『彩』っていうのに関係してるのかな?」

 そこで、親父が二人に話を振った。

「はい。『彩』は父が立ち上げた団体で、私もこの子もその一員です」

「ほー、なるほど。美人に釣られたか? 太郎」

「美人ではあるけど、そういう言い方は失礼だっての! そういうんじゃない」

「やっぱり、今日の兄ちゃん。彩ねえみたい。最初の一言は間違いなく兄ちゃんだけど」

 そんなはずは……。

「何で心外そうな顔してるのかしら、太郎さん? 私の方こそ心外よ。私、こんなに喧喧してないわ」

「彩ねえ、自分を知ることが一番難しいって、昔、偉い人が言ったらしいよ」

「何よ、それ」

 前の一言があるせいか、彩さんのアリアちゃんへの返事は冷たく淡泊なものだった。そこへ、親父が口を挟む。

「最も困難なことは自分自身を知ることであり、最も容易なことは他人に忠告することである。最初の哲学者と呼ばれるタレスって人の言葉だ。お嬢ちゃん良く知ってるね」

「ホントに居たよ。偉い人……。レタスさん?」

 アリアちゃんは、適当に言っただけみたいだった。それとタレスね、タレス。一枚一枚剥かれて、食べられてしまうような歴史の偉人が居たら嫌だよ。

「太郎、何で呆れ顔をしているんだ? 知らずに言った言葉が偉人と一致するなんて素晴らしいじゃないか。それはそれとして、いつまでもこうしていても仕方がないな」

 そこで、親父が座椅子の上で身を正す。

「本当は最初に言うべきだったね。山田隆昭、太郎の父です。今更になるけど、いらっしゃい。汚い家だけど寛いでいって」

 親父が自己紹介を始めたことを確認して、俺は持って来た荷物を持ってキッチンへと向かう。この隙に荷物を整理してしまおう。食材と日用品ばかり。本当に実家から学生への仕送りみたいだな。

「ありがとうございます。こちらこそ、挨拶が遅れて申し訳ありません。橋本彩華です。それと、こっちが」

「赤城アリアだよ。よろしくパパさん」

「よろしく二人とも。彩華ちゃんに、アリアちゃん、でいいかい?」

「あ、はい」

「うん、いいよ」

「じゃあ、僕のことも名前で呼んでくれるかな? こんな可愛い子にパパとか言われるとムズ痒くてしょうがない」

「わかったよ。タカアキでいいんだよね」

「隆昭さん、でしょ。アリア」

「いや、タカアキでいいよ。それと彩華ちゃん。出来ればガチガチの敬語は止めてもらっていいかな? これもちょっと、ね」

「そうですか……。はい、気をつけますね」

「ありがと」

 離れて作業していたが、親父が何を言い出すのか、不安で仕方がなかった。持って来た荷物と、まだ手を付けていないために酷い有様だったキッチンを片付けて、リビングへ戻る。

「お昼、何か、食べたいもの、ある?」

 時刻は十二時に迫ろうとしている。二人には昼はウチで作ると伝えてあったがメニューについては話していなかった。二人に何か希望があれば楽なんだけど。

「冷やし中華がいいな、太郎」

 あんたには聞いてない。

「買ってきてあるけど。自分で作れるだろ、冷やし中華は。せめて、親父が作れないもの言えよ」

 これも、母親が久々に実家に帰って来た息子、娘に言う台詞なんじゃないかな……。

「馬鹿だな、太郎。太郎の作る冷やし中華と僕の作る冷やし中華が同じものになる訳ないだろう? たまには、美味い奴が食べたい」

「何で冷やし中華が別物になるんだよ!」

「いや、スーパーで買って来てるから。太郎と違って全部作る訳じゃないし」

「じゃあ、俺がいつも中華麺だけ買ってきてたのは一体どうしてた?」

「え? あれって大盛りにするためにあったんじゃないのか?」

「かけ汁まで作り方ちゃんと教えたよな! というか混ぜるだけだし。なにしてんの?」

 母さん、この人ダメだ。きっと、タレと中華麺がセットになったパックを買ってきて、ハムとか玉子とか、具なんか載せずに食べていたんだ。

「迂闊だったよ。ちゃんと麺は来る度に無くなってたから作れてるものだと」

 本当に、実家で生活するべきかを考えさせられるな。

「兄ちゃん、あたしも兄ちゃんの冷やし中華が食べたい」

 落胆する俺に向ってアリアちゃんが、親父の意見に賛同する声を上げた。アリアちゃんがそう言うならもういいか。

「……じゃあ、それで」

「太郎さん、手伝うわ」

「いや、……うん。ありがと、お願い」

「ええ、よろこんで」

 お願いしたら笑って答えてくれた。人の家に上がってジッと待っているのが、手持無沙汰で嫌なのは昨日と今朝、自分が体験済みだ。だから、彩さんの申し出は受けることにした。他にも少し思う所はあるし。

「じゃあ、アリアちゃん。この、おっさんと、お話してて」

「うん、わかった。タカアキ、何話そっか?」

 そうして、二人をリビングに残して彩さんと、今片付けたばかりのキッチンへ入る。

「彩さんって、焼き茄子、作ったこと、ある?」

「焼き茄子? ないわね」

「えと、じゃあ、俺、包丁の方やる、から、火の方、お願いして、いいかな?」

 火の番の方がやることは少ないだろう。どうして欲しいのか、指示も出しやすい。焼き茄子とか、切り込み入れたり、皮を剥いだり面倒だし。

「ええ、わかったわ」

 そうして、まな板、包丁を取り出し、冷蔵庫から具材のキュウリ、鶏肉、白ネギ、トマト、ナスを持ってくる。彩さんには、湯を沸かすのと合わせて錦糸卵を作ってもらおう。玉子と必要な道具を渡す。俺はまな板、彩さんはコンロに向い料理を始める。

「そういえば、太郎さん。部屋でアロマキャンドルを焚いていたけど、太郎さんの?」

「うん、もとは、母さんが、使ってたん、だけど。俺も使うように、なって」

「凄く、いい香りね」

「使って、みたら? 余ってるし」

「え……、そうね。でも、残念だけど使えないわ。紅茶とか、香りも楽しんでもらうんだもの。いい香りだけど、こんなに強い香りがしていてはね」

「いや、何も、お店で、使わなくても」

「え?」

「その、彩さんの、部屋、とかで、使えば、いいんじゃ?」

「え? あ、そ、そうね。じゃあ、少しだけ」

「うん。じゃあ、後で、渡すね」

 自分用にとか、言わなきゃ考えなかったのだろうか? 本の時も、アリアちゃんの借りた本には興味を示したけど、自分が本を借りる気なんてなかったみたいだった。昨日の佐橋さんの話と関係あるのかな?

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