7月28日 ―7―
「太郎さん、結局、聞けていなかったのだけど、どうしてこんなに荷物があるの?」
歩き始めてしばらくして、彩さんに尋ねられた。
「これは、えっと、実家に、仕送りのような。春先に、ひと月、放置したら、碌な飯、食わなかったり、電灯、切れっぱなしに、してたり、ってことがあって。心配で。今回も、ほぼひと月、経っているし」
「兄ちゃんのパパとママって、生活力、無い?」
「いや、親父だけ。母さんは、家事全般、得意、だよ。三年前に、その、他界してる、けど。それに、親父も、前よりは、マシに、なっては、いる――といいなあ」
「……ごめん、兄ちゃん。あたし、嫌なこと聞いちゃったよ」
「いや、気に、しなくて、いいよ。親父に、生活力が、無いのは、ウチに限った、話じゃ、ないと、思うし」
「そっちの事じゃないよ!?」
「ああ、母さんの、方か。それこそ、いいよ。もう、だいぶ、引き摺った、から。いつまでも、引き摺るのは、母さん、嫌がるの、わかってるんだ。だから、整理は、春先に、つけた、から。気に、しないで。それは俺が、きっと、母さんも、困る」
「うん、そっか。でも、ごめん……」
そう答えると、アリアちゃんは口を閉ざしてしまった。
失敗したな。言わなくていいことを言ってしまった。
お母さんが倒れて入院中のアリアちゃんには、気にするなって言われても気になってしまうことだろう。アリアちゃんのお母さんが倒れたのも三年前だったか。当時は塞ぎ込んでいたって話だし。それに、彩さんも気を使いそうだ。何を言ってもこの二人は気にするだろうし、どうしたものか。
「……アリアちゃん。彩さんも」
「……何かな?」
「少し、母さんの、話、聞いて、もらっても、いいかな?」
「……ええ。太郎さんが話してくれるなら。ね、アリア」
「……、そう、だね。あ、あたし、兄ちゃんのママのこと教えて欲しいよ」
二人には迷惑だろうけど、少し付き合ってもらおう。俺から話すことで、二人が母さんのことを気にせず話してくれるようになればいいと思う。
「うん、ありがとう。母さんは、その、変わった人、だと思う。やけに、芝居がかった、喋り方を、してみたりね。座右の銘は、『楽しいは正義』、でね。結構、豪胆な所が、あって、何でも、行動が、先行する人なんだ。やってみなくちゃ、わからないって。行動して、楽しきゃ、続ける。つまらない、なら、楽しく、すりゃいいって。その結果の、一つが、芝居口調、なの、かも。こんな奴、いないだろ? 言い回しとか、頭使うし、面白いぞ? って言ってたし」
「……えっと、太郎さんのお母さんって、凄いわね」
「まあ、変な人、だからね」
「いや、そういうことじゃなくて。考えるより先にまず動くって難しいと思うの。でも、それより、朝のことを思い出したかな。太郎さんって、お母さんの言葉、良く覚えているのね」
「朝の、こと?」
「太郎さんが言ったんじゃない。お母さんが、好意は返せ、好意に鈍くなるな、って言っていたって。この言葉ね、私気に入ったんだけど。それ、太郎さんはずっと覚えていたんでしょ? それを太郎さんが実践しようとしてるの。それが、凄いなって。人に、ずっと大事にしてもらえる言葉を残せるって、難しいじゃない?」
「そうかな? 特別なことじゃ、ないと思うけど。いつも、えと、考えている、訳じゃないし。でも、確かに、今朝とか、昨日も、自分が、悩んだときの、指針として、母さんの言葉を思い出すことは、多い、かな?」
まあ、大事なことを見ない振りしたり、忘れたりしてた訳だけど……。
「昨日って、あたしが兄ちゃんを『彩』に誘ったときのこと?」
「うん。でも、その前も」
「前?」
「アリアちゃんが、俺のこと、その、指さした時に」
「あたし、なんか言ったっけ?」
「覚えてないの? あんな失礼なことしといて」
「楽しまなきゃ、意味、ないって。母さんも、やるからには、楽しめって、言うんだ。楽しんで、やれば、何でも、出来るように、なるからって。昨日は、あれがあったから、楽しめた、かなって。それと、アリアちゃんが、『彩』に誘ってくれた、時に、自分が、楽しいだけじゃ、ダメだって、言ったのも」
「それで、兄ちゃん、引き受けてくれたの?」
「うん。それだけ、じゃないけど。やっぱり、大事な、ことでは、あったから」
「そっか。話してくれて、ありがとね。兄ちゃん」
「何、急に?」
「何でもないわよ。ね、アリア?」
「うん」
二人には、俺が何で母さんの話をし始めたのかなんて、お見通しなのだろう。俺のただの我が儘だ。
母さんの話が口に出すのを憚らなければいけないことだなんて、絶対にない。
そんな我が儘に付き合ってくれた二人には、本当に感謝しなければいけない。




