7月27日 ―17―
麗華さんを黙らせた彩さんが、本題に入る。
「えっと、実は次の公演って」
「来週なんだよね!」
随分と早い。いや、でも明日とか言われるよりはマシだろう。一週間あるし、心の準備もその頃には終わっていると思う。
「えと、来週の、いつ?」
「日曜日ね」
「今日が金曜日だから、明後日だねー」
明日! 明日と大差ないよ、それは! 一週間は日曜日から始まるらしい。月曜から一週間が始まるなんて感覚を俺に植え付けた、小説に出てきた女子高生が恨めしい。しかし、明後日か。始まる前に親父と母さんに報告しておきたかったのだが、明日しかないか。明日も練習とかだったら、諦めるしかないな。
「随分、急、だね」
俺の言葉に彩さんが、申し訳なさそうに答えてくれる。
「だよね。ごめん。でも、今日の感じなら問題ないわよ」
「そう、かな?」
「うん。だいじょぶだよ」
二人ともそう言ってはくれるが、何を根拠にそんなことを言うのだろうか?
「えと、準備、とかは?」
「特にないよ、ね。彩ねえ」
「そうね。しっかり歌えるように体調だけ整えて来てくれればいいわ」
「あら、郎ちゃんってもしかしてー、アリアちゃんと亮ちゃんが探してた人なのかしらー?」
飲み物を持って、麗華さんが戻ってきた。
「そうだよ。すっごく歌うまいんだ」
「あら、楽しみねー。でも、明後日はお店があるから私、見に行けないのよねー」
「太郎さん、次回以降もやるって言ってくれてるから、お店閉めて見に来たりしないでよね。来てくれるお客さんに失礼だから」
「わかってるわよー。さあ、飲み物どうぞ」
「ありがと! 麗華」
「頂き、ます」
「本当にわかってる? 前科があるんだからね? それと、居座る気満々ね。何で四つあるのよ」
「それはー、もちろんお姉さんの分ー♪」
お盆の上には飲み物が四つ。アリアちゃんの緑茶以外は全部紅茶だ。どれでもいいのかな?
「郎ちゃんのはこれー」
出された紅茶を良く見ると、他の二つより色が深かった。
「彩ちゃんが出したのとは違う奴よー。郎ちゃんは初めてかと思ってー、他のも飲んでみたいかしらって」
確かに、さっきの一杯で紅茶に興味を持ち始めたところだ。ありがたい心遣いだった。
「どうも、です」
「いいのよー。飲んでみないとどれが好きか、わからないものねー。『彩』に入るのなら、打ち合わせとか、ここでやってるからー。いっぱい機会があるから、自分に合うモノを探すのも楽しいわよー」
「そうね、私もそう思うわ。でも、今まさにその打ち合わせをしたいから、話を逸らさないでくれる? 終わったらいくらでも話してくれていいから」
「あら、いくらでも? じゃあ、静かにしてようかしらー」
いくらでもは困る。それ、彩さんが決めることだろうか?
「じゃあ、兄ちゃん。打ち合わせしよう」
「えと、何を?」
「あっ、そか。えっとね。今日練習した曲を全部歌う訳じゃないんだよ」
何に関して話すかを伝えていなかったことを思い出したように、アリアちゃんが答えてくれた。
「その中から、なるべく出来の良かったものを厳選して歌うの」
アリアちゃんの回答を、彩さんが補完する。
「まあ、リクエストされてる曲もあるから、それは外せないんだけどね」
最後にアリアちゃんがそう締めくくる。
「じゃあ、どれを、あの、歌うのかを、決める、ってこと?」
「そうだよ。まあ、最後に決めるのはジョージとりょーりょーなんだけどね。兄ちゃんの初公演だから、兄ちゃんの希望を聞いてなるべく通したい思うよ。だから兄ちゃんを呼んだんだよね、彩ねえ」
「そうよ。私、そのことアリアに話したっけ?」
「馬鹿だなー、彩ねえは。彩ねえの考えるようなことなんて、あたしには全てお見通しなんだよ」
そう言って、アリアちゃんがカラオケボックスで使った曲のリストが載っている紙をテーブルに出す。
「リクエストされてる曲には、印が付いてるからそれ以外で、えっと、三曲ね。太郎さんの歌いたい曲を選んで。今日聞いた感じだと、どれを選んでも問題なさそうだから、本当に好きに選んでいいわよ。……それと、アリア、私の考えてることがお見通しっていうなら、当ててみな」
空気が険呑だが、もう慣れた。どの曲にしようかな?
「彩ねえは今、あたしを叩きたくて仕方がないよ。でも、テーブルが邪魔で出来ないよね」
「へえ、驚いた。本当にお見通しなのね。アリア、このために太郎さんを横に座らせたわね。今は良くても後で後悔することになるわよ」
「もー、喧嘩しないのー。アリアちゃんもー、彩ちゃんは怒ると怖いんだから止めようねー。あっ、郎ちゃん、お姉さんこの曲歌って欲しいなー」
そう言って、どこに持っていたのか、ボールペンを取りだすと一つの曲に印? 変な生物のマークを描き始めた。この人、奔放だ……。そして、絵心に溢れすぎてる。
「また、怖いって言われた……。って、母さん、何やってるの? それ、凄く気持ち悪いわよ!」
「なによー、どう見てもワンちゃんじゃない」
「麗華、どう見てもそれは犬じゃないし、なんで、犬を描いたのかもわからないよ」
「アリアちゃんまでー。郎ちゃんはー、私の中で犬っぽい感じがするからー、郎ちゃんが歌う曲に犬マークを付けようとー」
「でも、実際に付けたマークはエイリアンマークだったよ」
「それに、太郎さんに決めてもらおうって言ってるのに、何で母さんが決めてるの?」
「あ、あの、」
「なに? 太郎さん」
「その、曲は俺も、歌い、たいと、えと、思って、たから。あと、二曲も、その、決まってる」
麗華さんが印を付けた曲は、アリアちゃんと彩さんの勝負で俺が歌った曲だった。ぜひ、この曲は入れたいと思った。残りの二曲はお言葉に甘えて完全に俺の趣味で選んでいる。
俺は、麗華さんからペンを借りて、犬マークもとい、エイリアンマークを選んだ二曲の横に模写する。
「あら、郎ちゃん、選曲の趣味がいいわねー。やっぱり、お店閉めて見にこうかしらー」
「駄目だって言ってるでしょ、まったく」
「あ、彩ねえ。エ、エイリアンが、増えたよ」
書いていて思ったがこのエイリアン、本当に気持ち悪い。目の位置のずれ方とか、やけにゆがんだ輪郭とか、鋭いのに見開かれた瞳とか。
犬に地球外生命体か何かが寄生すると、こうなるかも知れない……。もしこんな生物が実在したら、生態系の頂点に君臨するのはこいつだっただろう。視界に収めただけで、全ての生物はその生命活動を止めざるを得ないほどの衝撃を受けるはずだ。
「その紙はなるべく早く処分しよう、アリア」
「そうだね、彩ねえ」
早急なエイリアンの駆除を決意する二人だった。
「あ、あの、他に、決めて、おくこと、は?」
「そうね、とりあえずはこれだけ。もっと時間かかるかと思ったけど、案外すんなり決まっちゃったわね。これなら、カラオケボックスでも出来たかしら?」
「だめよー、そんなの。そしたら、私が郎ちゃんに会えなかったじゃない」
「そうだよ、彩ねえ。兄ちゃんがえっちぃことだってわからなかったんだよ」
それはもういい。俺が悪かったので、蒸し返さないで。
「……、私が間違ってました。家でやってよかったです」
投げやりな返事をする彩さんだった。
「さてー、じゃあ、終わったみたいだからー。郎ちゃんとお話ししてもいいのかしらー」
「お好きにどうぞ」
だから、それを彩さんが言うの? 俺の都合とかないの? まあ、断らないんだけど。
「じゃあー、どうしてカラオケで知り合ったのかとかー、教えてもらおうかなー」
「えと、はい」
「そうだ、麗華! 兄ちゃんね、あたし達と会う前からりょーりょーと知り合いだったんだよ」
「あら、そうなのー? じゃあ、その話も聞きたいわー」
そうして俺は、アリアちゃんと彩さんの協力を得ながら、麗華さんに今日のことと佐橋さんとの出会いについて語ることになった。




