7月27日 ―15―
「そう、いえば」
些細だが思い出したことがあったので、アリアちゃんに尋ねることにした。
「何かな、兄ちゃん?」
「まだ、赤い?」
俺は額を指さして尋ねてみる。
「ん? ああ、だいじょぶだよ。うっすら赤いけど、目立たなくなってる」
「そっか、よかった」
「カラオケボックス出たときは、まだ全然赤かったけどね」
「嘘だ、よね……」
「――」
アリアちゃんは急に黙った。
「そんな――」
俺は、額を赤く染め上げて街中を闊歩して来たらしい。それどころか、『彩』への参加の意思表示をした時にも、佐橋さんと真面目な会話をしている時にも……。
「ご、ごめん、兄ちゃん。そんなに落ち込まないでよ。だいじょぶだよ、ホントはあの後すぐに消えてたから」
「本当、に?」
「うん、ホント」
いまいち信じていいものか悩んだが、信じることにした。これが嘘だったらやってられない。
「何やってるの、太郎さん困らせて。大丈夫ですよ、太郎さん。本当に消えてましたから」
彩さんが飲み物を持ってきてくれた。そして、彩さんの言うことなら信じてもいいだろう。
「そう、ですか。よ、良かった」
わかりずらい嘘は付かないで欲しい……。
「兄ちゃん、なかなか反応が面白いよ」
「止めろって言ってんの!」
「いやー、あたしはこういうのが大事だと思うんだよ」
「何に?」
彩さんが、どうせ碌でもないんでしょ? と言った感じで尋ねる。
「兄ちゃんともっと仲良くなる方法」
「他の方法を考えな。太郎さん、どうやって飲むかわからなかったので、レモンとかミルクとか持ってきちゃいました。好きに使って下さいね」
「あ、はい」
好きに使って、と言われたがどうしようか。
「彩ねえのお勧めの飲み方は?」
「え? そうね。こだわりが無いのなら、最初はストレートで飲んでもらいたいかな。うちの特製だから。それ以外だと、ミルクも合うわね。あと、香りもしっかり出ているから楽しんでもらえると――」
「だって、兄ちゃん」
「あっ、えっと、いいんですよ、太郎さん。その、好きなように飲んで下さいね」
「いえ、このまま、頂きます」
そう言って、一口飲んでみた。鼻から通る柑橘系の香りが、口の中まで広がっていく感じがする。紅茶の良し悪しなんて俺にはわからない。だから、どれも同じだと思っていたけれど、それは本当に美味しい紅茶を飲んだことが無いからだって思い知った。
「えと、凄い、美味しい、です。甘いのに、その、さっぱり、してます。それと、凄い、いい、香りが、しますね」
「そうですか? 良かったです」
ここまで美味しいと、ミルクを入れたときの味も気になる。どうだろう? 彩さんの言う最初は一口目か? それとも一杯目か? 悩ましい……。そんなことを考えていたら、彩さんがミルクの入った容器を手に取っていた。
「注ぎましょうか、太郎さん?」
なんか、凄い見透かされている気がする。恥ずかしい。
「えと、……はい。お願い、します」
「兄ちゃん、わかりやす過ぎるよ……。面白いくらいに」
「そうね――いえ、えっと、今のは、わかりやすいに対する同意であって、面白いかどうかと言われるとそんなことは――あるような、ないような……」
「彩ねえも面白いよね。なんだかんだで、一番失礼なのは、本音を言った後で無様に取り繕う彩ねえだと思うよ。兄ちゃんの傷口を広げる気、満々だよ。ついでに言うと、わかりやすいは失礼じゃないのかな?」
そうだけど、最初に傷を付けたアリアちゃんがそれを言うのかな?
「――――」
彩さんは、もう喋りませんとでも言うように口を噤んで、それでもしっかり紅茶にミルクを注いでくれた。自分でやっても良かったが、彩さんがもう手に取っていたし、彩さんに任せれば分量に間違いもないだろう。
「ありがと、ございます」
ミルクティーになった紅茶を頂く。さっきよりも、甘い。でも、紅茶の匂いはしっかりと残っていて、ミルクの臭さは感じなかった。
「こう、しても、おいしい、ですね。甘みが、増し、ました」
「はい、そうなんですよ。それと、香りがしっかり残ってるでしょう?」
「ねえ、二人とも」
「なに、アリア?」
「何、かな?」
二人でアリアちゃんの方を見る。
「紅茶の話で会話が弾むのはいいんだけど、やっぱり敬語で話し合ってるの気持ち悪いよ。マダムのお茶会なの? これは」
気持ち悪いかな? ……俺だって将来的には立派なマダムになれるはず――あら、奥様。うふふふ。……無いな。
「そんなことないわよ。太郎さんだって将来は立派なマダムに――ならない決意をしたみたいね」
「だからね、やっぱり敬語禁止」
「何でアリアにそんなこと言われなきゃいけないの?」
「いーの? これから、あたしはどんどん兄ちゃんと仲良くなっていくよ。でも、兄ちゃんは彩ねえとは敬語。あたしと親しげな兄ちゃんは、彩ねえとは他人のようによそよそしい。彩ねえは、まるで知らない人の間に入り込んでしまったかのような感覚に襲われるんだよ」
「そんなこと、ある訳――」
「だいたい、現時点で兄ちゃんはあたしとは敬語を使わずに話して、彩ねえよりずっと親密。ああ、可哀そう。彩ねえは置いてけぼり」
「で、でも、太郎さんだって言ってたじゃない、それぞれに合った接し方があるって。ちゃんと、仲良くやっていく意思があるのだから問題ないわ」
「意思を形にしておくのは大事なことだと思うよ、彩ねえ。それに、その他人行儀な敬語での接し方が合っているっていうなら、つまり二人は他人、ずっと他人なんだよ。彩ねえは、『彩』のメンバーを他人扱いするのかな?」
「……わかった、わかったわよ。太郎さん、これからは私、敬語使わないから、太郎さんもそうして。難しくても、私も努力するからお願い」
「えっと、わかり、ました」
「敬語! わかってないじゃない」
「……う、うん。ごめん、……わかった」
「うん。それでこそ彩ねえだよねー」
やっぱり彩さん怖い。努力なんか要らなそうですね。
「太郎さん、何か良からぬこと考えてたりはしないわよね?」
「そんなことないで――」
「敬語」
「……ヨ」
「あははー、兄ちゃん考えてること顔に出やすいから気を付けた方がいーよ」
彩さんが敬語を使わなくなったのが嬉しいのか、アリアちゃんは凄く楽しそうだった。
それにしても、さっきから顔に出ていたのか。気をつけよう。
その後、しばらく雑談を交わした。俺の考えが顔に出やすいことについて。話をする中で俺は決意した。ポーカーフェイスを体得しよう。どうやって練習するのか謎だが。そんな決意を胸に秘めて、インターネットで検索すると何か引っかからないかなと考えていると、彩さんが席を立った。
「さて、本題が進まないわね。お茶、お代わり入れて来るから、その後でちゃんと『彩』の話をしましょう」
そう言って、またカウンターへと向かう彩さん。カウンターの往復は面倒そうだ。もう、カウンターで話すればいいんじゃないだろうか?
「そうだね、とりあえず兄ちゃんを呼んだ目的の一つは今果たしたから、いーよ」
「他に、何が、あるの?」
「えー、それはねー。ひみつー」
秘密か。気になる。
「太郎さん、さっきと同じのでいい?」
カウンターから彩さんが声をかけてくる。
「えと、は……、うん、それで、お願、い」
「兄ちゃん、大変そうだねー」
誰のせいだと! 正直慣れない。
「でも、悪くないよね?」
「えと、……うん」
「それはよかったよ」
そんな話をアリアちゃんとしている時だった。それは起きた。




