4月 ―1―
季節は春。今年の四月に俺は晴れて大学へと進学を果たした。俺は大学で生活を一変させ、新しい生活を楽しむと決めていた。それまでの生活は気に入っていたし、俺にとってはとても大事なことだった。だが、いつまでも続けていられる生活ではなかったから――。
生活の一新は親父との約束であり、親父に対する証明でもある。親父が約束だの証明だのと言う理由もわかっているから、なおのこと俺は変わらなければならなかった。そこで、大学での生活を楽しむことが俺の目標となった。
そのための第一歩としてサークルへ入ろうと思っていた。浅はかとしか言い様がなかったが、俺は興味の湧いたサークルに入れば友人もできて楽しい生活が待っている。そう期待に胸を膨らませていたのだ。
そんな思いを胸に大学へ行くと、新入生を勧誘するサークルや体育会の人たちに出迎えらた。しかしながら、自分から彼らに声をかけてサークルについて聞くなどということは、人見知りの俺には無理な話だ。そんな俺だったが、確かな希望は持っていた。
「ラクロスとか興味無いかな?」
「どんなサークルに入りたいかとか決めてる?」
「まだなら、とりあえずウチのとこに顔出しにおいでよ」
こんな感じで、周りを見れば彼らは積極的に新入生と思しき人に声をかけていた。彼らだって、新人の獲得は望むところだろう。その確信をもって俺は、いつ声をかけられても万全に対応出来る態勢で、大学のメインストリートを歩いて行ったのだった。
結果は、……。なぜか俺が声をかけられることはなく、手元にはスッと差し出された一枚のビラだけが残った。ビラには、“G研究会”と大きな文字で、さらに横に小さく“君も、今日から黒光りの虜だ!”と書いてあった。唯一手に入れたサークルの勧誘であり、ここでの生活は一生忘れられないものになりそうではあった。しかし、楽しさとは無縁だと確信してしまったため、その場でビラを破り捨てた。大学生活がGで染まるなんて御免だ。今でも、この事に関して後悔はしていない。
とはいえ、俺の“サークルで大学生活エンジョイ計画”は早くも頓挫してしまった。あちらこちらに見えるサークルの看板には連絡先が書いてあったが、俺がそれを使いこなすことなど出来る訳もない。仕方がないので、俺は計画の変更を余儀なくされた。まず友人を作り、その友人と同じサークルに入ることにしたのだ。今にして思えば、その時の俺は実に滑稽だった。この計画では、友人を上手く作る自信など微塵もなかったからこそ、そのきっかけをサークルに求めた。それが、知らぬ内に手段と目的が入れ換わり、サークルに入るために友人を求めていた。……上手くいくはずもなかった。
結局、友人もできず一ヶ月がそのまま過ぎようとしていた。そんな俺の前に、ある日チャンスが転がってきた。いつも通りに大学で講義を受けて、帰路に着くためにメインストリートを歩いていると、勧誘をしているサークルの姿が目に入ってきた。前日までは見なかったその存在に気を惹かれ、ぼうっと眺めていたら声をかけられた。
そのサークルは“みんなで騒ぎながら楽しくカラオケ”を目的に掲げる新設したばかりのカラオケサークルだった。カラオケサークルって何だ? とは思ったが、俺は精一杯の勇気を振り絞り、なんとか入会希望の意思を告げることに成功した。
「はい、じゃあ今後の予定とか後で連絡しますね。あと、明日さっそくカラオケに行くんですけど空いてますか?」
当然俺は参加の意思を告げる。これで晴れて“サークルで…以下略”の第一歩を踏み出したのだった。
「なんか、凄い睨んでなかった?」
「全然喋れてなかったし大丈夫かよ、あんなん誘って?」
帰り際に後ろから何か聞こえたが、気にする程のことではなかったと思う。というか不安が俺を苛んでいたため、それどころではなかった。
問題がある。俺はカラオケに行ったことがなかったのだ。
一人で行くような場所ではないと思っていたし、一緒に誰かと行く機会もなかった。しかし、なんとかなるという期待も俺の胸中にはあった。カラオケとは歌うところだ。だから、好きな歌を歌えばいい。今まで家事をしていた時も音楽をかけて鼻歌を口ずさみながらだったし、歌うこと自体は好きだ。だから、明日のカラオケに関して問題は何も無い。そう結論付けてやっと不安を拭うことが出来た俺は、明日を楽しみにして家路についた。
いきなり、少し昔の回想です。