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5月 ―3―

 翌日、講義を終えてカラオケに行くと、受付に昨日手伝ってくれた男性がいた。

「やあ、また会ったね」

「どうも。昨日はありがとうございました」

 昨日の事をまだ引きずっているのか、この人との会話ではスラスラと言葉が出てきた。

 しかしこの人、なぜここに居るんだろう?

 見れば店員の格好をしている。

 新しく入った人だろうか?

「聞いたかい? 昨日のひき逃げの犯人、もう捕まったらしいよ。警察の人に僕が伝えた情報のおかげだって言われちゃったよ。君が言ったことを伝えただけなのにねー。手柄の横取りみたいで、ちょっと落ち着かなかったなー」

「そうですか。捕まったんですね。良かったです。それと、別に俺の言葉は必要なかったじゃないですか。俺は番号しか伝えなかったのに、どこのナンバーかと平仮名一文字まで警察に伝えていましたよね」

「あれー? そうだったかなー」

「そうです。もういいです、あなたがそうしたいなら。それとこちらもお伝えしておいた方がいいですよね。えっと、事故にあった方、とりあえず命に別状はないそうです。ただ、骨折の状態が酷くて、しばらく入院になるそうですけど」

「そうなのかい? 良かった、のかな?」

「良かったと思いますよ。しばらくは大変でしょうけど。それと、ご家族の方がお礼をしたいと言っていたので、あなたにも連絡が行くんじゃないですか」

「そうなのかい? 困るなー。そういうのは別にいいのに」

 店員が本当にいらないと思っている表情で答える。大したことをした訳じゃないって、この人も思っているのだと感じた。

「俺もそう言ったんですけどね」

「それで? 君はどう答えたんだい?」

「とりあえず、全快したら連絡を下さいって。三人の元気な姿を見せていただけたら嬉しいです、と」

「優等生な回答だねー。僕もそれを使うことにするよー」

 そこパクっちゃうんですか! そういう回答は自分で考えるものだと思うのだけど。まあ、いいか。

「それよりも昨日は驚いたよ。君ってやれば出来る子だったんだねー」

「何です? まるで、以前から俺のこと知ってるみたいな言い方ですね。昨日会ったばかりの方に言われる台詞ではないと思うんですが。……そう言えば、昨日もすぐに会うことになるみたいなこと言っていた気が」

「いやー、君は冗談がうまいねー。そこはボケなくていいところだよ?」

「初対面の人に冗談を言うほど、俺はユーモアに溢れてはいないです」

「マジ?」

「マジです」

「昨日から薄々そうじゃないかとは思っていたけど、やっぱりそうだったかー」

 溜息を吐くお兄さんは、呆れた感じで俺を見てきた。

「普通、自分の行きつけの店の店員、しかも毎回顔を合わせてる店員なら知っててもいいと思うんだけどなー」

「あなたこそ冗談は程々にして下さいよ。新しく入った人ですよね?」

「ふーん。なるほど。じゃあ、今まで会計したり、部屋に案内した店員はどんな人だったのかな?」

「それはですね!」

 思い出してみる。えっと、どんな人だったか。

「それは、ですね。……え、えっと、それ、は、ですね……」

 全然わからない。本当にこの人の言っている通りなのだろうか?

「君、もう少し周りに興味を持った方がいいと思うよ……」

「えと、考えておきます」

 ただ、それはもう癖みたいなものなのでどうにもならないかもしれない。

「何回か話しかけたりしたんだけどなー。君、歌うまいねー。とか、色々歌ってるみたいだけど、今日はどんな曲を歌うんだい? とか」

「その時、俺は何て?」

「そう、ですか。とか、適当に……。とか。あー、この人はコミュニケーション取る気がないんだなーと思ってたよ」

「そんなことはないですよ。ちゃんと思い出して下さい。本当にそんな返事しかしませんでした?」

「してなかったねー。でも、今話してる感じを見るとそうでもないんだなーとは思えるね。昨日はテキパキとしていて中々に格好良かったしねー。随分、手際よかったよね」

 そうか、かなり失礼な対応を取っていたみたいだ。これは、今後のためにも気を付ける必要がありそうだ。どうにもならないとか、言っている場合じゃないな。

「以前に、簡単にですけど事故の対応の勉強をしたことがありまして。まさか、勉強したことを実際に使うことになるとは思いませんでしたよ」

「へー、そうなんだ。備えあれば何とやらだねー。事故対応は凄かったけど、それ以上に、男の子への対応には驚いたかなー。あれはあれで良かったのかもしれないけど。お母さんが事故にあったんだ。そっとしてあげても良かったんじゃないかな」

「それは、……そういう考え方もあると思います。あの子には俺の考えを押しつけて悪いことをしました。ただ、自分が何も出来なかったなんて悔しいじゃないですか。何でもいいから、あの子にお母さんのために頑張らせてあげたかったんです」

「なるほどー、そういう考え方もあるのかなー。僕にはどちらが良かったのかはわからないけど、君のやったことがあの子のためになってるといいねー」

 俺にも、わからないことですけどね。

「……やっぱり、僕が間違えてたよ。君とは、今日が初対面、そんな気分だよ。君、名前は?」

「山田太郎です。あなたは、えっと」

 ここの店員は名札を付けているので、確認してみる。佐橋と書いてあった。

「佐橋さんですね」

「そうです、佐橋さんです。よろしくね、太郎君」

「こちらこそ、よろしくお願いします。佐橋さん」

 こうして俺はカラオケ店員と仲良くなった。それからは、外で顔を合わせることはなかったが、俺が毎日のようにカラオケに行くので、よく話をする。

5月は、ここまでです。

次から、7月27日に戻ります。

本日、朝にもう一度、数話投稿予定です。

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