7月27日 ―12―
「あっと、そうだ。太郎君、君に二つ言っておくことがあるんだ」
部屋を出て行こうとする俺を、佐橋さんが呼び止めた。
「何ですか? 時間ないんじゃ……」
聞き返しながら、立ち止まる。二人は先に歩いて行ってしまった。
「いーよ、もうちょっと彼らには待ってもらおう」
言って、部屋の外へ視線を送る。見えている訳ではないが、先ほど確認した四人組の男性客の事を示したいのだろう。そして、そのまま佐橋さんが言葉を続ける。
「まず一つ目ね。彩ちゃんのことなんだけどね。一昨日、彩ちゃんが迷子をお母さんの所まで連れて行ってあげたんだよ。そこで、その親子に揃って、ありがとうおばちゃん、って言われてねー。自分の二倍以上生きてる奴におばちゃんって言われたって、その日は凄い荒れてたらしいんだよー。それで、そのあとアリアちゃんがそのことをからかったらしくて、年齢には今、敏感になっているから気を付けた方がいいよーという話」
「それは、原因がわかっただけで、対処はこれまでと一緒ということですね。今日も何度か荒ぶる彩さんを目にしてますし」
「そっかー、じゃあ余計な話だったかなー」
そう言うと、佐橋さんの雰囲気が変わる。今までの適当な感じが佐橋さんから消えた。こんな顔は、初めて会った時以来見ていない気がする。次は真面目な話なのだろう。
「それともう一つ、これも彩ちゃんのことなんだけどね。太郎君はアリアちゃんのお母さんの話は聞いたかな?」
「ええ。たしか三年前に倒れて、まだ入院したままだって」
「そうなんだ。それでね、実はアリアちゃんは片親で育てられてきていて、そのお母さんが倒れてしまった。だから、当時は塞ぎ込んでしまったらしいんだ。アリアちゃんをそのままにできないし、お母さんは入院中ということで、交遊のあった譲司さん、えっと、彩ちゃんのお父さんが面倒を見るって言ってアリアちゃんを預かったんだよ」
「片親で、ですか。それは、……。でも、今って彩さんの話じゃありませんでした?」
「そうだよ? ここからだってば。彩ちゃんの両親は二人とも働いているのもあって、彩ちゃんが出来るだけアリアちゃんに付き添うようにしていたんだ。その頃は彩ちゃん、あまり外で人と関わらなくなっていたらしいんだけど、それに拍車がかかったみたいで」
「それで、結局なにが言いたいんですか?」
「ん。そうだね。太郎君なら何とか出来ないかなって思って。僕が会った時には、もうそういう状態だったんだけど。譲司さん達は、何とかしたいと思っているみたいだから」
「佐橋さんはどうしたんですか?」
「僕は、駄目だったよ。頑張ったら、譲司さん達の仲間入りしちゃったね。譲司さん達と同じように、僕が言っても、これでいいのって返されるようになった訳さ。まあ、それだけ身内として認められてはいるのだろうけれど」
そこまで言うと、少し硬くなっていた佐橋さんの空気が和らいだ。
「それでねー。そうなっちゃうと、僕も気になるんだよねー。だから、僕としても何か出来ないかな、と思ってはいたんだ。ただ、彩ちゃんには言葉とかより、切っ掛けが必要だと思うんだよねー。それがどんなものかはわからないけど」
「だから、今、新しく『彩』に入る俺に切っ掛けになれ、と?」
「なれ、と言うよりは、なったらいいなーって感じかな。別に何かしてもらいたい訳じゃないよ。僕だってどうしたらいいのかわからないんだ。太郎君に何かして欲しいなんて言えないよー」
「じゃあ、何でこんな話を?」
「まあ、知っていてはもらいたかったんだよ。知らないと何も出来ないけど、知っていれば何か出来るかもしれないじゃないか」
「そうですか――わかりました。意識はしておきます」
「ありがとう、太郎君。気付いた時にそっと後押ししてあげる程度でいいから」
「まだ、何もしていないのでお礼は要りませんよ。何か出来たらその時に言って下さい。しかし、理由はさっき聞きましたけど、俺に話してもいいことだったんですか?」
「太郎君は『彩』のメンバーになるんだろう? だったら、知っておいて欲しいことだよ。それに、気に留めてくれるんでしょ? たぶん、譲司さんも異論はないと思うんだ。まあ、僕の独断だけど。太郎君なら頼る価値はあると思うよ」
「頼ってもらえる分は、少なくとも応えたいですね。なんとか、頑張ってみますよ」
「いやー、そういう返事が出来る太郎君だから、頼りたくなっちゃうよねー」
「最後に茶化すんですか!」
そこで、部屋の外から声が聞こえてきた。
「兄ちゃん、いつまで話してるんだー? 置いてくよー?」
「亮さん、お客さんが待ってるわよ」
時間が無い、ない。と言いながら、だいぶ話してしまったみたいだ。
「それでは今度こそ、失礼しますね」
「はいはーい、じゃあまたねー、太郎君」
そうして、佐橋さんと別れて料金を払い、三人揃ってカラオケボックスから出た。




